第2話 おまけ①

この作品はフィクションです。

文中に出てくる場所やそこに住む人を貶めるものではありません。


---------------------


外バーベキューは楽しかった。

みんな余所者の俺を身内みたいに扱ってくれて、とても居心地の良い時間を過ごすことができた。

何故か婿扱いされたり、ひよりをよろしく頼まれたりしたのは疑問だったが。

あと親戚の子供達の世話は普通に疲れた。


ひよりの家に戻り風呂に入るよう言われた。

風呂は檜の浴槽で、木の香りが気持ち良かった。

「今日のひよりは綺麗だったな」

いつもとは違って女性らしい格好をしていたひよりは本当に綺麗だった。

でも中身はいつものように自然に気遣いができるひよりで、クルマの中ではずっとドキドキしていた。


檜の香りに癒されたのだろうか、あんな彼女がいたらいいな、と一瞬思ったりした。

昔、付き合っていた女性に散々利用されて捨てられてから、ずっと女性を信じられなかったのに。

時間薬がやっと効いてきたのか、久しぶりに人の温かさに触れたからなのか、ひよりに対して自然に好意を持っていた自分にホッとした。


風呂では特にハプニングもなく、客間へ行こうと居間を通りかかるとひよりの父親がいた。

ビールを勧められて、ご相伴に預かった。

「先にお風呂いただきました。 ありがとうございます。 檜風呂凄いですね、お風呂場も大きくて、旅館に泊まってるみたいでした」

「田舎なもんで、土地だけは余ってますから。 檜もこの辺は産地だし、知り合いの工務店でやってもらったんで都会よりだいぶ安くつくれましたし」

テレビの野球中継を見ながら世間話をつづけた。

ひよりの父はとても穏やかな人だった。

普通娘が友人枠とはいえ男と帰ってきたら心中穏やかでは無かろうに。


「お父さん、お風呂上がったから次どうぞ」

パジャマを着たひよりが居間に来て父親に告げると、

「じゃあ風呂行って来ます。 ひより、賀来さんに失礼のないようにな」

「はーい、タケくん、縁側いこ」


縁側に座るなどいつぶりだろう。

田舎の祖母が亡くなった時が最後だからほとんど二十年振りか。

たまに夜の涼やかな風が庭を歩くと火照った頬をいたずらになでて行く。

空には東京の何十、何百倍の星が夜空の底が抜けるくらいぶら下がり、青みがかった月が庭を煌々と照らしている。


「今日はありがとうな。 すごく楽しかった」

ひよりは少し驚いてから顔を赤くして俯いた。

「私も楽しかったです。 会社の人達と遊ぶのと違って、ありのままの自分で楽しめました」

少しの沈黙の後、ひよりと視線が合った時にひよりが口を開いた。

「つ、月が綺麗ですね」


これはどう受け止めればいいのだろう。

いつもと違う俺の呼び方やひよりの態度でそうじゃないかとは思うが、もし勘違いで今の関係が崩れてしまったら。

しかし俺の思いは決まっている。

一瞬の逡巡のあと、ひよりの手の上に自分の手を重ねながら俺が紡いだ言葉は

「ひよりと一緒に見るからだろうな」

だった。


「入社式や食事会で見た綺麗なひより、気の置けない男友達みたいなひより、どっちのひよりも好きだ。 

今日の態度や俺の呼び方で何となく気付いてはいたんだが、今の関係を崩したくなかったんだ、ひよりに言わせてしまってすまない」

「タケくんの女性に対する不信感は前に聞いてたから知ってたんだけど、今しかないって思って言っちゃいました。

タケくんが受け止めてくれて良かった」

そう言ってひよりは俺の胸に顔を埋めてしゃくり上げた。

俺はそんなひよりの背中を抱いて、頭を撫でていた。


しばらく泣いて気持ちが落ち着いたのだろう、ひよりが俺の胸から離れた。

「ひより、これからもよろしく」

「はい、こちらこそずっとよろしくお願いします」

ひよりと見つめ合って肩を抱くと、彼女は目を閉じて顔を少し上に向けてくれた。

俺は自分の唇を彼女の唇にそっと押し当てる。

軽く触れ合っただけのキスなのにひよりの優しさが流れ込んできた。

今だけは時間が止まればいい、心からそう思う一瞬だった。

二人を照らす月明かりが一つになったシルエットを縁側から客間へと伸ばしていた。


「私、中学生の時にすごく怖い思いをして、それから男性が苦手になったんです」

ひよりの実家がある場所は未だに封建的な考えが強く、女性は男性のもの、先に手を付けた者勝ちという信じられない考えが生きている家もあるらしい。

ある日ひよりは一人の男子生徒に通学路にある納屋に連れ込まれそうになったらしい。

辛うじて難を逃れたひよりが家に帰り、母親に話すと、母親は父親を呼んでひよりと三人で相手の家に怒鳴り込みに行ったが、相手は何が悪いのか分かっていない様子で、逆にこれ幸いとその男子とひよりをくっ付けようとしたらしい。

そこでひよりの両親が弁護士に相談してこちらに訴訟の準備がある事を告げると、ようやく頭を下げに来たそうだ。


そんなひよりを新入社員の食事会で助け、その後もひよりを女性としてでなく、友人として見ていた俺を、ひよりはいつしか好きになっていたらしい。

「ならひよりの期待を裏切らないようにしないとな」

「はい、信じてますから」

ひよりを守る。 ひよりの嫌がることは絶対しない。

俺はこの二点を改めて心に誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロBBQ 私池 @Takeshi_Iwa1104

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ