妻が死んだので、その姉と再婚してみた

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

愛していたはずだった

 妻が死んだ。

 階段から足を踏み外して、転落死したのだ。


 突然のことに、ぼくはなにも考えられなかった。

 無惨むざんな遺体と、生前の彼女を重ねることが出来なかったのも、一因だったろう。


 妻とは寝物語に、こんな約束をしていた。


「もしも私が死んだのなら、あなたを誰にも渡したくありません」

「再婚なんてしないよ。きみが大事だ」

「万が一と言うことがあります。なので、私の骨は墓にいれず、常に家の見えるところにおいてください」

とむらうなってのかい?」

「骨壺の中で、ずっとあなたのそばに居たいのです」


 妻の言うとおりにした。

 彼女の親族は渋ったが、無理を通した。

 ぼくは妻の骨壺と、寝食を共にする生活を始めた。


 食事のときはテーブルに置き、風呂に入るときは抱えて入り、寝るときは枕元にそなえ、朝起きれば口づけをした。

 そうやって、心の均衡きんこうを保とうとしたのだ。


 けれど、やはりショックだったのだろう。

 半身はんしん伴侶はんりょを失ったのは、ずいぶんこたえていたのだ。

 周囲からすれば、日に日にせ細っていくように見えたらしい。


 そんなぼくに、妻の姉は優しくしてくれた。

 鰥夫やもお暮らしをするぼくの世話を、彼女はあれこれと焼いてくれた。

 彼女は独身で、魅力的な女性だった。

 なにより気落ちしたぼくを慰めてくれた。


 互いが互いを求めるようになるまで、それほどの時間はかからなかった。 


 ぼくは、妻の姉と再婚した。

 ソロレートこんというやつだ。


 はじめは幸せだった。

 なにもかもがバラ色だった。

 けれど、数日が経った頃から新しい妻は、なにかに怯えるようになった。


「骨壺が鳴るのよ。あのこが泣くのよ」


 彼女は、ずいぶんと非科学的な話をする。

 家系からしてスピリチュアルなことを言い出す性分だったが、今回は度が過ぎていた。


「なにも聞こえないよ」


 うんざりとしつつそう告げてやって。

 彼女は、はじめて安心して眠るのだった。


 実際、壺は一度も音など立てていない。

 ただ部屋のすみに追いやられて、そこにあるだけだ。

 あれは、すでに燃えかすでしかない。

 燃えかすに恐怖を覚えるなど、非科学的だ。


 ……しかし、それから不可思議なことが起こり始めた。

 日に日に、妻が〝あれ〟と似てきたのである。

 姉妹なのだから、似ていて当然だとは思う。


 だが、髪をかき上げる仕草や、ヘアピンを口に挟んでいる姿は、やけに〝あれ〟とダブって見える。

 まるで、死んだ〝あれ〟が草葉くさばかげからい出してきたような気がして、ぼくはひどく居心地が悪かった。


 それでも勘違いだと思い込もうとした。

 物事を決めつけ、盲信もうしんすることは昔から得意だった。

 偶然だ、なにかの間違いだ。

 そう信じて、安心を得ていた。

 なのに。


「新婚旅行で行った雲仙うんぜんの旅館、酷かったわね」


 ゾッとした。

 妻とは、雲仙になど行ってはいない。

 雲仙にぼくと行ったのは、〝あれ〟だ。


 思わず、悲鳴を上げた。

 妻の顔が、〝あれ〟と同じに見えたからだ。


 ぼくは恐ろしくなった。

 彼女と距離を置くことも考えたが、しかし人肌はこいしい。

 器量よしの妻を手放すのだって、ずいぶんとしい。

 自分をだましだまし、妻と、骨壺と生活を続ける。


 そうやって、なあなあで暮らしているうちに、子どもをさずかった。

 あっという間に、妻は臨月りんげつを迎え。

 そうして出産にこぎ着けた。


 産声が聞こえて、ぼくは分娩室ぶんべんしつに飛び込んだ。

 妻が愛おしそうに抱き上げる我が子。

 ぼくはそれをのぞき込んで、あっと声を上げた。

 なぜなら。

 なぜなら赤ん坊の顔は、〝あれ〟の――


「――――」


 ――


 自分の家だった。

 荒れ果てた部屋で、ぼくは仰向あおむけになっていた。

 ひとりだった。


 当たり前だ、ぼくは結婚などしていない。

 配偶者はいぐうしゃなど居ない。

 小さくうめき、胸の中のものをいた。



 骨壺が、がらりと鳴った。

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