ソロキラーウィルス

御剣ひかる

ソロ充もかかりにくいのかな

 最初は、普通の、というのも変だけど、今まで世界に蔓延した類のものから型が変わっただけの新型インフルエンザが誕生したという話だった。

 死亡者は老人が多くて、やはり抵抗力が弱い者から犠牲になるんだなぁ、とぼんやり考えていた。

 でも毎日、速報としてニュース番組を騒がせる情報の様子が、だんだん変わってきた。

 それによると、年齢に関係なく家族や恋人もいないような独居の人達が、たくさん死んでいっているらしい。

 まぁ独りだと発見が遅れるから病気の進行に気づかれにくいからなんだろうな、って思ってた。

 ネットじゃ、「ソロキラーウィルス」「ボッチキラーウィルス」なんて名づけられて笑われてるけど、毎日増え続ける犠牲者の数に、笑いごとじゃなくなってきた。

 そういう俺も、ボッチだ。

 高校を卒業してから見事に人生ソロプレイだ。

 家族はいるけど子供の頃から仲があんまりよくなくて独り暮らし。十年近く経ったけどよっぽどのことがないと帰ってない。

 カノジョとかいたこともあったけど、今は独りの方が気楽だから、特にほしいとは思わない。だから結婚も考えられない。自分が家族にいい印象がほぼないから、家族を作ろうって気になんかなれないよな。

 会社でも友人を作ることもなく、最低限のやり取りで済ませている。もう人生ソロプレイが長くて今更感が半端ないし。


「この新型インフルエンザは、抵抗力の弱い高齢者がたくさん犠牲になるところは従来のインフルエンザと同じですが、特徴的なのは独り暮らしの若者も大勢亡くなっているところですね」

「今まで大きな病気どころか風邪すらあまりひかないと言う方まで罹患してしまうと致死率が高いところが恐ろしいです」

「早急に原因を究明してほしいところですが、なにせ新型なので時間がかかるものとみられています」

「従来のインフルエンザ予防と同じよう、医療用マスクの着用と、外出から戻った際には充分な手洗いうがいを――」


 今日もニュースで新型インフルの話ばかりだ。

 俺はうんざりしてテレビを消してネットを見る。

 こっちもインフルのいろんな話であふれてるが、ニュースほどの悲壮感がないのが救いだ。

 けど、ふと気付く。

 巨大掲示板のIDで、同じヤツが書きこんでたら判るんだけど、……昨日までわいわい書きこんでたヤツらが来てないとか、マジか?

 来てない連中も独り暮らしだって書いてたよな。ソロキラーウィルスとかくだらねー! って言いきってたのに。

 これは、まさか、かかっちゃったのか?

 それとも、そう思わせておいて数日後に「ビビった?」とか帰ってくるパターン?


 ヤバいよ。巨大掲示板から人が消えていく。

 俺の職場にも感染して死んだヤツとか出てきた。

 そんな中、ネットのニュース速報で「ソロキラーウィルスの対抗策が見つかった!?」って見出しが出てる。

 まだウィルスが流行り始めて一ヶ月も経ってないのに、もう? ガセだろう、と思いながらも、でも自分がかかったら、って考えたら、記事の内容は気になった。


「このひと月足らずで世界中に猛威をふるっている新型インフルエンザは、今までのインフルエンザの型には当てはまらない、まったくの新種である」

「ゆえにワクチンは一から作ることになるので、有力なワクチンが開発されるまで早くて数年、長ければ数十年はかかるだろうと言われている」

「しかしながら、まったく希望がないわけではない。それは、人の脳内にある伝達物質、セロトニンを多く分泌する人は罹患しにくいし、致死率も低いということである」


 セロトニン?

 先を読み進めると、幸福ホルモンとか呼ばれてて、精神を安定させる働きがあるとか。

 だから、家族や恋人などと過ごして幸せを感じたりする人は、新型ウィルスにやられにくい、って話らしい。

 なんだよそれ、マジでボッチをメインに殺しに来るウィルスじゃねぇか。

 恋人繋ぎで手をつないでキャッキャしてるウザい連中が死ににくいって、すっげぇ理不尽だ。

 リア充爆発しろって言葉が流行ったことがあったけど、まさかその逆が来るなんて。

 って憤慨してたら、なんか頭が熱いな。

 目の前がくらくらしてる感じ。

 あまりの理不尽に頭に血が上ったか?

 ……って、ヤバくね?

 恐る恐る、体温計をくわえる。

 ――どんどん数字があがってく。

 おいおい、マジか?

 検温終了の電子音が鳴って、改めて見てみたら。三十九度。

 かかった?

 発熱したって夜間診療に連絡したら、救急車が来た。すごく物々しい防護服みたいなのを着た隊員に病院に運ばれた。

 血液検査で、新型インフルって診断された。

「ご家族や親しい方は?」

 聞かれて、いないって答えたら、すごく残念そうな悲しそうな顔をされて、首を振られた。

「できるだけの治療はします。感染を防ぐために病室に隔離になります」

 宣言されて連れて行かれたのは、ベッドがぎゅうぎゅうに敷き詰められた大部屋だった。

 ここにいる連中はみんな新型インフルにやられてるんだろう。

 親しい人に看取られることなく、死んでいくんだ。

 そのうち俺も……。

 家族を呼ぶか?

 いや、あいつら呼んでも安心できないから意味ない。

 ……嫌だ、嫌だよ……。死にたくないよ……。

 こんなんだったら級友とか仕事の仲間とももっと仲良くしておくんだった……!


    ☆    ☆    ☆    ☆


「俗称『ソロキラーウィルス』、キルアローンが世に出てから一年になりますね」

「さすがにそろそろ対策も練られてきましたから、爆発的な流行は収束に向かっておりますが」

「それでも世界中の生産性のない独り身を随分減らせましたからな」

 研究室の中に、愉快そうな笑い声が広がる。

「しかしセロトニンが効くと知られてからは、非合法に高い金を払って分泌を促す処置を受けたり、『新型インフルエンザにかからないという安心感』を売りに疑似家族や疑似恋人などというものに頼る連中が増えましたからな。けしからん。世に子孫を残そうとしない者は滅びればよいものを」

「いや、彼らは世に金を回すというもう一つの役目を果たしておりますからな。それはそれでよいのでは」

 今度は、うーむ、と吐息が漏れた。

「何にしても、我々は世の中の発展と安定のために、増えすぎた人口の有効的な減らし方をこれからも研究せねばならないのです」

「そうですね」

「崇高なる目的のために、これからも研究と実験に励みましょう」

 世間の倫理から見れば大いに外れた使命を担う研究者達は、満足そうにうなずきあった。



(了)

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