超単独参勤交代
結葉 天樹
一人で旅をせよと申すか
「なに、
江戸への出仕。いわゆる参勤交代の日が迫る中、藩主の元へとある一報が届いた。
「ははっ。聞くところによりますと、ただいま全国的に『新型ころなういるす』なる病原体から発症する疫病が蔓延しておりまして、その対策をせよと幕府から通達が」
「新型ころな……いかなる病か」
「高熱を発し、のどの痛みや咳、鼻水、体のだるさを訴えるとか。その上、近くにいる者にも強烈な感染力ですぐに伝染するという厄介な病と聞き及んでおります」
家老の男が
「それは風邪と何か違うのか?」
「似て非なるものでございます。潜伏期間も長く致死率も高いとのこと」
「致死率もか?」
「はい。先日も高名な役者や
「むむ……あいわかった。慢心は痛い目を見るからな。家老たちの申す事は素直に聞くとしよう。で、対策とは如何なることをせよと?」
「まずは『密』にならぬことと伺っております」
「密……とな?」
「
「いや待て、それでは明日からの参勤交代をどのようにせよと申すのだ」
参勤交代では大人数での移動を必要とする。藩主の随行員の数とその行列の豪華さは藩の力を見せつけるいい機会でもある。スカスカの行列などどこに見栄えがあると言うのか。
「そこで、この爺が一計を案じました」
「ほう、聞かせてみよ」
「あいや殿、それ以上の接近は密でござりまする」
家老がいつものように耳を近づけようとした殿を制し、家老は柱のボタンを押す。からくりが作動して天井から白い板が下りて来る。
「殿はそこで。詳細は某が『ぱわぽ』で説明いたしまする」
「うむ」
家老が手を挙げた。小姓がせっせと機械を運び、白い板に映像の投影をはじめた。
「さて、このご時世において人が集団で移動するのはかなりの危険を伴います」
「うむ」
「なのでいっそのこと、殿には一人で江戸へ向かっていただきます」
「待たぬか」
「早合点召されまするな。話はこれからでございます」
思わず立ち上がろうとした殿を再び家老は手で諫める。一応最後まで聞こうと思って殿は着席する。
「何かありましたら助ける手はずは整えております」
「なるほど。不足の事態に巻き込まれた場合はどうする気だ?」
「向かう先は予め、忍びを放っておきます。殿の安全は町人に扮した家臣が周りでにらみを効かせておりますので有事には即座に駆け付けましょう」
「おお、これは頼りになるな……む、町人に扮した家臣が控えているとは、これはまさか!」
ニヤリと不敵な笑みで家老は合図を送る。画面が切り替わり、その問いの答えが表示された。
「左様、殿が大好きな『水戸黄門』になぞらえて演出させていただきました」
「おお!」
殿の顔がぱっと輝くと同時に聞き慣れたテーマソングが流れ出す。普段では到底できないお忍びの旅をまさか実現できることに、殿のテンションは上がる一方である。
「とはいえ、徒歩で江戸まで行くにはいささか遠いため、途中で公共交通機関を使うことといたします」
「おお、交通機関を一人で乗るのは初めてのことじゃ。胸が躍るのう」
「後ほど、切符購入の手ほどきをいたしまする。道中の駅弁もなかなか美味ですぞ」
「うむうむ。一人での参勤交代となるからどうなってしまうのかと不安であったが、意外と江戸までは心配がなさそうだな」
「しかしこのご時世でございます故。市井の者たちに大名行列を見せること叶わぬのは止むを得ないとご理解くださりませ」
「仕方あるまい。だが、代替案もあるのだろう?」
「さすが殿、お見通しでございましたか。殿の参勤交代の様子はネット中継で配信する予定でござります」
「はっはっは。ワシの旅を中継するか。どうせなら道中の珍味でも紹介したらどうだ?」
「それはようございますな。人々も飽きずに楽しめることでしょう」
「よし、ならば早速どの駅に停まるかを確認するぞ。各地で食べれるものを調べねば」
はっはっはと上機嫌で殿は小姓を連れて去っていく。そんな主君の姿を見送った家老に声がかかる。
「上手く行きましたな」
「うむ。水戸黄門と言う隠れ蓑があったから説得も容易だったわい」
「しかし、一人ではどこへも行けない殿の
「うむ……決して気づかれるでないぞ。どちらかと言えば『初めてのお使い』じゃからな」
超単独参勤交代 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki
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