雷弾の桜花 只今ソロ留守番中
土田一八
第1話 ソロ留守番
金井ヶ原飛行場。
和ヶ原小隊所属の霊導騎士達の拠点であるが、桜花の自宅でもあるので自宅兼飛行場という位置づけになっている。航空霊導騎士である桜花とりく君は出動指令や出撃命令が発出されて慌しく『桜花』に乗って出撃してしまうと私だけが残される。まあ、所謂留守番役だ。私の霊導騎士としての仕事は霊鳥の整備点検と航空無線の操作位だ。
私は菊山院千歳。桜花とりく君同様、航空霊導騎士だ。彼女達と異なるのは通常、霊鳥に乗って出撃しない所で、彼女達が帰って来てからが私の仕事なのだ。職掌は整備士。航空通信士などの資格もあるがそれは必要なのでついでだ。言っておくが眼鏡をかけているから霊鳥に乗らない訳では無い。この眼鏡は近視用で私は遠視なので、この眼鏡が無いと近くの物が良く見えないのだ。遠視なのはおばあ様譲りであるらしい。両親によれば私の外見や中身はおばあ様によく似ているらしく、実の息子である父からは生き写しとすら言われている。まあ、本人に会った事は無いから真贋は不明だが、遺影を見る限り顔や髪型は確かに似ている。今は両親と兄貴が住む実家から離れ、桜花の家で桜花とりく君の3人で同居生活をしている。
がらんとして広々としている掩体壕造りの格納庫で私は機銃弾と燃料の補給準備をしておく。特に燃料が入っているドラム缶は重量物で一人での作業だと骨が折れるので前もってトレーラーに積んで準備しておいてあるのでケッテンクラートでトレーラーを格納庫まで引っ張って来る。さすがに危険物なので離れた所に弾薬庫と燃料庫が掩体壕風に造られてある。
まずは弾薬庫で7.92mm弾800発を用意する。7.92mm弾は1500発入木製弾薬箱に収められており、この中に300発入り紙製弾薬箱が5個入っている。この木製弾薬箱は防湿防水加工が施されていて再利用前提で作られている事もあって手の込んだ造りになって如何にもドイツという感じである。開封にバールが必要なアメリカ製木製弾薬箱とは大違いだ。今回は3個取り出す。100発分余るが、これは格納庫内にある弾薬箱に収納して後日優先的に使用する。300発入紙製弾薬箱は布バンドが付属しており、持ち手と蓋の固定バンドを兼ねている。この300発入紙製弾薬箱には更に15発入り紙箱が20個入っている。ベルトリンク50連16組を別の箱から取り出す。弾をベルトリンクにちまちまとセットするのはいい時間つぶしにはなるが…。
燃料庫でドラム缶4本をトレーラーに積み込む。1本200ℓのガソリンが入っていて転がしたり立てたりするのは大変だ。今回は事前に積み込んであるからトレーラーをケッテンクラ―トに連結するだけだ。
掩体壕仕立ての格納庫にケッテンクラ―トを停めて7.92mm弾を下ろす。ピストに運び込むが300発は割と重い。デスクに紙製弾薬箱を置きそれからベルトリンクを持って来る。事務椅子に座ってベルトリンクに7.92mm弾を退屈しのぎに装填する。おっと、ここでスマホが鳴る。天羽からのメールだった。
「明日、体育あったっけ?」
時間割位憶えておけ。
「うん。あるよ。体操着一式忘れないでね」
私は返事を打つ。
「OK。ありがと」
天羽の場合、ブルマーは履いて来るだろうから体操着を忘れなければ大丈夫だろう。今は任務の都合で離れた所にいるが学校では顔を合わせる。スマホをデスクの上に置いてちまちまとベルトリンクに弾を装填する。暫くすると龍からメールが来た。
「名古屋は大雨にゃ」
それでこっちに命令が来たのか。
「うん。桜花とりく君が出撃したよ。天羽は出撃していないみたい」
私は簡潔に近況を知らせる。
「了解にゃ」
彼女は八重歯でネコみたいな娘だが、きゃとかにゃとか名古屋弁丸出しなだけで、ネコ語では無い。念の為。私はまたちまちまと作業を続ける。暫くするとまたスマホが鳴る。
「桜花さんに依頼があるのだけれど」
今度は生徒会長か。
「桜花は只今任務で出撃中」
「分かったわ」
ふう。この人からのメールは何故か緊張する。うちらは便利屋ではないと再三抗議しているのだが聞く耳持たず。こういう人間は本当に疲れる。この人と上手くやっている桜花は正直凄いと思う。
ふう。何とか800発分の作業が終わった。この後は伝票処理などの書類仕事を造作も無く済ませておく。
4月になって幾らか日が長くなったとはいえもうそろそろ夕方だ。私は格納庫を出て連絡階段を昇ってちょっとした築山になっている掩体壕の上にある家に戻り私は1人で家事を始める。縁側で干しておいた洗濯物を取り込んで畳み、各々の部屋に置いておく。私達は普段から制服のみを着ているので洗濯物は大体制服と下着類や肌着類が主で量は多くない。色や形が似通っているが、細かい部分で区別できるので間違った事は無い。因みにセーラー服は家で洗えます。
食事は割と簡単な事が多い。いつ命令があるか分からないとか、帰って来る時間も不明確という事もあるが、普段あまり手の込んだ料理は作らない。作る場合でも温め直せて保存がきくものに限られる。これは料理をする鉄則だ。後、嫌いなものは除外しておくのも重要だ。これは割と重要で、嫌いなものをもっともらしい理由を付けて強要する事は人間関係に影を落とす。命のやりとりをする人間なら尚更だ。食べ物の怨みは本当に怖い。
それに量や味も大事で、桜花は食が細く、割と好き嫌いが多い上に酷く疲労すると食欲をなくす。りく君は食事量は普通で好き嫌いが無い。甘い物が好物。因みに私は大食いでどちらかと言うと濃い味付けの物が好きだ。まあ、大体桜花の好みに合わせておけば問題無いのが現実的だ。
それにしても桜花は食が細いだけでなく操縦士としては最低限の体格で、小柄かつ華奢なのに世界屈指の霊導力の持ち主で体力お化けなのだから人間の身体は良く分からない。大食いで桜花より体格が大きい筈の私はそれ程強力な霊導力は持ち合わせていないからだ。断っておくが、胸の大きさは関係無い。今晩はけんちん汁だ。
食事は先に一人で済ます事にする。じゃあ、盛り付けるか。コンロの火を停めて食器棚から食器を出して盛り付ける準備をする。食事も戦場の鉄則で食べられる時に食うなのだ。と、思ったらスマホが鳴る。
「あ、りく君からメールだ」
今はモールス信号の代わりにスマホからメールが無線機経由で届く。まだインターネットはさすがに無理だけど、便利な時代になった。
「後10分で家に着きます」
食事は暫くお預けのようだ。帰って来たらスクランブルに備えて燃料と弾薬は常に満載にしておく。私は鍋に蓋をして目標灯を点灯させるべく家を出て格納庫内にあるピストに向かった。
完
雷弾の桜花 只今ソロ留守番中 土田一八 @FR35
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