廃部の危機である。
柚城佳歩
廃部の危機である。
廃部の危機である。
回避方法はまだない。
嘗ては部員も大勢いて、コンクールへの参加など活動の活発だった
昨年度までは部員も十人いたけれど、内九人が三年だったのと、今年度に新入部員の獲得に至らなかったために一人となってしまった。
一人ながら毎日発声練習をしたり、いろんなパターンで即興劇の練習をしたり、歴代の公演の映像を観たり、時にはオリジナルの脚本を考えたりと通常の部活動はしてきたのだが。
ある日顧問の冴木先生が校長の伝言を持ってきた。
曰く、一ヵ月以内に新入部員五人の確保、もしくは活動実績を残せなければ廃部とする。という事だ。
普通に考えて条件が厳しい。何故こんなに厳しいのかって、何代か前の先輩に原因がある。
先輩たちの中に豪胆ではちゃめちゃな人がいたらしく、街中で喧嘩シーンのゲリラ撮影を行って危うく通報されそうになっただとか、爆破シーンを再現するために花火を大量に燃やしてボヤ騒ぎを起こしただとか、とにかく数々の伝説を残した人がいた。
以来演劇部は(主に校長から)目の敵にされていると聞いている。
後輩の立場から言わせてもらうと、傍迷惑もいいところだ。完全にもらい火である。
昨年度、先輩たちの卒業と同時に、長い間顧問をしてくれていたおじいちゃん先生も定年退職した。その時にも「顧問のいない部活は廃部」宣言をされたのだけれど、偶然それを聞いていた吹奏楽部顧問の
十数年前まで大所帯だった時の名残で広い部室を使わせてもらっている自覚はあるから、他の部と部室を交換するという事だったら吝かではないのだが、そういう事じゃないんだろう。
校長はよほど俺を、というよりも演劇部を追い出したいらしい。
本当、何をしたらこんなに恨まれるんだよ先輩。
だけど俺だって好きで演劇やってんだ。そう簡単に潰させる気はない。
新入部員五人確保か活動実績。正直どちらも厳しい。
冴木先生にも頼りたいところだが、全国大会常連で、しょっちゅう何かしらのイベントにも出ている吹奏楽部顧問にそこまでの余裕はないだろう。
やっぱり俺一人で何とかするしかない。
まず勧誘だが、これは普段から声掛けはしている。でも既に他の部活で忙しかったり、帰宅部でもバイトがあるとか、そもそも部活自体興味がないというやつらばかりなので、一向に部員獲得には至っていない。
となるともう一つの活動実績云々の方に懸けるしかない。
取りあえずスマホで向こう一ヵ月以内に行われる演劇コンクールの情報を調べてみる。
すると、一つだけヒットした。
「これか……」
全国規模の大きな公式大会。
以前参加した事があるのだが、初めての舞台だった事もあってとても緊張してしまい、大事な場面で台詞がぶっ飛んだ苦い思い出がある。
すぐに気付いた先輩が瞬時にフォローしてくれ事なきを得たが、今でもあまり思い返したくない記憶だ。
でも、部の存続のためにはこの大会に参加するしかない。俺自身もリベンジのチャンスだ。
目標が定まったので、早速準備に取り掛かる。
部員が一人という事は、小道具や衣装、脚本なども全て自分で用意しなければならないから、練習期間も考えると時間が全然足りない。
ゼロから準備していたらとても間に合わないので、歴代の諸先輩方の残してくれたものを大いに使わせてもらう事にした。
演目はすぐに決まった。
『銀河鉄道の夜』
貧しい家庭で生まれたジョバンニは働きながら学校へ通っている。
同級生たちが彼をからかう中、親友のカムパネルラだけは違った。
星祭の夜、二人は不思議な列車に出会う。
列車の中でいろいろな話をし、旅の終わり、二人は別々の場所へ降り立つ。
ジョバンニは現実の世界へ。
そしてカムパネルラは消えてしまう。
去年、部活紹介で先輩たちの舞台を観て、あの人たちと演劇をやりたいと強く思うきっかけになった作品だ。
小道具も衣装も台本も残っている。
衣装や道具類は少し手入れすれば問題ないだろうが、台本は一人用に大きくアレンジし直さなければならない。
さぁ、ここからは時間との勝負だ。
そして大会の日が来た。
様々な学校の生徒や関係者で、会場は賑わっている。そのざわめきの中、見覚えのある後ろ姿を見付けた。校長だ。
何の賞にも引っ掛からなかったらその場で廃部を言い渡すつもりなのかもしれない。
……いいじゃん、やってやるよ。
昂る気持ちとは裏腹に、頭は冴えていた。
前に盛大に失敗してしまった俺に、先輩がくれた言葉を思い出す。
――緊張は決して悪いものばかりじゃない。
緊張するのは成功させたい気持ちが強いからだ。
成功させたいなら、その分たくさん練習すればいい。練習した分、自信に繋がる。
そうすればもう、台詞が飛ぶほどの緊張はしなくなるよ。
今は程好い緊張感に包まれている。
これまでで一番の演技が出来そうだった。
前の順番の学校の演目が終わった。
舞台の転換が入った後、学校名がアナウンスされる。いよいよ本番だ。
大きく深呼吸をして、頭と気持ちを切り替える。
さぁ、一夜の不思議な列車の体験へ、観客全員連れていこう。
俺は主人公のジョバンニになって、周りにいる同級生に、隣にいるカムパネルラに話し掛ける。
相槌を打ったり、時には窓の外の景色を一緒に眺めたり、乗客の話を聞いてみたり。
俺自身、観客席の向こうに広がる景色が見えるようだった。
客席からの拍手で我に返る。
意識が現実の世界へ引き戻される。
眩しいくらいのスポットライトを浴びながら、やり切った達成感でいっぱいだった。
最高に楽しかった。この充足感が、もっとずっと続いてほしい。
全ての演目が終わり、いよいよ運命の結果発表の時が来た。
演劇部はもちろん守りたいし、校長に認めさせたい気持ちは変わらずある。
けど今は不思議と穏やかでもあった。
舞台のあの快感を知ってしまったら、そう簡単に演劇をやめる事なんて出来ない。
今回何の賞も取れずに廃部になってしまったとしても、どうせ部員は俺一人だ。どこででも活動は続けられる。
それに、来年の新入生になら勧誘のチャンスはあるし、仲間を見付けられたら同好会から始めてみるのもいい。
マイクを持ったスーツ姿の審査員の女性が出てきて、発表のアナウンスが始まる。
優秀賞、創作脚本賞など、それぞれの受賞校が読み上げられ、その度に喜びの歓声が上がる。
残すは一つ、最優秀賞のみ。
だが、春分高校の名前が呼ばれる事はなかった。
ダメだったか……。我ながら、結構いい線いったと思ったんだけどな。
最高に楽しかった分、今までで一番悔しかった。
早くこの場を離れたくなって席を立った時、再びアナウンスの声がした。
「今年はもう一つ、特別賞の発表があります。奨励賞、春分高等学校」
思わず声のした方を振り返る。
奨励賞?俺が?
「春分高校の生徒さん、壇上へいらしてください」
半信半疑な気持ちで、出口へ向けていた足を舞台へ向ける。
たくさんの視線を受けながら、舞台端に設置された階段を一歩ずつ上り、奨励賞と書かれた賞状を受け取った。
本当に、うちの名前が入ってる……!
さっきまでとは一転、全ての発表が終わった会場から足取り軽くロビーへ飛び出すと、そこに校長がいた。
足を止めた俺に、校長がゆっくりと近付いてくる。何だ?何を言われるんだ。
つい身構えてしまった俺に、校長は右手を差し出してきた。
「おめでとう。最高の演技だった。とても見入ったよ。君の事をよく知らず、意地悪な条件を出してしまってすまなかった。これからもぜひ励んでいってほしい」
……認めてくれたのか?
真正面から褒められて、口角が上がってしまう。
差し出された右手を握り返しながらも、考えるのはこの先の事。
次はどんな事をやってみようか。
また何かの台本を一人用にアレンジするのもいいし、オリジナルの演目を練習するのもいい。
春分高校演劇部。
ここから新たな章の幕が上がる。
廃部の危機である。 柚城佳歩 @kahon
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