尊いの定義
生田 内視郎
『尊い』の定義
昔から、人に合わせて行動することが苦手だった。
人が嫌いというわけではない
友達と遊ぶのは楽しいし、知らない人とコミュニケーションが円滑に取れたり、こちらの意図が上手く伝わると一種の高揚感も感じる
ただ、『尊い』という感情が分からない
友達がアイドルや俳優を凝視しては「ヤバい」だの「マジ尊い」だのを口にすると、どうしても自分の肌にさぶいぼが立ち、途端に全身がむず痒くなる
大半の女子達が教室の隅っこでキャアキャアと金切音で叫び声をあげる姿は、どこか猿山の喧騒を思い出させ見ていて痛々しい気持ちにもなった。
そうして、クラスの男子連中と同じように冷ややかにその様子を眺めるのが定番になってしまった
「それは亜美ちゃんがまだ自分の推しを見つけてないからだよ」
と、幼なじみの恭子が分かったような口ぶりで
諭してくるので途端に不愉快になる
「だってさー、良くわかんなくない?
『尊い』とか『ヤバい』ってみんなすぐ口にするけどさ、何が『尊』くて何が『ヤバい』のか全然分かんないよ
確かに俳優さんは格好いいし、こないだ勧めてくれたドラマの主題歌も凄い良かったよ
でも、それってそこまで皆してキャアキャア騒ぐほど?
こないだなんて真里が『ヤバい尊すぎて死ぬ!
尊死!!』っつって教室でぶっ倒れたじゃん?」
「あれは一種の比喩表現だと思うけど…」
「それは分かってる、そうじゃなくて、
あんだけ熱中してるのみるとこっちが逆に冷めるっていうか…」
「斜に構えた厨二病?」
「馬鹿にしてんのか」
アハハハハ、ごめんごめん と逃げ出す彼女を押さえつけて
「許さん!!」
と脇腹をくすぐり回す。
ぎゃー、やめてー、ハッハッハッハハハハハッ
ヒー、
と彼女を一生分笑わせてやる
「相変わらず脇が弱いね恭子は」
はー、はー、と息を切らし地面にへたり込む
恭子に勝利のvサインを見せつける
「んで、皆して『尊い』『尊い』言ってた割には直ぐに他の人に目移りしてるし、何か言葉軽くない⁉︎」
「はぁ、はぁ、…ま、まぁ言いたいことは分かるけど、推しは恋とは違うからねぇ」
「え?違うの?」
「そうだよ、『like』と『love』ぐらい違うよ」
「だって『尊い』って、『近寄り難い程の憧れ』とか『身分が高過ぎて敬う』って意味じゃないの?」
「元の意味はそうだけど、うーん、何というか、
さっき亜美ちゃんが言ってた通り、その憧れという言葉自体が軽くなってるというか…
今は所謂、『萌え』とか『エモい』の上位互換的な立ち位置なんだよ」
「『love』と『like』の間ぐらいってこと?」
「そうそう、そんな感じ」
恭子がぽん、と拳を叩くので
「はーん…」
とこちらも適当に相槌を打つ
正直、分かったような分からないような曖昧な
感じだが、きっと使っている本人達自身も
そんなに深い考えを持って使っていないのだ
ろう、ということは何となく分かった
そんなもんか、と頭の後ろに指を組み歩き出す
「亜美ちゃんは根が真面目だからね、言葉も真正面から捉えすぎてるし、重すぎるんだよ」
「誰が重い女だって?」
振り返って再びくすぐり体制に入ろうとして
「ちなみに」
すぐ近くに恭子の顔が迫ってきていて驚く
恭子の長い髪が頰をくすぐり、
チュ、と短い音がして
唇に柔らかい何かが当たる感触がした
「この私の行為は、亜美ちゃんを『like』と思ってしたものか、『love』と思ってしたものか、
果たしてどっちでしょうか?」
「なんなの…」
私は恭子のいきなりの強行に脳の処理が追いつかず、フリーズを起こし、
照れた恭子が走って見えなくなるまでずっとそこから動けないままでいた
…………………
のを背後からこっそり後を付けていた同級生の
男子連中が一部始終を見届け呟いた
「マジ尊い」
「尊死」
「てぇてぇ」
「ああ 箱推し決定だ」
尊いの定義 生田 内視郎 @siranhito
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