ペーパー冒険者、食堂を飛び出す

うめもも さくら

異世界転生ソロ食堂冒険者奮闘日記

『やる気ある?』

『弱いくせにクエスト来んな』

『お前のせいで負けた』

『運営さーんこいつBANしてくださーいww』

う……るさい……うるさイ……っ


「ウルサイんだよっっ!!」


自分の声が大きく響いてはっと目を覚ました。

嫌な気分だ。

前世の俺を思い出す。


前世の俺はなんのもない男だった。

勉強も運動も普通。

ゲームだけは好きでよくやっていた。

ゲームの中では勇者になれるしカッコよくなれるし強くなれる。

ただ時間を忘れてやりこんだゲームも如何いかんせん下手だった。

最初の頃は頑張ってキャラのレベル上げて強くしてクリアして捕まった姫を助け出していた。

けれどオンラインゲームが増えてもともとゲームが上手い人たちと同じ世界でプレイしなくてはいけなくなって弱い俺はついていけなくなった。

俺はただの一般人で主人公ではなかったと思い知らされた。

そして弱いやつは淘汰とうたされる。

好きだったゲームの世界から追い出された。

人の悪意と優越感ゆうえつかんというものによって。

だから人と関わることが嫌になった。

昔のゲームで関わるのは作られたキャラだけで悪意や感情のある誰かと関わることはなかった。

それでよかった。

人と関わってゲームを楽しむことができるのはよほどゲームが得意な人間か、友達が多い人間だ。

どちらでもない俺はオンラインゲームをやめた。

ゲームそのものをやめた。


その後、俺は死んでこの世界に転生することになった。

この世界は俺の生きていた世界とは全く違う、まるでRPGゲームの世界だ。

魔法と剣の世界、街並み一つとっても鍛冶屋かじや宿屋やどや道具屋どうぐやだなんてものが並んでいるしもちろん城だってある。

昔のRPGゲームを彷彿ほうふつとさせるものばかりで主人公でいられたあの頃を思い出していた。

そしてこの世界に生まれる前にこの世界の神様に会った。

何でも一つ願いを言えと言われて俺が願ったのは『人に干渉かんしょうされないこと』だった。

この世界の人間は生きていて作られたキャラじゃない。

感情があって知識があって自分で考えて行動して悪意も優越感も嗜虐心しぎゃくしんもあるだろう。

あの時のみじめな思いはもうたくさんだ。

迷いもなくそう願うと神様はいぶかしそうにしていた。

たいていは英雄になりたい!とか女の子に囲まれたい!とか世界最強になりたい!とかそういうことを願うらしい。

でも俺が願うのは生きていくのに必要最低限の干渉だけであとは一切関わってほしくないということ。

人が干渉しなくていいようにある程度の力は必要だが最強じゃなくていい。

一人で人並みの生活ができる程度の生活レベルと力だけ望んだ。

英雄やラブコメや世界最強なんかはこの世界の主人公におまかせすることにする。

俺が望むのは人と関わらず穏やかに恙無つつがなく生きて死んでいくことだ。

神様は言った。

「もう貴方は主人公であることを諦めてしまったのですか?」

俺は答える。

「もともと主人公なんかじゃなかったよ」

神様は俺の顔をじっとみつめた後、ゆっくりと目を閉じてから何度かうなずくように首を小さく縦に揺らした。

そして神様は俺に言った。

「貴方の願い、しかとこの耳に聞き届きました。私はこの場所から見守り願いましょう。貴方の新たな旅立ちに幸あれと」

その瞬間、強くあたたかい風が吹いて俺はこの世界に生まれた。


この世界で裕福ではないが優しい両親に育てられ力も魔力も学力もそこそこで普通に学園を卒業した。

卒業するためになにか肩書きが必要だったので名前を書けば誰でもなれる冒険者の免許だけ取得した。

けれど俺は冒険に行く予定も行くつもりもなく今は両親が営む食堂の手伝いをしている。

この食堂はギルド冒険者のための食堂で食事処しょくじどころけん情報収集の場所としてまぁまぁ繁盛している。

この食堂を利用している冒険者と俺みたいな冒険者では同じ冒険者でもだいぶ違う。

彼らはギルドに認められた冒険者だ。

ギルドは国が運営しているからつまりは国に認められたこの国 屈指くっしの優秀な冒険者たちってことだ。

両親が営んでいる食堂だから幼い頃から知っている冒険者たちも多い。

だから俺が冒険者の免許を取ったときは皆お祭り騒ぎ状態だったが親の手伝いばかりしているので心配されている。

俺は冒険者として生きていくつもりなんてさらさらない。

ギルド冒険者なんてもってのほかだ。

俺なんか冒険に行っても即敗北、下手したら死ぬ。

そうじゃなくても早々に淘汰されるだろう。

もう強い人間たちの悪意にさらされるのはごめんだ。

俺はここでのんびり食堂のオヤジになっていく。

こういう人生も悪くないと心から思ってる。

食堂を飛び出していく冒険者たちの背中のまぶしさに少々目をくらませながらテーブルを拭いていた。


「ねぇ、一緒に冒険行こうよー!せっかく免許取ったんでしょ?」

「行かない」

食堂では冒険に行くためのパーティーを結成するためとしても使われる。

俺はいつもされる勧誘を無視してテーブルに残された皿を片付ける。

「おいおい、エアリーさんが冒険に誘ってくださってるのに行かないって選択肢あるか?」

「ある」

「ねーよ!!エアリーさんはみんなの憧れ!こんな可愛いけど最強の冒険者なんだぞ!?一緒に冒険行けるなんて奇跡みたいなことなんだぞ!!それをおまえ……」

「あのな、ウィル。エアリーはエルフなんだ。俺が子供の頃から全然変わってない。おまえはれてるから言いにくいがこんな見た目でももう結構な年齢なんだぞ?」

「なにか言った?」

「……言ってません」

そんな俺たちのやり取りを見ながらギルドの冒険者たちは笑って酒を飲んでいる。

ギルドの冒険者たちを昔から知っている。

気のいい連中なことも本当の意味で彼らが強いことも知っている。

それでも前世の記憶が人と深く関わることを嫌がっている。

それなのにエアリーとウィルはそんな俺の気持ちなどお構いなしだ。

会うたび冒険者になるよう勧めてくる。

エアリーと冒険に行けばエアリーだけの功績なのに俺を含むパーティーの功績として伝えられ即ギルドに認められるだろう。

それだけエアリーは優秀だ。

それこそ世界最強かもしれない。

それにしても神様に願ったのは『必要最低限の干渉』だったけどエアリーやウィルは干渉しすぎな気がする。

そんなことを考えていた瞬間

ガシャッーーーンッ!!!

突如とつじょ食堂の外から大きな物音がして食堂の食器や棚などが震えた。

「近いわねっ……何かしら?」

エアリーを含む食堂内にいた冒険者たち全員が各々おのおの武器に手をかけながら立ち上がる。

先ほどまでとは打って変わった真剣なまなざしの彼らを見てこれがギルドの冒険者かとこんな状況にも関わらず感心してしまう。

「魔物だっーーー!!!」

外にいた人間がギルドの冒険者に助けを求め食堂に駆け込んできた。

エアリーたちは風のように食堂を飛び出して魔物に向かっていく。

エアリーが行けば大丈夫だろう。

食堂に一人残された俺はテーブルを片付けていた。

外で魔物と戦っているため大きな音や声が食堂の中で響いている。

ずいぶんかかってるな。

すぐ帰ってきて食事すると思って用意していた皿を一度棚に戻そうとした時

ガターーンッ!!!

誰かが扉を破壊しながら転がり込んできた。

「……エアリーッ!?」

俺は転がり込んできたエアリーに驚き駆け寄った。

エアリーは深手を負ってうめいている。

「逃げてっ……!あの魔物……普通じゃな……!」

彼女が言い終わる前に轟音ごうおんがして食堂の一部が壊されそこから見えた魔物は異常な大きさとひどいくささをさせていた。

彼女は俺を助けるために傷を負いながらも飛び込んできて今も俺を背でかばい武器を手に構えている。

俺はその光景をみつめながら思っていた。

きっとこれが主人公だ。

俺がなれなかったもの。

いや、神様がいうように俺が諦めてしまったものかもしれない。

「もともと主人公なんかじゃなかったよ」

そうやって諦めたふりをしていた。

冒険者が眩しくみえても本当の意味で強い奴を知っても気づかないふりをしていた。

本当は姫を助け出す勇者でありたかった。

仲間と冒険する勇者でありたかった。

みんなで楽しくゲームしたかった。

それなのに俺は前世の記憶に怯えて願いも生き方も中途半端で英雄でも勇者でも世界最強でもない。


それでもっ……!!


主人公じゃなかろうが勇者じゃなかろうが強くなかろうが免許だけの冒険者だろうがっ!!

「エアリー!!後ろの扉に走れっ!!」

傷ついた女の子を見棄みすてるなんて普通の人間だってできないだろっ!!

これくらいのカッコつけさせてくれ。


魔物の前に立ちふさがるとやっぱり足が震える。

学園で学んだだけの魔法と剣で立ち向かうには相手がヤバすぎることはわかっている。

それでも覚えている魔法と技とそして前世のRPGゲームの記憶を思い出し魔物に向かっていく。

「いい気概きがいだっ!!あいつに続けっ!!」

ギルドの冒険者たちが俺の後ろに続く。

ウィルが剣を振り下ろし魔物に攻撃をり出す。

焦げ臭さは火属性か?

前世でやったゲームでは火には水が強いのがセオリー、水の魔力を込めて初心者用の剣を振り下ろす。

ほぼダメージを与えられないと思っていたその一振りが魔物を倒したことを俺は着地を失敗して転がっていたので知らなかった。


「ギルド冒険者おめでとう!」

あの一件から数日、快復したエアリーやギルド冒険者たちから祝いの言葉を送られている。

今回運良く倒せたことがギルドに報告されいつのまにか俺はギルド冒険者になっていた。

「めでたくない!……こともないか」

俺が複雑な表情をしていると両親は笑みを浮かべて言う。

「半壊した食堂は大工さんに直してもらうし手伝いなら大丈夫。いってらっしゃいギルド冒険者さん」

困った様に笑いかけてから冒険に行くエアリーたちの後ろに続いて俺は食堂を飛び出した。


神様はその様子を見守りながら言う。

「必要最低限の干渉と力と言われたので与えましたが強すぎましたか。程度は人によって違うから困ります。でもまぁよいでしょう」

神様は笑って言った。


「誰しも人は自分の物語の主人公なのですから」










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