第二十三話 開幕の直前
ジェボールは、待ち侘びていた。晩餐会が始まるときになるのを。そして、スイリュームのことをもっと色々話して知るということができるのを。
ただ上記はあくまで理想論の領域内の出来事であり、必ずそうなるとはとてもではないが限らないのである。
ーーどうしょっかな〜。
机の前には、次々と料理が置かれていく。どれも今まで生きてきた日本では見たこともないおどろおどろしい色や見た目をしていた。が、なぜかまずいようには感じられなかった。
その料理たちが奏でる香りが、ジェボールの花をツンツンと突き刺した。
ーーヤベェ、今までで見たことないやつじゃん。見た目のトラウマ観とかグロさ半端ねぇけど、美味しそうだなぁ。
味を想像するだけで顔が綻びそうになったが、王子としての威厳を保つために我慢した。
ジェボールはそもそもつまみ食いしたことがなかった。家が割と大手のIT企業の社長さんで、家柄も厳しかった。だから、つまみ食いなんて見つかればすぐにこっぴどくしかられてしまうような家庭環境で多敷修太は育ったのである。現に死んでもつまみ食いを経験することは日本ではできなかった。
スイリュームは、盛られたサラダからレタスのような葉物を一枚手に取り、パクッと食べた。シャキシャキと爽やかな音を立てて噛み切られるレタス。
ーーASMRか。美少女の吐息が望ましかったんだけど、欲は言えねぇな。
ただ美少女の吐息ではなくとも、少なくとも元音フェチのジェボールにとって、これは心地よくないとは言えないBGMとなった。
シャキシャキと、レタス一枚を、スイリュームは嬉々としてつまみ食いしていた。
ーー羨ましいな……。つまみ食いって、どういう感覚なんだろう。
好奇心に駆られた。つまみ食いをしている様子を見ると、敵ではないような憎めなさを抱くようになってしまう。
ジェボールは、スイリュームに話しかけた。
「あのさ、つまみ食いして怒られないかな。ほら、ミネルバさんとか、使用人の方々の怒りを買ったら、君の自業自得だよ」
「い、い、い、いきなりっ、なんだよ。食ってただけだ。いいだろ」
「まだ『いただきます」の挨拶をしていないじゃないか。それに、まだみんな揃ってないし、乾杯の音頭もないし、まだ料理が全員分揃ってないし」
「うるさいっ、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
「あっそう。勝手にしな。俺はチクろ」
ジェボールは、ややウザさを覚えた。ただ、こんな生意気なクソアマ、という感じではなかった。子供らしくて、扱いづらいというニュアンスのうざさである。返答も子供らしく、はっきり言って見た目以外は超絶ツンデレなように見える。ーーと、彼の審美眼が唸った。
ジェボールは、やはりミネルバの言っていることがまだ信じられなかった。
ーーミネルバさん、ミネルバさん、ミネルバさん……。
ハッ、と彼の記憶が蘇った。
ーー調理場に行くって言ってたな、あいつ。調理場に行って、何するんだ。
ーー多分、料理に毒を混ぜて、スイリュームを毒殺する気だ。あの目は、殺意の目だった。
割とすぐに答えが出た。ジェボールはミネルバが言った方向に方向転換し、走っていく。調理場の位置とかわからなぃ。でも、彼の勘を信じて、進む。
★⭐︎★⭐︎
ーースイリュームを、毒殺しない。やっぱりこれでいいのかしら。
ミネルバは、毒薬を静かに見つめ、心の中で自問自答していた。天使と悪魔は、なお燃えさることがなく、討論を続けている。
スイリュームを生かせば、王子にも危害が及ぶかもしれない。先先代のように、暗殺されてしまうかもしれない。ーーこれが悪魔側の主張だ。
スイリュームが敵かは今はわからないから、取り敢えず生かしておいて、敵とわかったら容赦なく殺せばいいのよ。ーーこれが天使側の主張である。
ーーどうすればいいのよ、どうするのよ私!
「ああっ、」
そのとき、
「あんた、スイリュームを毒殺する気だろ。する気なら、俺はあんたをここから一番遠いところに拘束し、ここへ行かせないようにする」
ジェボールの、いつもの楽観的態度とは大違いの覇気ある主張が耳に入った。ミネルバは、一瞬揺らいだが、すぐに心を決めた。
何事もないかのように、話しかけた。
「何を言っているの、あなたは。私が毒殺する、なんて無情なことすると思う?」
「いや、だってスイリュームのことをさっき、『頃合いを見て殺しなさい』とか言ってたじゃんあんたは。でも俺は殺す気がなさそうだったから、あんたが今日ここであいつを毒殺することにした。ーーそんな経緯で、今ここにいるんだろ。毒物を混ぜるために」
ずん!
心を剣で貫かれたような感じがする。心が軽くなった。ミネルバは、宣言した。
「ごめん、私、毒殺するつもりだった。でも、あなたの言葉で、目が覚めた。ありがとう、王子」
「いいや。あいつが敵だとわかったら、俺が
ジェボールには迫力はなかった。でも、なんだか、変な気持ちにミネルバは襲われた。
「で、毒物が入ったやつは」
ジェボールは神妙な面持ちを浮かべた。
「廃棄したわよ、一つ残らず」
「これは」
次に、ジェボールは調理台の上に乗っている新鮮なゼリーと野菜サラダを指さした。
ミネルバは、間髪入れずに、
「私が新しく生成した。これは何も入ってない」
と答えた。
「おーっし、信用してやる」
ジェボールは、疑うのをすでにやめていた。この目は、もう毒殺する気なんて今はさらさらないように思えたからだ。
奥から、使用人の声が聞こえる。
「ミネルバさん、お料理をたっくさん運んでください。もう時間が刻々と迫っています」
「あっ、はぁい」
ミネルバは、すぐに呼びかけた使用人のいる方へやや走り気味に進んでいった。
ジェボールは、その爽やかな笑顔に、微笑みかけた。
異世界の王子ライフについて 色夜 零 @mittsuukunn0419
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