第二十二話 スイリュームの闇
スイリュームが敵という言葉は、なんという無惨な仕草であろうか。恐怖に襲われた。ミネルバの気が狂ったのかと思った。
些か信じられなかった。後退りしそうになった。スイリュームが、敵? ふざけるな。
ジェボールは目を点にしながら、バカなこたぁねぇだろと暗示をかけるために無理して大笑いしてみせた。
スイリュームは、今の今までともに戦った、助けてもらったんだ。
ミネルバは、「まあまあ」と苦笑しながら、話し出した。
こほん、と小さな咳払い。
「スイリュームは、私の知る限りではケルセウスの寵姫であり、彼の最大の
ジェボールはミネルバの真剣な調子に操られる。だんだん、こいつは敵だという気持ちに襲われてきた。しかしその気持ちの裏には、スイリュームは味方だ、と思う心も眠っていたのも事実。完全に認め切ることはできなかった。
ジェボールはあわあわとしながら、提案した。
「でもさ、やっぱケルセウスと交戦してた時にスイリュームは襲われたよ。だから、完全に敵とも言い切れないんじゃねーかな」
「過去に、こう言った事例があったの。ーー先先代の国王が、ケルセウスと交戦した。その時も、スイリュームとケルセウスは対立している構図になっていた。しかし、ナイフを投げられた直後、先先代の国王は殺された。ーー誰に殺されたと思う?」
「そそそ、そりゃぁケルセウスだろ」
間髪入れずに即答するジェボール。しかし、ミネルバはこれを真っ向から否定し、ブッブー! と胸の前で腕をクロスさせた。
そして答えを告げる。
「スイリュームが投げられたナイフで国王を刺した。ーーまぁ噂だけど、過去の見聞で、こいつらとは関わるなとも伝えられている」
ジェボールは、息を止めた。
こんな、こんな怖いやつだったなんて。信じられなさが、一層増したような気がする。不思議だ。ジェボールは、スイリュームの方へ目をやった。
スイリュームは、ヴォレリアと和気藹々と戯れていた。スイリュームが笑い、またそれに反応してヴォレリアも傍らで笑っていた。そして、同時に笑いながら何かを話している。
ジェボールは、己の目と耳を疑った。スイリュームは、ああいう風にすぐにみんなと開きあっている。そして笑い合っている。それが、あれか。敵なのか。
確かにああなるなら、なんらかの闇を抱えていただろう。それを隠したり、紛らわすために笑っているのだろう。
確かに、それなら感情的問題として頷ける。ジェボールは、認められないのがかなり苦しかった。スイリュームは、味方だろ。まだそう思っていた。
悲しい苦しい。
「王子。よぉく聞きなさい。彼女は、割と早めに排除しなきゃいけない存在かもしれないわ。だから、頃合いを見て息の根を止めなさい」
「は、いじょっ……、息の根をっ、止める……」
鬼の形相でその言葉を聞き流したジェボールは、怖気付いた。まるで、自分とスイリュームの全てを否定されたかのような感覚に襲われたからだ。
「いいこと? いつも通りに過ごしなさい。そして油断させて、排除しなさい」
「王子が部下に命令されるのは気にくわねぇけどよ、その提案、乗ったぜ!」
もちろんこれは嘘だ。敵と完全にわかるまでは生かしておき、分かった途端其れ相応の罰を与えてやるつもりなのだが。
ジェボールはスイリュームに歩み寄って、楽天的に話した。
「おう、スイリューム。これから最高の料理を食べて、戦いの傷を癒しておこう」
親指を立てて、死ぬ気で提案したつもりだった。そしてスイリュームはその熱意がわかったのか、ジェボールに、爽やかな笑みを返した。このあまりにも爽快な笑顔からは、裏があるかのようにはとてもじゃないけど感じられない。
スイリュームは、今は肩の傷も忘れている。
楽しそうに、笑っている。果たして、ミネルバの言っていることは、正しいのか。
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