第二十一話 仲間紹介

「ハァ、ハァ。女の人って、結構重いんだな。息切れしちまう」


 おんぶという体制は、思っている以上にかなりの体力を要するものだった。今までの戦いを己の魔力にばかり頼っていたジェボールだから、体力がないのは尚更こうである。息がだんだん荒くなり、日本あっちでの尺度でいう千メートルほどの距離が、これまたあっちでのフルマラソン、四十二・一九五キロメートルのように感じられる。

 ジェボールは、ゼェハァ言いながら歩き続けた。戦いは、結局明日も再開されるのだろう。それまでに魔力の強化、スイリュームの紹介その他諸々のすべきことをせねばならないという焦りからだ。

 ジェボールの目に、ようやく王宮が見えた。しかし、影が靄のようになっている。あることは確かなのに。

 歩き続ける。ひたすら、着くまで。


「王子、戦いは大丈夫でした?」


 ふと、ミネルバが目の前に現れた。ミネルバはジェボールの空いている片手を掴み、歩く。スイリュームを背負っているジェボールにとっても、無理のない速さで。

 だんだん王宮の影が鮮明に写りだす。近づいているのも見える。し、わかる。


「王子、大丈夫でしたか、ーーってなんですかその女は!」


 王宮について間もなく、ヴォレリアが話しかけた。するとミネルバやカルデアも、芋づる式に、


「おおおおおお王子、その女性はどうしたのですか」


「その子は誰」


 というような驚きの反応を示した。

 今更気づくとか、遅すぎwwーーとかとも思ったが、優しいジェボールは決してそれを口から発すことはなかった。

 ヴォレリアはスイリュームに向かって、


「もしもぉし、起きてますか。起きてるなら返事してくださあい」


 と、少しばかり挑発するような感じに耳元で囁いた。それに気がついたのだろうか、スイリュームは、ハッと目を覚まし、おんぶの体制から崩れた。

 目をパッと開けて、見回す。


「ここはどこですか」


「ししししししし、喋った!」


 ジェボールの背中から降りたスイリュームは、自分が立っているその場所の豪華さに、感嘆の声をこぼした。綺麗な装飾が各地に施され、きれいだ。

 スイリュームは、その場所を再び問うた。


「ここは、どこ? まるであたしが前にいたところとは桁違いの明るさよ。素晴らしいところに、落とされた」


「ここは宮殿です、王都の」


 カルデアがまるで美女をエスコートするかのように丁寧に説明した。その傍らで、ヴォレリアが、「なんでぇ、キザったらしい」と嫌味そうにつぶやいた。

 ジェボールは宥めるように間に入り、


「まぁまぁ」


 と諭すように言った。


「さぁ、スイリューム。ここが王宮だ」


 スイリューム、という名を聞いた途端一瞬だけミネルバの顔に曇りがかかったような感じがした。しかし、ミネルバはすぐに表情を変え、ジェボールを見守った。


「そういえば、あんたの名前を聞いていなかったわねぇ。ーーねぇ、イケメンくん、君に色々付き合わせても今更で悪いんだけど、名前、教えて」


 スイリュームは、思い出したかのように突然訊ねた。

 その様子を見た王宮の周囲のものは、皆絶句して硬直し、アワアワと目を疑った。王子に、タメ口で話しかけている女がいる。実は無礼者という目で周囲が見ているのに対してこちらはーー

 ジェボールはにこやかに笑んで名前を教えようとする。


「えっと、俺の名前はジェボー……」


 言葉が止まった。なぜなら、目の前にカルデアが立ちはだかったからだ。真剣な目をして、睨みつけ続けている。怖い。

 カルデアは話し出した。


「あのね、もし彼女がほかの所のスパイとかだったらどうするんですか。それで場所まで知られてしまい、いつか襲われるとかもあり得るのでは」


「いいや、別にスイリュームからそういう感じの雰囲気を感じ取ることはできなかったよ。それに、人を信用しなきゃ、君も俺を信用してないっていうことになるかもしれないんだよ。認められたいなら、彼女を疑うのを辞め給え」


 しゅんとしたまま、ぽつりとカルデアはつぶやいた。


「あなたが殺されても、狙われても知りませんからね」


「知らないとは言わせないよ。だって、王宮が襲われるっていうことは、俺も襲われるし、君も襲われるっていうことなんだよ」


 誠に図星であった。カルデアは完全に論破されてしまったのである。

 ジェボールは「改めまして……」と前置きをし、名乗った。


「俺はジェボールです。よろしく、スイリューム」


「あ、よろしくねこれから、ジェボール。スイリューム、ジェボールって呼びあおっか」


 初日にして意気投合している二人を、やれやれという目でヴォレリアとカルデアが見つめた。ただどこか仲睦まじく、憎めなかった。

 笑い合う二人に、ミネルバはそっと近づく。


「はいはい、団欒第一部はおしまい。次は晩餐会の時に団欒第二部を開始しちゃうわよぉ〜」


 とやや強引に間に入り、二人の会話を中断させると、ジェボールの腕をやんわりと引っ張る。そしてスイリュームの視界の外へ逃げると、ひそひそ話をした。


「スイリューム、と言ったわね。あの子、私が知る限りでは敵。味方なんかではない」


「はぁ? じゃあなんであの時ケルセウスに向かって闘志をむき出しにしたり、共闘を申し出たりしたんだろ?」


「あれは欺くための罠よ」


 真剣に話されていることはわかるが、些か信じられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る