ソロプレイヤー・ソロモン

碧美安紗奈

ソロプレイヤー・ソロモン

 近未来に普及した、拡張現実ARMMORPG『ソロモンズ・ゲート』。ソロモン王伝説を下敷きに、古今東西を融合したような現実の宇宙よりも広大なファンタジー世界を冒険できるゲームだ。

 各種病の予防接種と同時に全市民の体内に注入される、補助脳の役割も担うナノマシンによる人工幻覚。外界に散布され、環境保護を助けると同時に各種ライフラインの一部を担うナノマシンによるホログラム投射技術。

 この二つを利用することで、それは生身で体感できる完全なる拡張現実を可能としていた。


 もはや人類の大半が、日常生活を送ると同時に『ソロモンズ・ゲート』を楽しんでいた。

 例えば通学通勤時に実際移動するいつもの道を、ゲーム的にアレンジすることもできる。空にドラゴンが飛ぶような草原や砂漠を旅しているように風景を変え、障害物はモンスターの姿に置き換えられ、それを避けたときは予め設定した魔法や剣などによる戦闘を行ったことにして経験値に換算させる。

 勉強や仕事中も、問題を一つ片付ける度にそれを倒したモンスターに置き換えて経験値を得られる。

 こんな風に日常をゲームの一部にできるのだ。


 当然、問題も起きた。

 『ソロモンズ・ゲート』の電源を切らず、全ての日常をゲームに置き換えたまま帰還しない人々。あるいは、実際に外に出なくてもプレイできるようにも調整されているため、ひきこもったまま廃人と化す人も相変わらず存在し続けていた。


 『ソロモンズ・ゲート』はあくまでファンタジーが中心ではあるものの、その世界は現実の宇宙より広いため、場所によってはロボットや宇宙船が登場するSFのような科学の発達した未来描写すら体感できる。それらの技術が魔法を根底とすると設定されていればいいのだ。


 もはや体感できない世界などなく、旧時代のインターネットのように当たり前に日常に溶け込んだそれは、あくまで現実に留まる人類との間に戦争すらもたらしかねないほどの溝さえ築きつつあった。


 そんな中で、あるときゲーム内を騒がせる存在が現れだした。


「またソロモンだ」

「チーターだろこいつ。ありえねえ」

「なんで運営は放置してんだよ」


 ゲーム内チャットでそう囁かれるのは、ソロプレイヤーで〝ソロモン〟という名前の人物だった。

 個人の戦力、アイテム収集、領地開拓、ストーリー進行などを競うランキングに出現するや、その全てで瞬く間にトップに躍り出た超人。どころか、複数のプレイヤーが協力し合うことで得点が加算されるギルドのランキングにすら、ソロで自分以外全ての他プレイヤーの入会を拒否するギルドを作りながら頂点に昇りつめた異常な人物である。


 課金によってゲームを有利に進めることは可能だが、何億費やそうとも、さすがに考えがたいことだった。

 ユーザーからの通報を受けるまでもなく、もちろん運営は調査に乗り出した。しかし、どういうわけかソロモンのアカウントを停止させることはできず、苦戦している間にさらなる異常事態が勃発した。

 これまでゲーム内のどこかにいるという噂しかなかった〝ゴエティア72柱〟という『ソロモンズ・ゲート』世界を創造したと設定されている魔神たちとソロモンとの戦いが、突如として発生したのだ。


「隠れて何かしていると思えば、時を越えて人に害をなしていたとはな」


 太陽系を模したフィールド内。宇宙空間を飛び回りながら、人を含むあらゆる動物を融合させたような伝承に基づくデザインのゴエティア72柱と戦いつつ、声と文によるチャットでソロモンは語った。

 他のプレイヤーも最初はみな興味本位で戦場に入ってみたが、ソロモンとゴエティアの戦闘はレベルが高すぎて弾き出され、すぐに外から観戦することしかできない状況になっていた。


「みなはゲーテの『ファウスト』をご存知かね。あれすら、わたしの時代から遥かあとのものだが。そこに語られる有名な悪魔メフィストも、階級としては下位の方にあるともされる。それでも、時を超え様々なものを生み出しては消したりと、その能力は人の比ではない」


 冥王星に降り立ったソロモンに衛星カロンを飛ばしてきた魔神にそれを弾き返して彼は撃破。天王星から放たれる光弾を避けながら接近し、そこに巣くっていた魔神たちにより巨大な光弾を放って撃破して、地軸を90度動かすほどの衝撃をもたらしながら続ける。


「ゴエティアの魔神たちは上位の階級だ。72体も集まれば、未来の宇宙をどうこうするなんて芸当も容易いのさ」


 魔神を海王星に叩きつけ、ガス惑星の核ごと砕いて爆散させながらソロモンはしゃべる。


「もっとも。そんな魔神たちを無条件に従わせることができる、神から授かった指輪を持っていたとされるソロモン王にとってはその相手も造作はないがね」


『ソロモンズ・ゲート』内がざわつく。

 やはり未発見でゲーム内に一つしか存在しないという、最強のバランスブレイカーだとされる装備〝ソロモン王の指輪〟。それを所持していることをソロモンは公開したのだ。


 彼は土星の輪を構築する氷ごと魔神を炎の魔法で蒸発させ、木星と衛星イオを結ぶ雷フラックスチューブを電撃魔法と融合して放ち、アステロイドベルトに潜伏していた魔神ごと小惑星数万個を消し去った。


「わたしも油断していたよ」

 ソロモンはさらに独白する。

「まさか、密かに未来の人間から活力を奪っていたとはな。多くの説話で人が悪魔に騙されるように、半分は人類の問題でもある。わたしもこの蛮行に気付けなかったように」


 地球の海から編み出された水の魔法を、ソロモンは火星の極地から生成した氷の魔法で凍結させる。そのまま魔神たちを氷像にして退けた。


「この仮想世界は素晴らしい。だが忘れるべきではないんだ」


 水星を投げつける残る魔神たちに、金星を投げつけることでソロモンは拮抗。


「その素晴らしい仮想世界もまた、現実をよくしようとした現実の先人たちによって創造された」


 最後の魔神たちを押し飛ばし、彼は太陽の中に消えながら最期の言葉を残した。


「現実は醜い面もあるが、素晴らしい面も忘れるべきではないと思うのだ!」


 太陽の巨大な爆発と共に、一帯のフィールドは消滅した。


 しばしの沈黙のあと、チャットルームはまたわいた。


「……とんでもないもん見せられたが、なんだったんだ?」

「わからない。けど、なんか感じた」

「おい、ソロモンがいなくなってるぞ」

「ゲームもどっか変わってない? 気のせい?」


 結局正体不明のまま、以降ソロモンのアカウントは消滅した。やがて、『ソロモンズ・ゲート』の製作には72人からなる実体不明の開発者が協力していたことも明らかとなったが、その人物たちも同時期に失踪したのだった。

 いつしか、あれらは時空を超えてきた本物の古代イスラエルのソロモン王と彼が使役した72柱の魔神だったのではないかと噂されるようになった。が、真相はどうやっても解明されることはなかった。


 ただ、『ソロモンズ・ゲート』のゲームは少し変わった。どこがどう変わったのか、たぶんそれはここで言及すべきではない。

 ただ、人びとは少し現実に戻ってきて、現実も少しいいものにしようということになった。それは、僅かずつだが実現しつつある。


 伝説のソロモン王は、あるとき自らが使役していた72の魔神を封じたとされるが、その理由はよくわかっていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロプレイヤー・ソロモン 碧美安紗奈 @aoasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ