そろそろ〇〇しませんか?
星来 香文子
ソロ〇〇装置
「博士! これは一体なんですか!?」
目が覚めたら、俺は実験室の台の上にいた。
ベッドではなく、ステンレスの台の上だ。
背中が痛くて目が覚めたら、両手両足を台の上に固定されていて、身動きが取れなかった。
「ちょっとした実験よ。このステイホーム期間中に、私はおうち時間を有効活用して、とーってもいいものを発明したの」
博士は実験のためなら身なりとか、そういうのはどうでもいい人で、一応白衣は来ているが、おそらくその下に服は着ていないだろう。
以前俺が忘れ物を取りに来た時なんて、いい年頃の女性なのにパンツ一枚で実験を続けていたこともあった。
ふふんと鼻歌を歌いながら、助手である俺の体に発明したという装置を次々につけていくが、時折あたるこの柔らかな感触は、その豊満な胸になにもつけていないということが直観でわかる。
そして多分、Eカップだ。
「とってもいいものって……せめて説明くらいはしてくださいよ!」
久しぶりに出勤したら、この有様だ。
いくら助手のバイトだといえ、出勤した途端にスタンガンのようなものを不意打ちで当てられて、俺の体に電流が走る。
この華奢な体でどうやってここまで運び込んだのかは謎だが、博士のことだ。
色々な発明品を使ったに違いない。
まるでミステリー小説の犯人のように、何らかのトリックを使ったのだ。
こんな扱いを受けてまで、どうして俺がこの博士のもとで助手をしているのか、理由は一つしかない。
博士の作る作品が、あまりにも素晴らしいからだ。
まぁ、何度も何度も失敗を繰り返して、21回目の実験でやっと成功したのをそばで見ていて、その情熱に惚れたからというのが正しい。
決して、決して、博士の体が目当てとか、そんないやらしい理由ではないから、安心してほしい。
「久しぶりなんだから、おとなしく実験に付き合いなさい。終わったらたくさんご褒美あげるから」
なにその声……何そのセリフ!!
くっそ可愛いなぁ!!
「私ね、君がいない間に行って来たのよ。ソロキャンプってやつに」
「そ、ソロキャンプですか?」
いつも引きこもって実験ばかりしている博士が、珍しく外に出たのか……
「でもさ、楽しくなかったのよ。最初は良かったのよ? たまには自然に触れることもいいことだと思ったの。自然の中で読書とか、最高だったわ」
よく見たら、実験台の近くにキャンプで使ったであろうテントや寝袋、そして数冊本が積まれていた。
『ホラーな夜』『私と読者と仲間たち』『ソロキャンプ入門!』などなど、ジャンルは様々だ。
「だけど、あきちゃって。一人でいるのは全然平気だと思ってたのに、なんだか急に寂しくなっちゃって」
博士はすべての装置をつけ終わったのか、両手をパンパンと叩くと、俺から数歩離れて、スマホを白衣のポケットから取り出した。
「私もう、いつまでもソロでいるのは疲れちゃったの。そろそろいい歳だし、これが成功したら、私のような寂しい女にも、うーん、男性でも一緒ね。パートナーのいない人間には、役に立つと思うのよね」
確かに博士の正確な年齢は知らないが、アラサーだ。
結婚がしたいと思い始めたのか?
そんな……博士に恋人なんてできたら、俺はこの先一体どうしたらいいんだ!?
この破天荒だけどどこか可愛くて、尊い俺の推しが……!!
結婚してしまうなんて……!!
「このボタンを押すとね、装置が動き出すわ。いくわよ……3、2、1」
ポチッと可愛らしい音が鳴って、装置が稼働する。
「う……なん……くおおおおおおおおおおお!!!」
装置から放たれたピンク色の光が俺の体を包み込み、全身に、電気が走る。
一体どこをどう刺激されているのか、よくわからないが、これは大丈夫なのか!?
人体に影響があるんじゃないのか!?
叫び声をあげながら、俺はその刺激に耐えた。
「どう? 実験は成功したかしら?」
「はぁ……はぁ……一体なんなんですか、これは」
光が消えて、実験は終了。
博士は俺の拘束を解きながら、様子を伺っている。
しかし、俺はただ電気ショックを受けただけで、これが一体なんなのかわからなかった。
どういう変化をもたらす発明品なのか、さっぱりわからない。
「おかしいわ! どうしていつもと何も変わらないの!? この私の実験が、失敗するなんて!!」
「え!?」
結果が悪かったようで、博士はひどく落ち込んでいた。
俺はわけがわからず、今にも泣き出しそうな博士を落ち着かせようと、自由になった腕で、抱きしめてしまった。
「実験に失敗はつきものでしょう? どうしたんですか? 博士らしくない……これは一体なんの装置だったんですか?」
「ソロ卒業装置……よ。この装置で、君を私の婿にしようと思って……」
「はい?」
「惚れ薬の令和版よ……!」
あぁ、言っていることがめちゃくちゃだ。
それって、つまりは……
「博士、俺と結婚したかったんですか?」
コクリと、博士は頷いた。
「家にいても、キャンプにいっても、私……ずっと君のことばかり考えてたの。寂しくて、寂しくて……。あのウィルスのせいで、家族以外は、一緒にいれないのがすごく寂しくて。だったら、家族になっちゃえばいいんだって思って」
「もう、だったらこんな大掛かりな装置なんて作らないで、言葉で言ってくださいよ」
「だって、私みたいなオバさん、好きになってくれないでしょう? 実験に夢中になると、それ以外どうでもよくなっちゃうし」
何がオバさんだ。
こんなに可愛いのに、どうしてそう思うんだ。
「博士、気づいてなかったんですか?」
「なによ……」
「こんな装置がなくても、俺は博士に相当惚れてるんですけど……」
「えっ……」
俺はもう、何もかも耐えきれずに、博士の胸に耳を押し当て、白衣の上からその柔らかな感触と、彼女の早い心臓の音を聴きながら言った。
「俺も、そろそろ限界なので、ソロ卒業させてください」
初めから、こんな装置も実験も、必要なかった。
俺だって、博士に会えない期間、何をしていても寂しかったんだ。
一度、離れてみて初めて気がつくことがある。
だけど、それに気づいてしまったら、もう二度と、離れたくない……
そう思った。
そろそろ〇〇しませんか? 星来 香文子 @eru_melon
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