婚約者候補、謁見する
侯爵であるアルジオが悪魔に憑りつかれ、それに伴い――女であるアイリーンをアイザックと偽りレイナの婚約者候補を不正にでっち上げるなどいった諸々の問題は、俺がリズと共に魔界に行き、入手した丸薬によって解決した。
一週間後。準備が整ったとアルジオからの一報が届き、更に三日。
俺たち――俺、アルジオ、アイリーンの三人は国王がいる謁見の間の扉の前に居た。
俺やアルジオは何度も来ているが、アイリーンは初めてなのかオロオロしていて、今にも卒倒しそうなほど顔が青ざめさせて緊張していた。
「……案ずるな。アイリーン。お前は入ったらただ私たちを真似て跪くだけ。言葉を発する機会はないはずだ」
「で、でも……」
「大丈夫だよ。アイリーンは初めてなんだから。多少失敗したって誰も責めないよ」
アイリーンが少し泣きそうな目で俺を見たと同時に謁見の間の扉が開いた。
俺たちはいつも通り(アイリーンは少しキョロキョロと俺たちを真似ながら)王の御前へと足を運び、跪く。
謁見の間には王座にゆったりと未だにかなりの覇気の有る王が腰掛け、その隣の椅子にはレイナが腰掛けていた。レイナは俺と目が合うと少しだけ微笑んでくれた。
「話は聞いておる。……アルジオ。貴様は先日まで悪魔に憑かれていたようだな」
「はっ、面目次第もございません。全て私の心が弱かった故です」
「面を上げい、アルジオよ。貴様ほどの男が憑かれたのだ。朕は貴様が弱かったのではなく、その悪魔が強くそれでいて危険だったと考えておる。
それでいてアルジオが起こした問題など、レイナの婚約者候補をでっち上げる程度のもの――悪魔に憑かれていた割には被害と言うものも特になく、おまけに既にそこなハイトが解決したと聞いておる。
故に朕は貴様らを咎めることも、罰を与えることもするつもりはない」
「寛大なお言葉、感謝申し上げます。……ですが、悪魔に憑りつかれ一つ間違えれば領民――いや、この国そのものを大きな混乱に陥れるところでした。
例え王が許そうとも、私はこれ以上自分がデュークハルトの領主を務める資格はないと考えます。故に、私はデュークハルトの侯爵位をハイトに譲りたく思うのです」
「ならぬ」
王は神妙な顔でアルジオの言葉を聞き入れて、それから首を横に振った。
国王の言葉が予想外だったのかアルジオは驚いていた。
「で、ですが! ハイトの能力は『職業』至上主義を謳っているこのハーメニア王国でも領主を務めるに足るほど高い。既にS級の冒険者との地位があり、竜や悪魔をものともしない強さを見せ、何なら……悪魔に憑かれた私やアイリーンを救う薬を入手するために『魔界』から生還するほどの実力までも示しているのです!」
「……そうか。では連れて来い」
国王は首を動かし、兵士に注げる。
するとジーク擁する鎧に身を包んだ近衛騎士が10人ほどいて、その大掛かりとも言える彼らは一つの担架を運んでくる。
それは太く頑丈な鎖でぐるぐる巻きにされた――黒い皮膚がひび割れ、その罅から血のような赤い光を放つ、どうみても悪魔に憑りつかれた人間がいた。
「うぉぉおおお、うがぁぁあああ!」
彼には既に理性がなく、太い鎖が引きちぎれんばかりにガチャガチャと音を鳴らしている。
「彼はレインパル公爵の当主を務めると同時に、わが国で長年宰相を務めている男だが――先日、アルジオからの報せを聞くや否や暴れ出したところを近衛騎士たちによって捕縛された。……本来なら即刻処分しなければならぬ所であったが、彼は我が国に必要な人材。ハイト。
もし本当に『悪魔化』を治せるのであれば、朕の目の前で証明してくれ。頼む」
国王は僅かに頭を下げて頼んだ。……謁見の間で国王が頭を下げることはない。
きっとあの宰相は国にとって重要な役人であると同時に、国王個人にとっても大切な友人なのだろう。それに幸い、丸薬はあと三つある。
「ええ、勿論やってみせましょう」
俺は暴れる宰相の元へ近づき呻きながら開いている大口に丸薬をサッと落とした。顎を蹴って薬を吐き出そうとする前に無理やり飲み込ませる。
「貴様、宰相殿を足蹴にするなど!!」
騎士の一人が激昂して俺に掴みかかりそうになるが俺が鎌を抜き
「『草刈り』ッ!」
と言いながら鎌を横にすると、尻もちをついてしまう。そして、俺の草刈りの横なぎは同時に宰相の口から出て来た悪魔を切り裂いていた。
「ぐぬぉおおお、の、『農民』だけは生かしてはならぬ。二度と我らが悪魔族にとっての地獄を再現させぬために……」
悪魔はそれだけを言い残して霧散していった。宰相は気を失ってしまう。俺は気を失った宰相に魔界の老婆から貰ったポーションを飲ませた。
「これで暫く安静にしておけば宰相殿が悪魔に吸われた生気も回復し、目覚めるでしょう」
「よ、よくやった!! 貴様を疑っていたわけではないが、流石だハイト。本当にレインパルを治してしまうとは……」
「で、ではこれでハイトを我が跡取りに……!」
国王は大喜びして俺に礼を言い、そんな国王にアルジオはもう一度交渉する。
しかし、国王はまたしても首を横に振った。
「ならぬ」
「な、何故ですか……!?」
「アルジオよ。我が国ハーメニア王国は『職業』至上主義である以前に実力至上主義である。しかし多くの実力者は結果として優秀な職業の者が多い故に、結果として優秀な職業が優遇されているだけの事。
わが国で最弱と呼ばれる『農民』でありながら、数多の竜を倒してS級冒険者と成り上がり、レイナが雷龍を従える際に大いに貢献したり、宰相やアルジオのような、我が国の重役に憑りついていた悪魔を倒した。延いては我が国を救ったのだ」
「で、でしたら何故……!?」
「それにアルジオ。既に跡継ぎの話をすると言う事は件の勘当も解消しているのだろう?」
「も、勿論その通りですが……」
「……この国の窮地を救った実績と龍をも従える高い実力。それでいてデュークハルトと言う、我が国において最も信頼のおける名家の長男。
おまけにレイナ本人も、彼に惚れていると言っている。
我が娘、レイナの結婚相手としてこれ以上に相応しい男は最早この国に存在しないだろう。故に。
朕は今、この時を持ってハイト、レイナ――二人の正式な結婚を認めようと思う!!」
「「…………!!」」
俺とレイナの眼が見開かれる。
「第一王女であるレイナと結婚するのだ。よってハイトにも王位継承権が生じる。そして、英雄であり市民からの評判も良い彼が――白い龍を従えながら、本人も無双の強さを持つ彼が、雷龍を従えるレイナと力を合わせれば間違いなくこのハーメニアの国王になるだろう。
国王になればデュークハルト領の領主をしている暇などない。故にデュークハルト領はそこの娘に継ぐと良い」
「…………!」
「はっ。(謹んでお受けしますと言え)」
「つ、謹んでお受けいたします!」
「とは言えアルジオ。貴様が当主の席を譲ろうが、朕が貴様を今後頼りにすることは変わらない。故に今後とも、我が国と朕の為に尽力せよ」
「はっ!」
「それからハイト、レイナ。めでたいことは早くした方が良い。貴様らの結婚式は来週国を挙げて執り行おう。
何。本来ならお前たち二人が『就職の儀』を済ませた後すぐに執り行う予定だったのだ。準備は既に万端である」
俺とレイナは目を見合わせた。
どうやら俺たちはようやく結婚できるらしい――
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