アルジオの贖罪
アルジオは少し辛そうに呻いてから、上体だけ起こして俺とレイナとアイリーンを順番に見た。アルジオは目を見開き少し驚いた様子を見せながらも何も言わず、ただ何かを考えるように沈黙すること5分。
「殿下。ハイト。それにアイリーン。本当に済まなかった」
絞り出すように出したのはこの場に居る三人への謝罪の言葉だった。
先ほどのアイリーンの様子や、JROで見たこの手のイベントをクリアした後のキャラの反応を見るに悪魔化の後は記憶が混濁する。
今、アルジオがした謝罪は一体何についてだったのだろうか?
「……三人が私に憑りついていた悪魔を倒してくれたのか?」
「いえ。むしろわた……僕も悪魔に憑りつかれてしまって、助けてくれたのはレイナ様と兄さんです」
「なるほど。ではまず二人には悪魔から私を救い出してくれたことに感謝を述べたい。本当にありがとう。それから済まない。アイザック……いや、アイリーンは男ではなく女なのだ。あの頃の私は悪魔に憑りつかれてどうにかしていた。
アイリーンにも無理を強いてしまったな」
「い、いえ……。お父様が拾ってくださらなければ私のお母様は――病を治せず、ただ死を待つのみでしたから」
「……まぁ本来王族への虚偽は重罪にあたるのですが、正直アイザック……アイリーンさんの男装は一目で女と解る程度にはお粗末でしたし、私とハイトの婚約関係を修復するお手伝いをしてくれると言うのなら今回の事は不問にして差し上げます」
レイナがそう言うとアルジオとアイリーンが目を見開く。俺も少し驚く。
「え、結構うまく変装したつもりだったんですけど……」
「声も肩幅も骨格も全て明らかに女性のものだったじゃないですか」
「……確かに今考えればお粗末な作戦だった。本当に私はどうかしていたのだなぁ」
レイナとアルジオの言葉にアイリーンはショックを受けたように項垂れる。
……いや、アイリーンの男装かなりクオリティ高かったくね? 俺はJROの知識があったから見抜けたけど、それがなかったら気づけなかった自信がある。
いやでもアレはバレバレなお粗末な男装だったって言うのがこの場での共通認識になりつつあるので口には出さないけど。
落ち込むアイリーンに小さく「俺は格好いいと思ったよ」とフォローしておいた。
アイリーンは目尻に涙を浮かべて兄さん! と喜色を見せた。
「それとこれから重要な話をするが、その前にもう一つ謝らせてくれ。ハイト……本当に済まなかった。お前が『農民』を授かり、最も辛い思いをしている時に私はお前を勘当してしまった。……私は幼少よりのお前の頑張りと優秀さを誰よりも知っていたはずなのに。本来なら優秀なお前が『職業』に頼らず活躍できる場を一緒になって私も模索するべきだった」
そう言ってアルジオは頭を深く下げる。
俺の知るアルジオはプライドが高く、権威主義だ。故に息子である俺にこうしてすんなりと頭を下げたのが少し意外だった。
……確かに俺はこの世界で全然『農民』は弱くないのに追い出されたし、そのせいでレイナとの婚約がなかったことになったり、大変な思いは色々した。
だけど大変な思いをした反面、勘当されて色々な柵や貴族の面倒事から解放された分、俺はこれだけの短期間で成長できたのだと思う。
だから――
「全部許すよ、父さん。結局、勘当されても俺はこうしてここにいるし。それに俺は『職業』を得る前にたくさん父さんに良くして貰ったから。仲直りしたい」
……例え俺が偶々前世の記憶を持っていて優秀だったからだと言う打算だとしても――それでも俺は期待して貰えるだけで嬉しかった。
俺の言葉にアルジオはホッとした様子で表情を緩める。
「……良いのか? ハイト。こんな私を許しても」
「悪魔に憑りつかれて憔悴しきった今の父さんを見ても怒れないしね。それと――一つだけ訂正させてもらうけど『農民』は最弱でも落ちこぼれでもない。努力して育てれば、間違いなくこの世界で最強の『職業』だよ」
俺が言うとアルジオは目を開いて、少し考えるような素振りを見せ、それから少しだけ嬉しそうにフッと笑った。
「……そうだな。あれだけ優秀だったお前に女神様が授けてくださった『職業』だ。冷静に考えてそれが弱いわけないな」
「そうですよ。でないと女神様の眼は節穴と言う事になってしまいますから」
「いや、レイナ。それを王女が言うのは不味いんじゃないか?」
そう言って俺とレイナとアルジオは笑った。
それからアルジオは暫くして、真面目な表情になる。
「ああそれと、ここからが本題なのだが――ハイト。私はお前にこのデュークハルト侯爵の家督を引き渡そうと思う」
そして言って来たのはそんな事だった。
……え? いや、俺15歳だし。学校通いながら領地持ちの貴族家運営するのはかなりキツくね?
しかしレイナはそうして当然ですと言わんばかりに頷いていた。
「え、いや、ちょっと……俺、まだ継いでちゃんと領地経営とかやっていける自信ないんだけど」
JROは戦闘系MMORPG。
当然だが内政して領地を大きくする要素なんてない。
「心配いらんよ。私もお前が学校を卒業するまでは手伝うつもりだし、我が家には優秀な人材が何人もいる」
「ハイト。こう見えても私、王女として政について人一倍学んできたつもりなんですよ? 是非とも私を頼ってください」
アルジオとレイナの心強い言葉。
「それにハイトが殿下と再び婚約し、婚姻を結びたいと思うなら国王から貰った名ばかりの伯爵でいるより我が家を継いだ方が都合が良いのではないか?」
「確かに……」
一代限りの腕っぷしだけの伯爵と、何代にも渡ってハーメニア王国に尽力してきた超武闘派の大貴族の侯爵では貴族の質的には雲泥の差と言える。
第一王女であるレイナをお嫁に迎え入れるのにどちらが良いかなんて考えるまでもなかった。その言葉に俺の迷いは消し飛ぶ。
「解った。俺、デュークハルト家を継いで侯爵になるよ」
「ハイトならきっと良い領主になりますよ! 政は私も頑張りますし、何なら王宮から何人か優秀な人材を引っ張ってきますよ!」
「別に政に疎くても、悪魔すらも容易に屠って見せる実力があるハイトなら領主として十分にやっていけるだろう。最悪政治は全部任せて、お前は領地を脅かす敵をその武勇で払いのけるだけで民衆の支持は得られるだろうしな」
レイナの心強い言葉とアルジオのプレッシャーを緩和してくる優しい言葉。それに俺の領主になる不安は消し飛ばされた。
しかしここで、ずっと黙っていたアイリーンが口を開く。
「そ、その……。兄さんが領主になるって……そしたら、私のお母様はどうなってしまうのですか!?」
「それは私が責任を持って面倒を見よう」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ。……元々お前は私の子だし、母親は私の妾のようなものだ。今まで放っておく形にはなってしまったが、本来私が面倒を見るのは当たり前のことだ」
アルジオの言葉にアイリーンはホッとした様子を見せる。
別にアルジオが言わなければ俺が「何とかする」と言ってたところだ。
「そう言う事でしたら私もこの家の為に全力で頑張ります! ……と言っても、私は剣しかできませんし、その剣も恐らく兄さんや殿下には及ばないんでしょうけど」
「いや、そんなことないよ。そもそも俺、剣は使えないし」
「私も雷龍がいてこその強さですから」
……いや、ぶっちゃけレイナの馬鹿みたいに高い物理ステータスなら雷龍が居なくてもアイリーンと剣で軽く渡り合えると思うけど。
「とりあえずハイトが襲名することと、今回の事の顛末は私の方から国王様に報告したいと思う。その、殿下……」
「ええ、解りました。でしたら私の方からは何も言いません」
「寛大なお言葉、感謝いたします。……と言うわけだからハイト、来週末までには国王様と謁見することになるだろうからそのつもりでいてくれ。
その時にお前が侯爵になることと、それに伴って殿下との婚約の復縁の方を私からお願いしよう」
「「!!」」
国王が親友と認めるアルジオの言葉ならそうそう突き返すこともない。
俺も俺で国王に実力を示したし、雷龍も説得してくれてるし。
そう考えると――俺とレイナの婚約修復までのカウントダウンはあと10日を切ったと言う事になる――
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