悪魔祓い

 この世界に転生してから『就職の儀』で『農民』の職業を与えられるまでの15年間を過ごしてきたデュークハルト侯爵領。


 俺の職業が『農民』であると発覚した瞬間に勘当こそされてしまったが、それまでは誰よりも俺に期待し、少なくとも前世の両親より大事にしてくれた父、アルジオ。

 JROで登場する人気キャラで、新しく妹になるアイリーン。


 二人を助ける為に俺は魔界まで足を運び、薬屋の依頼を熟して丸薬を手に入れた。


「レイナ。……これを飲ませるには無力化させる必要があるが、悪魔が憑りつくと、元の素体より賢さが減る分、純粋な力は強く成る」


 アルジオは『将軍』でアイリーンは『剣聖』

 二人ともかなり物理よりの強力な職業を持っていて、それを倒すだけなら兎も角、薬を服用させられるくらいに意識を残して無力化するのは骨が折れそうだ。


「頼りにしてるからな、レイナ」


「は、はい!!」


 レイナは碧眼を光らせて、勢いよく返事する。レイナのレベルは64くらいか。

 雷龍もいる今の彼女はとても心強い。



 屋敷に入るとすぐに、燃えるよな赤髪のしかし以前よりも更に痩せこけてしまった父アルジオと、以前はかなり美人だったのに目の下に深い隈が出来てしまっているアイリーンが待ち構えていた。


「はっはっは。私の強さにビビって尻尾巻いて逃げたくせに、のこのこ戻って来るとは良い度胸だな、ハイト」


「……だけど好都合です。態々探すまでもなくこの『農民』を殺れます」


 そう言ってアルジオとアイリーンが襲い掛かってくる。屋敷に入ってすぐに二人が臨戦態勢で待ち構えているのは少し意外だったが、俺とレイナは目を合わせて頷く。


「先手必勝! 『耕耘・レンコン畑』ッ!」


「雷龍、お願いします!!」


 俺が屋敷の床に鍬を突き立てるとそれまで大理石でできていた床があっという間に泥沼になってしまう。レベル120で手に入れたパッシブスキル『農民スキル強化』――これがなければ大理石は流石に耕せなかった。

 アルジオとアイリーンが突如沼になった床に足を取られ、そのまま重力に従って、ぬぷぷと膝上まで沈んでいく。


 慌てて蝙蝠の皮膜のような翼を出し飛んで逃げようとしたところで、レイナが雷龍の召喚を完了させ、雷龍が二人に雷を当てる。


「ぐおっ、」


「あばばばばば」


 アルジオの方は苦しそうに呻くが、アイリーンは雷龍の雷攻撃の追加効果であるスタンを引いたみたいだ。如何に悪魔が憑りついていようと、肉体は所詮電気信号で動く人間の筋肉で出来ている。

 アイリーンは筋痙攣をおこししばらく動けなさそうだ。


「レイナ! 狙いをアルジオのみに絞ってくれ」


 俺は予め瓶から出しておいた丸薬の一つを右ポケットから取り出し、アイリーンの口の中に放り込む。そのままじゃ吐き出される可能性があったので、使う機会がこれまで一回もなかった死にスキル『水やり』によって口に少量の水を流し込んだ。

 レベル35で会得するがゲームでも特にこれと言った使い道はなく、今、咄嗟に思いついたのはある種の軌跡と言えた。


「うっ、うわぁぁぁぁああ」


 アイリーンの声で、絶叫が響き渡る。アイリーンは喉元を何度もかくように苦しむ様子を見せてから口を開け、黒い靄のような物体が飛び出る。

 ……俺は知っていた。薬を飲ませた後悪魔の本体が出て来て戦闘になるのだ。

 だが地上で遭遇する悪魔の推奨レベルなんて精々60。


「『草刈り』ッ!」


「ぴぎゃぁぁああ!!」


 その一撃でアイリーンの口から出た悪魔は消滅した。

 その様子に、レイナの雷龍の雷撃を受けてもスタンしなかったアルジオが驚愕に目を見開かせた。


「な、そ、それは『デザイア』でしか手に入らないはずの忌まわしき丸薬あばばばばばっ」


 足が自由なら後退っていたのだろうけど、生憎アルジオの足は沼に嵌っている。

 容赦なく放たれた雷龍の雷撃にアルジオはとうとうスタンを引き、筋痙攣を起こし始めた。

 如何に悪魔と言えど、地上に出てくる程度の雑魚ではこれに逆らうのは難しい。


 俺は大口を開けるアルジオの口に左ポケットから取り出した丸薬を放り込み、水やりによって水を口の中に入れる。それから吐き出されないように顎を押し出して無理やり口を閉じさせた。

 ごくりと丸薬ごと水を飲み込むと、アイリーンと同じく咆哮のような絶叫を上げて口から黒い靄のようなものが出てくる。


「『草刈り』ッ!」


 今の俺の草刈りは魔界の魔物にすらダメージを与えられる。

 当然この悪魔も一撃だった多分ダメージ計算式的にはこの悪魔3~4体は死んでるくらいのダメージは入ってるんじゃないだろうか?



 そんなことを考えていると、悪魔が抜け出て行ってから暫く気を失うようにして倒れていたアイリーンが起き上った。


「……あれ? 私、悪魔に憑りつかれてそれから……ってに、兄さん!? それに王女殿下まで。わ、私……い、いや、僕は決闘に負けてしまったんですか?」


 記憶が混濁しているのか、アイリーンはそんなことを言い出す。

 何から話したものかと考えると沈黙による肯定と受け取ったのかアイリーンは顔を青褪めさせた。


「そ、そんな。それじゃあお母様は……」


 四肢を地面について項垂れるアイリーンに泡を吹いて気絶しているアルジオを指さした。


「へ? お、お父様!? お父様ぁっ!?」


 泡を吹いて気絶しているアルジオを揺さぶりに行くアイリーン。だけどアルジオのこの前の口ぶりから察するに悪魔に憑りつかれていた期間は長そうだし、悪魔に憑りつかれると生命力を吸われると言う設定があったはずだ。

 ……だからこそ、数か月前まで筋骨隆々だったはずのアルジオはこんなにも無惨に痩せこけてしまっているのだろうし。


 俺はやれやれと肩を竦めながら、倒れているアルジオを抱え上げた。

 恐ろしく軽く、そして細かった。俺を勘当したとはいえ、強く逞しく数か月前までは頼れる父親であった彼の変化に俺は少なからず動揺した。


「に、兄さん。お父様をどうするつもりですか!?」


 これが今のアイリーンの巣の口調なのだろう。そんな少し場違いな事を考えて気を紛らわせながら、安心させるように微笑みかける。


「父様のベッドに運ぶんだよ。ポーションでも飲ませながら寝かせておけば、明日の朝までには目覚めるだろう」


「兄さん……!」


 俺はアルジオの部屋の前まで運んでから、そう言えばズボンが泥だらけであることに気付いて、汚すわけにもいかないので部屋の前で適当に脱がしベッドに放る。

 それから適当なズボンを部屋から探して履かせた。


 寝ているアルジオに――戦闘中に必要になる可能性も考えて持って来ておいたデザイア性の上級ポーションを寝ているアルジオの口に注ぐ。

 暫くしてレイナとアイリーンがやってきた。


「その……加減を誤ったかもしれません。もし私のせいでデュークハルト侯爵が倒れたなら――」


「大丈夫だよ。アルジオが倒れているのは憑りつかれていた悪魔に生命力を目一杯吸われたからだ。レイナの加減はベストだった。たった三回の攻撃で、二人を痺れさせてくれた雷龍の自覚は本当に素晴らしかった。後でお礼をさせてくれ」


「は、はい……」


 俺の言葉で、レイナは少しだけ安心する。


「それで、お父様は――お父様は助かるのでしょうか?」


「大丈夫だよ」


 少なくともJROでは助けるのに遅れた結果悪魔に生命力を吸われすぎて衰弱死なんてシナリオは聞いたことがない。

 現実準拠となったこの世界だと起こる可能性もあるけど、デザイアのポーションだって飲ませた。あのポーションは例え死んでいても死にたてほやほやなら生き返ると婆さんからお墨付きをもらった逸品なのだ。


 思わず店にあるだけ買ってしまった。


「ん、むぅ……」


 そんなことを考えてると、アルジオがうめき声を上げる。更にそれから暫くしてアルジオは上体を起こした。

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