悪魔憑きを治す薬
「これが約束の薬だよ。それと魔界樹の葉っぱ、最近は足腰が弱くなって自分じゃ採りに行けなくなってたから本当に助かったよ」
素材を全て回収した翌日、黒い丸薬が5つ入った小瓶を俺に手渡しながら老婆がそう言う。
「……この丸薬を一つ飲ませれば悪魔憑きが解除されるってことですよね?」
「ああ、そうさね。とは言え悪魔に憑りつかれた人間に薬を素直に飲ませるのは至難の業。失敗した時用の予備まで用意しておいたのさ。いっひっひ」
「いえ、こちらこそ本当に助かります。ありがとうございます」
魔女のような邪悪な笑い声も、こうして作られた丸薬を渡された後だと特に何とも思わない。それよりも――昨日いきなり逃げたと思ったら急にしおらしくなって、何も言わずただ俺の服の袖を掴んで俯いているリズ先生の方が気になるくらいだ。
「代金は貰ったんだから例は要らないさ。いっひっひ。それにしてもあの生意気なお嬢ちゃんが。一体今回の採集で何があったのかねぇ?」
老婆が煽るようなことを言ってもリズ先生に反応はない。
俺がもう一度老婆に頭を下げて薬屋を出ると相変わらず俺の服の袖を掴んだままとぼとぼと着いてくる。あのリズ先生が何だか迷子の子供みたいだった。
「リズ先生、帰るので『テレポート』お願いできますか? ハーメニア王国まで」
「…………」
「リズ先生? リズ先生?」
返事がないのでリズ先生の肩を揺らし、もっと顔を近づけて
「『テレポート』お願いします」
「わ、解ってるのですよぉ! 『テレポート』」
リズ先生は何故か顔を真っ赤にしながら、少しだけ瞳を潤ませて、俺から極限まで顔を背けながらそう言った。……本当に何があったんだろう。
俺は好戦的で研究馬鹿なリズ先生しか知らないので、なんか少し戸惑う。……けどなんか凄く可愛いな、今のリズ先生。
そんなことを考えていると身体が浮遊感に包まれる。俺たちはハーメニア王国に転移した。
◇
「ぼ、ボクは色々確かめたいことがあるから研究室に戻るのですよぉ。……お父さんと妹さん治すの、頑張ってくださぁい」
ハーメニア王国に転移するや否や、リズ先生はそう言い残してそそくさと再び転移して恐らく自分の研究室に行ってしまった。
本当はアルジオの所にも着いてきてくれたら心強かったのだけど、まぁリズ先生は忙しいだろうし、そうでなくとも先ほどから様子が少し変だった。
……リズ先生も悪魔憑きとかだったら正直今の俺でもどうにもならないので世界が終わるけど、そう言うわけではなさそうだ。そもそもリズ先生なら憑きに来た悪魔程度返り討ちにできそうだし。
とりあえず俺はレイナの所へ向かった。
レイナは英雄学園の図書室で本を読んでいた。
レイナの所へ向かい始めた当初はレイナに待ち合わせ場所を指定してなかったことを後悔したが、冷静に考えて王女であるレイナがいつ帰るか解らない俺を比較的いつでも待っていられる場所を考えたら自ずと答えは絞られた。
……あともう少しで王城に侵入するところだった。
「レイナ!」
「ハイト! ……無事だったんですね?」
三日ぶりにレイナと再会し顔を合わせるや否や、レイナはぱぁっと顔を綻ばせて、俺に抱き着いてくる。なんか四か月前よりも更に成長著しい胸部が俺の胸板でムニュッと押しつぶされた。
俺は少し恥ずかしくなりながら、そっとレイナの肩を振れるように抱いた。
「ただいま。無事に悪魔憑きを治す薬は手に入れて来たよ」
「っ! 流石ハイトです! では早速デュークハルト侯爵家に向かいますか?」
俺は少し考える。昨日一昨日はハードだったが、あの老婆のポーションを飲んでからデザイアの宿でぐっすり寝たし、時刻は朝。
魔界から帰ったばかりと言う事で精神的な疲労は多少残っているけど、それを考えてもアルジオやアイリーンの悪魔憑きを治すのは早い方が良い。
「うん。じゃあ早速向かおうか。よし、ファフニール行くぞ!」
…………。
返事がない。小型化して俺の周りをいつもウロチョロ飛んでいるはずのファフニールが見当たらない。……と、そこで思い出した。
あ、そう言えばファフニール魔界の入り口でお留守番させたままだ。
リズ先生のテレポートで帰ってきたからすっかり忘れていた。
はぁ……。レイナの前であんまりこれはやりたくないけど仕方ないか。
「ㇾリリロリロレリファフニールヨーデル!!」
正直魔界の入り口はハーメニア王国とは別の大陸にあるから声が届いているかは不明だけど、まあその時は後日レイナの雷龍に乗るなりリズ先生のテレポートに頼るなりして迎えに行けば良いだろう。
「……レイナ。ファフニールいないから雷龍の背中に乗せて貰えない?」
「ええ、それは勿論構いませんが。どうされたんですか?」
「魔界の入り口に忘れて来た」
「ええ……」
まぁ基本放し飼いしているファフニールだし、一応真龍だし。魔界の入り口周辺の魔物と強さは互角だけど、まぁ飛んで逃げられるだろうし。
そのうち帰って来るだろう。
そんなこんなでレイナが呼び出した雷龍に乗ってデュークハルト侯爵家に向かう。
万が一雷龍から落ちたら危ないので、俺はレイナに後ろから抱き着いていた。
振り落とされたら危険だからね。雷龍の背中は広く飛行も安定しているし、そもそも俺のステータスだとどんな1万メートルくらいの高さから落ちた程度じゃ死にはしないだろうけど、とは言え落ちたらよくない。
俺は本当は背後からレイナの胸を揉みしだきたい衝動を我慢しながら、細くて引き締まっているのに柔らかいレイナのお腹の感触を堪能する。
ついでに後ろに居るのでさらさらの金髪の臭いも嗅いでみる。良い匂いがする。
「は、ハイト。さ、流石に臭いを嗅がれるのは恥ずかしいんですけど」
「良い匂いだからつい、ね」
「……い、今はハイトのお父様と妹さんを助けるのが先決です。その、そう言う事は終わった後にしましょう?」
……確かに。常に命の危険が付きまとう魔界に行ってちょっと性欲が昂りすぎて、思わずレイナにセクハラしてしまったけど、今はアルジオとアイリーンを助けに行っている最中なのだ。
ここでいちゃついてもレイナの気分も乗り切らないだろうし、それにエッチなことは全てが終わってからゆっくりじっとりがっつりした方が楽しいに決まってる。
「そうだね。……でも三日ぶりだから、もうちょっと抱き着いてても良いかな?」
「……ま、まぁ。万が一ハイトが落ちたら危ないですし、それくらいなら」
そんなこんなで数十分。レイナといちゃつく幸せな時間はあっという間に過ぎ、この世界で俺が生まれ育った故郷――デュークハルト侯爵領に辿り着く。
俺は懐に仕舞った丸薬を服の上からギュッと握りしめる。
二人を悪魔から解放する。
そうしたら多分、レイナとの結婚まで秒読みだ――
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