グラトニーグリズリー

「リズ先生!」


 今度の餌はリズ先生だとばかりに腕を振り下すグラトニーグリズリーから、リズ先生を庇うように咄嗟に前に出た俺。

 しかしグラトニーグリズリーの攻撃力は高く、おまけに防御貫通。

 俺も封縛の茨を使った装備を着ているが、この魔物の前では紙切れ同然だし、正直俺にはグラトニーグリズリーの攻撃を受ける手段なんてなかった。


 俺は咄嗟にポケットの中に手を入れ、いつも持ち歩いている生命樹の種をグラトニーグリズリーに投げつける。


「『種付け』ッ!!」


 俺の魔法が発動すると同時にグリズリーの腕が俺に振り下ろされた。爪が俺の肉を引き裂く。封縛の茨の装備が紙切れのように切り裂かれていく。

 痛い。苦しい。どうして庇ってしまったんだ。そんな後悔が浮かびかけるけど、それでも俺はグッと歯を食い縛って痛みに耐えた。


 JROをやり込んだ俺の正確なダメージ計算によると、クリティカルでもマックス2万ダメージ、こんなに痛いけど最大HPの半分も削られていない。


「ハイトさん!!」


「大丈夫ですッ!」


 俺は痛みに耐えながらグリズリーになっている生命樹の木の実をもぎ取る。

 俺のHPとMPは最大値65535まで達し、これ以上は上がらないけど、生命樹の木の実には純粋にHPとMPを大きく回復させる効果もある。


 俺がそれを一度齧るとグリズリーに付けられた深い爪の傷が瞬く間に治って行く。

 しかし封縛の茨の装備は治らないので、俺の上半身は裸になってしまった。


 ……ここは瘴気溢れる魔界樹の麓。瘴気によって俺たち人間の体力回復は著しく阻害されるのに、逆に魔物たちの体力は回復しやすくなり、おまけにステータスも全体的にかなり強化されてしまう。

 生き胆の採集のためにグラトニーグリズリーは倒すつもりだったけど、それでもこんな不利なフィールドで戦うつもりはなかった。


 オルトロス三匹にグラトニーグリズリーって、魔界樹の葉っぱ採集の難易度じゃねえだろ! 運悪すぎないか?

 そう愚痴っていても状況は解決しない。俺は鎌と鍬を構えた。


 今のHPはさっきの生命樹の木の実の回復を合わせて5万ちょっと。

 もし『百姓一揆』を使えば、残り一万八千ほどしか残らず、クリティカル一発で俺は死んでしまう。だけどそれは持久戦を仕掛けて俺が3発貰っても同じこと。


 時間はどんどん経過していくし、夜になれば辺りも暗くなって視界が悪くなり――おまけに魔界の月の光によって魔物は更に強化される。時間は俺の味方じゃない。

 となると先手必勝!


「『百姓一揆』!!」


 生命力と魔力がグッと削られる。

 両方とも満タンじゃなかったから、今の俺の残りは3割。正直ここまで生命力と魔力がなくなったことはないので、不安がある。

 だけど死にたくないと言う俺の強い意志は、俺に力を与えてくれる。


「ガォォォオオオ」


 グラトニーグリズリーの腕が大振りに振り下ろされる。防御力貫通の高火力攻撃。でも『百姓一揆』によって加速している俺には止まって見える。

 躱すのも簡単だが、それは勿体ない。俺は振り下ろされてくる腕目掛けて鎌を振った。


「『草刈り』」


 俺に振り下ろされたグラトニーグリズリーの腕が吹き飛ぶ。


「……防御力貫通なのはお前だけじゃないんだよなぁ! 『草刈り』ッ! 『草刈り』ッ!『草刈り』ッッ!!」


 腕が吹き飛ばされ動揺を見せた隙を俺は見逃さない。その隙に俺は右足、左腕、左足を順番に切って行く。7mほどあった巨体は長い手足を切り落とされ、5mほどになってしまう。

 そして手足を切り落とされてしまった以上、グラトニーグリズリーに抵抗する手段は最早残されていなかった。


「トドメだ! 『草刈り』!」


 俺はグラトニーグリズリーの首を切り落としてから、死体の背中に上り鎌で切り裂いた。背中の中には1mはあるんじゃないかってくらい大きい赤色の臓器を見つける。これが恐らく肝臓。そしてこの黄色っぽいのが胆嚢か。

 俺はそれらを回収して袋に入れる。


 それと同時に力が抜けてグラトニーグリズリーの死体の上から落っこちてしまう。


「ハイトさん!」


 そんな俺の所へリズ先生が駆け寄ってきていた。いつもは「他人のことに興味はありません」と言わんばかりの半眼にされた空色の瞳が今日ばかりは涙で潤んでいた。


「……貴方は、貴方は本当に馬鹿なのです。このボクを庇って守ろうとして……その為に大怪我して戦うなんて、100年早いのですよぉ」


「大丈夫ですよ。俺は死にませんし。それに……怪我も治ってますから」


「いやそんなわけ……あれ? 本当ですねぇ。あの熊にばっさりやられてたと思うんですけどぉ……」


「生命樹の木の実効果です。グラトニーグリズリーに植え付けたんですよ。ほら死体に生っているでしょう? 食べます?」


「た、食べますけどぉ」


 リズ先生はなんか腑に落ちてないと言わんばかりの顔をしながら一体の兵隊を喚び出しとって来させた生命樹の木の実をもしゃもしゃと食べる。


「物凄く美味しいですけどぉ。……なんかぁ、これじゃあ本当にハイトさんよりボクのが弱いみたいじゃないですかぁ」


 薬屋の老婆に言われたことを気にしているのか不機嫌そうにそう言うけど、正直あの封縛の茨のロボットを見せられて俺はリズ先生の評価を上げていた。

 ……素材次第ではレベル関係なく強く成る。きっとグラトニーグリズリーだってふいにあれが破壊されてなければリズ先生でも倒せてたかもしれない。


 でも……


「俺はレベルをかなり上げましたからねぇ」


「そう言えば強く成ったとか言ってましたねぇ。以前聞いた時は83でしたけど、今は幾つまで上げたんですかぁ? もしかして90超えてますぅ?」


「144……多分今の戦闘で146くらいまで上がったんじゃないでしょうか?」


「ひゃ、百四十六!? ……しょ、職業は最大でも100までしか上がらないって言うのがこの世界の常識なんですけどぉ? 一応、これでもボク、職業やスキルに関してはハーメニア一の権威のつもりなんですけどねぇ?」


「そう言われましても『農民』にはレベル上限がないので」


「……そんな話聞いたことないですけどねぇ……」


 リズ先生はそうぶつぶつ言いながら俺に渡された冒険者証をマジマジと見る。


「……はぁ。どうやら本当のようですねぇ」


「偽造とか疑わないんですか?」


「あんまりボクを舐めないで欲しいのですよぉ。冒険者証の偽造くらい一目で見抜けるのですぅ。まぁ、今のハイトさんならこのボクさえも舐める気持ちは解りますけどぉ」


 と呆れたようにため息を吐いてから、リズ先生は「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ」と小さく呟く。それからキューッと音を立てて顔を真っ赤にしていった。


「どうしたんですか? リズ先生。顔、真っ赤ですよ」


「い、いえ、何でもないのですよぉ」


 リズ先生は真っ赤になった顔を手で隠し横を向く。耳や首まで真っ赤だった。


「あ、解った。レベル146の俺に自分の方が強いって言い続けてたのが恥ずかしくなったんですね!」


「ち、違うのですよぉ、馬鹿ぁ! もう素材が揃ったのでとっとと帰るのですよぉ。『テレポート』」


 リズ先生が唱えるとデザイアの入り口まで転移する。

 それからリズ先生は俺から逃げるようにそそくさと村の奥に行ってしまった。


 ま、まぁ。何はともあれクエスト完了したので、とりあえず薬屋に行くか!!

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