魔界樹の葉

 空よりも不吉で濃い紫色の葉っぱをいっぱいに付けた、雲まで貫きそうなほどの巨木……魔界樹。それはユニコーンの角を狩った紅蓮色の草原から更に北東へ40分ほど歩いた先に一本生えている。


 魔界樹は魔界に全部で三本生えているが、他二つは危険地帯――それこそ、今の俺やリズ先生がフル装備で立ち入っても軽く殺されかねない場所にある為、JROで魔界樹の葉を採集するクエストが来た時は大体個々のことだった。


 高さ30mは有りそうな巨木だけど、魔界樹の中では断トツで小さいらしい。


 それでも魔界樹の周辺の濃い瘴気が満ち溢れていた。


「うっ、ここ凄い瘴気ですねぇ」

「ええ。何でも魔界の『瘴気』ってこの魔界樹が発しているものだって話もありますしね」

「へぇ」


 JROの設定資料集に書いてあったので、恐らく事実だろう。


「とりあえずさっさと葉っぱを回収したいところですがぁ、この高さだとボクの兵隊に採りに行かせた方が安全かもですねぇ」


「そうですね。お願いします」


 ここにファフニールが居れば空飛べるし出番なんだけど、奴は魔界での戦いに着いてこれないと判断して魔界の入り口前に置いてきた。

 魔界に入る前に首をブンブン降りながら「わ、我の鋭い感がここに入るなと言っておる。なぁ主殿、やはり引き返さぬか?」とか涙目で言ってたので、多分しっかりとお留守番している事だろう。


 そんなこんなで俺がお願いすると、ブリキのような兵隊が老婆に渡された籠を背負ってから脚をプロペラのようにものすごい速度で回し空を飛んでいく。


「え、あの、空飛ぶんですか?」


「そうですよぉ? と言っても飛び道具や魔法を躱せるほどの性能はないので戦闘ではあんまり使えないですけどぉ、やっぱり空はロマンですからねぇ」


「確かに」


 JROでは陸上のみでの行動しかしていなかったけど、やっぱりリズ先生、空を飛べるようにしようとはしていたのか。

 空を飛ぶブリキの兵隊が世界樹の葉っぱをどんどん籠に摘んでいく。


「……速いですね。このペースだと魔物との戦闘が避けられるかもしれません」


「それはボクとしては残念ですねぇ。結局ハイトさんが全部持って行っちゃうのでぇボクあんまり戦えてないですしぃ」


「……ま、魔界樹の葉を集めてる時瘴気が濃くなって魔物が集まってくるんですけどリズ先生を頼らせてもらっても良いですか? ……ポーション飲んだとは言えさっき使った『百姓一揆』で消耗も激しいですし」


「! 勿論良いのですよぉ。本当はハイトさんよりボクの方が強いってこと、思い知らせてあげるのですよぉ!」


 リズ先生は露骨にテンションを上げる。

 まぁ魔界樹の葉の採集で集まってくる魔物は魔界でも比較的雑魚ばかりだし。

 リズ先生の今のレベルが90後半から100として、まぁ魔界の魔物相手でもオルトロスとかさえ来なければ兵隊たちだけで勝てるだろう。


 そんなこんなで10分。

 ブリキの兵隊がそろそろ魔界樹の葉っぱを籠いっぱいに詰め終わりそうになる頃にその存在は現れた。


 二つの頭は紫、緑と別々の光を纏っていて。一つの胴体に二つの頭がくっついた、グロテスクで現実離れした生き物――『オルトロス』

 それが3匹も。JROにおいて魔界樹の葉っぱを採集している時に現れるのは基本的に雑魚ばかり。それを一掃しながら採集を成功させるタイプのクエストだったはずなのに、出てくる敵があまりに強い。


 オルトロス――討伐推奨レベル180。

 それが三匹同時に。


「やっと現れましたねぇ。これはボクの獲物なので手出し無用ですよお」


「い、いや、ちょ、ちょっと……」


「一気に叩き潰すのですぅ!」


 俺の制止も聞かずにリズ先生は50体のブリキのような兵隊を喚び出す。それらが命も惜しまずにオルトロスに特攻していった。


「「ガルル、グワフッ!!」」


 中央のオルトロスが威嚇するように吠えてから、緑と紫色の混ざった火焔を口から吐き出す。ブリキのような兵隊があっという間に焼けていくけど……


「ボクの兵隊たちに火は効かないのですよぉ!」


 ブリキの兵隊たちはそれを意に返さずオルトロスに突っ込んでいく。


「ギャフンッ!」

「ギャウンッ!」

「ギャンッ!」


 ブリキの兵隊たちの攻撃が効いているのかオルトロスは鳴き声を上げた。それと同時にガッシャンガラララッと何かが崩れたような音が響く。

 土煙が晴れると、オルトロス三匹の内一匹の緑色の頭が黒く枯れたミイラのようになっているだけで、対するリズ先生のブリキの兵隊たちは割れた陶器のようなゴミクズと化してしまっていた。


「ああっ、ボクの兵隊たちがぁっ! くぅぅっ、もう許しませんよぉ。本当はこんな所で出すつもりはなかったんですけどぉ、ボクのとっておきの隠し玉ですぅ!」


 そう言ってリズ先生が喚び出したのは5mはあろうと言わんばかりの巨大な、紫色の棘々の走行がついた巨大な兵隊――いや、ロボットだった。


「あの『封縛の茨』って植物、物凄く頑丈で全力のボクでも壊せないんですよぉ。だからボクの兵隊に改造しちゃいましたぁ」


 ……! JROでも存在しなかったリズ先生の奥の手に俺は驚く。

 そうか。俺の行動一つによって未来が変わることもあるのか。


 そんなことを想っているとガシガシと封縛の茨のロボットがオルトロスたちに近寄って行く。


「ガルルルッ!」

「グワフッ!」

「ワオフッ!」


 一匹のオルトロスが火焔を吐き、残り二匹が牙や爪で攻撃する。先ほど火焔が効果なかったから学習して物理攻撃を使っているのだ。

 しかしリズ先生の全力で壊せない封縛の茨のロボット。

 リズ先生はJROの他の強キャラの例にもれずかなりの火力バカ。


 はっきり言って最大火力だけならオルトロスより高いはずだ。


 オルトロスの攻撃でもリズ先生のロボットは傷つくことはなく、逆に噛みついてきたオルトロスをリズ先生のロボットが握りつぶし、もう一匹のオルトロスの首を掴んでそのまま頭を捻りつぶす。そして最後に炎を吐いているオルトロスを踏み潰した。


 正に蹂躙。その圧倒的なサイズと重量、そして耐久によって明らかにリズ先生よりも格上であるオルトロスを三匹も瞬く間に倒してしまった。

 ……なるほど。レベル的に俺はリズ先生より強いと思っていたけど、どうやら戦ってみたいことにはどちらが強いかはっきりしないらしい。


 そう思っていた時、凡そ7mに及ぶ巨大な獣がその大きな腕でオルトロスを倒したリズ先生のロボットを掴み上げ、そのままそのロボットの頭をバリボリと音を立てて食らってしまう。


「ぐ、グラトニーグリズリー」


 討伐推奨レベル200。何と言ってもその特徴は圧倒的な攻撃力と、防御力貫通と言う種族スキルからとんでもないダメージを叩き出してくる火力お化け。

 如何に堅い封縛の茨でも、防御力を貫通されてしまったらどうしようもない。


「あぁっ、ぼ、ボクの、ボクの最強の兵隊さんがぁ……」


 リズ先生が悲痛な声を挙げて膝を着く。

 バリボリとあっという間にリズ先生の最強の兵隊さんを食べ終えたグリズリーは今度の餌はリズ先生だとばかりに腕を振り下す。


「リズ先生!」


 俺はそんなリズ先生を庇うように、咄嗟に前に出た。

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