ダークユニコーンの角

 魔界の村デザイアから北西へ一時間。紅蓮色のまるでカッターナイフがどこまでも広がる剣山のように生えている草原。まともな防具も付けずに走れば脚が血まみれになり、瞬く間にこの草原の養分となる場所にダークユニコーンは生息している。


 JROにおいてダークユニコーンの角を得るには三つの難点があった。


 まず一つがこの地形。このカッターナイフのような切れ味の草が生い茂っているせいで歩くだけでダメージを食らってしまう。そうでなくともここは魔界の安全地帯から離れているせいで瘴気が濃い。

 故に常に回復魔法を使っていないと死ぬような場所を歩き続けなければ、そもそもダークユニコーンとエンカウントできないのだ。


 次に厄介なのが、ダークユニコーンの出現率。


 ただでさえ歩くだけで定数ダメージを負うクソみたいな場所にしか出現しないくせに、ダークユニコーンの出現率は驚異の5%となっている。

 JROはシンボルエネミー性じゃないせいで、一度戦闘になってみないとダークユニコーンがいるかどうか解らないし、そのせいでただでさえ強力な魔物と、HPの管理が難しい状態で連戦しないといけなくなる。


 そして最後に厄介なのが、いざ、そのレアなダークユニコーンとエンカウントしても100%角をドロップするわけではないと言う事である。

 と言うかダークユニコーンの角はレアドロップなので、落とす確率は更に5%。


 5%の5%は0.25%。400分の1の確立になる。


 つまりこれを遂行するのに途轍もない時間が掛かるのだ。

 運が良ければ100匹目くらいで出て来て、リアル時間で半日作業で終わるけど、沼れば1000匹倒しても出ないしリアル時間で一週間以上かかってしまう。

 思い返すだけでかなりクソなクエストだ。


 だが現実となったこの世界では違う。


 この切れ味の鋭い歩くだけで切れる葉っぱの上を馬鹿正直に定数ダメージを食らって歩くわけもなく、俺たちの目の前をブリキの兵隊たちが何体も先に歩いて、俺たちは踏み鳴らされた切れ味のない場所を歩いているし……


「ハイトさん、少し先に鳥型の魔物が居ますので避けて行きましょぉ~」


 ティンダロスのようにどこからともなく現れてこない、目視可能な魔物であれば戦闘は回避できるし、それに角が必ず生えているからユニコーンなわけで、つまり一匹倒せば依頼達成なのである。

 シンボルエンカウントの関係ない敵を回避しながら100%手に入る素材を、特に何の定数ダメージもない土地で採取するクエストなんてヌルゲーだ。


 そんなこんなしていると、かなり遠くに一本の角が生えた真っ黒い馬を見つけた。



「……あれがダークユニコーン。お伽噺のようにやはり処女でなければ乗れないとかあるんでしょうかぁ?」


「リズ先生は処女じゃないんですかぁ?」


「…………この歳にもなって未だ処女ですけど悪いですかぁ? セクハラ小僧」


 リズ先生が不機嫌そうにジト目を向けてくる。

 まあJRO世界の主要な美少女キャラは基本的に処女の設定になっているし、予想はしていたけど――現実準拠となったこの世界ならリズ先生ほどの美人、誰かに手を出されていても……と思って考え直す。

 そう言えばリズ先生の好みの異性のタイプって、自分より強い人……。


 ああうん、いるわけねえわ。

 レベルが上がりきる前の若かりしリズ先生を想像しても、勝てるのは精々騎士団長とかそのクラス。あのクラスの人たちだと年齢も40も超えていて、既婚者だ。

 地上世界に、リズ先生の恋人に丁度いい人なんていなかったのだろう。


「べ、別に悪いことはないと思いますよ。リズ先生若いですし、綺麗ですし」


「……褒めても何も出ないのですよぉ」


 リズ先生は露骨に照れて頬を赤く染める。……可愛いな、この人。


「それはそうとして、どうやって倒すつもりですかぁ? なんか逃げそうですしぃ、ボクが囮になってあげても良いのですよぉ?」


「いや、ユニコーンでも所詮は馬ですし……」


 そもそもダークユニコーンはユニコーンと違って処女を激しく嫌う性質があったはずだ。リズ先生が処女なら近づいただけでそれこそ逃げられるだろう。

 とは言え、ややこしいことになりそうなので馬鹿正直に言ったりしない。


「それにリズ先生を囮になんて出来ませんよ。大丈夫です。俺、こう言うの得意ですから」


 俺はリズ先生のブリキの兵隊を足場にしてそのまま高く跳躍する。

 向かうはダークユニコーンがもしゃもしゃと赤い刃物のような草を暢気に食べている場所。上空から猛スピードで迫る俺にダークユニコーンは気づいた。

 ダークユニコーンの皮膚は非常に堅いのか、剣山のような草原を走っても傷一つ付いている様子はない。


 ……しょうがないか。


「『百姓一揆』ッ!!」


 俺の素のステータスじゃダークユニコーンを捉えきれない可能性があったので、防御力貫通、かつその他諸々のステータスが上昇する『百姓一揆』を発動する。

 ここで生命力と魔力を半分消費するのはちょっと痛いけど、それも想定して、さっきの老婆の薬屋で質の良いポーションを買い込んできているから問題はない。


 そして俺はそのまま手に持っている鎌を投げた!


 鎌はクルクルと回転しながらブーメランのように放物線の軌道を描いて、そのまま丁度刃が振り下ろされるタイミングでダークユニコーンの首に直撃した。

『百姓一揆』の防御力貫通の効果によって、ダークユニコーンの皮を難なく切り裂きダークユニコーンの首がボトリと落ちる。


「……『耕耘』」


 そして俺は地面に着地する前に俺が落下する剣山のような草原に鍬を投げて突き刺した。剣山の草原が俺が着地するところだけふかふかの畑の土になった。


「『耕耘』『耕耘』『耕耘』『耕耘』」


 ザクザクと『耕耘』によって草原を柔らかい土に変えながら首を落とされたダークユニコーンの死体が転がっている方へ向かった。


 辿り着くと切断部分からドバドバと溢れる血は決して溜まることはなく、剣山のような草にどんどん吸われているのが解った。……この植物は通った生き物の血を養分するために、こんな鋭い葉(刃)を持っているのだろう。


「『草刈り』」


 俺はダークユニコーンの死体と一緒に落ちてた鎌を回収してから、ダークユニコーンの角を切断する。そうこうしている間にリズ先生が俺の元へやってくる。


「お見事なのですよぉ。確かにああすれば逃げられずに仕留められますねぇ。決してクレバーとは言えない方法だけどボクは嫌いじゃないのですぅ」


「……遠回しに馬鹿にされてます?」


「そんなことないのですよぉ。それとぉ、そのダークユニコーンの死体、角以外はボクにくれませんかぁ?」


「まあ良いですよ」


 皮も頑丈だけど封縛の茨ほどじゃないだろうし。どうせ俺じゃ持ち運べないのでその辺に捨ててこの葉っぱの養分にしてもらうところだったんだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて……『転送』」


 リズ先生が唱えるとダークユニコーンの死体が消える。……恐らくハーメニア王国にあるリズ先生の研究室かどこかに送ったのだろう。

 ……腐らないのかな? ちゃんと冷蔵庫の中に転送したのかな?


 ま、まあ良いや。


「それで、次はどっちに行くのですかぁ?」


「次は魔界樹の葉を回収しに行きましょう」


 肝は痛むからね。保存がきく草の方から先に回収する方が良い。

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