リズ先生と水浴び

 不吉な紫色の空と、毒々しい瘴気が広がる魔界。

 枯れ果てた森の中には、まるで地獄のような『魔界』にあるとは思えないほどに済んだ綺麗な湖畔がある。


 それはJRO的に言えば高難易度の『魔界』の散策を快適にする回復ポイントであり安全地帯。現実で言えば魔界のオアシス。

 そんな魔界離れした湖畔のほとりで、一人の乙女が水浴びをするために衣服を脱いでいる様子を俺はジッと見ていた。


 予め言うが、これは覗きではない。

 安全地帯とは言えここはとっても危険な『魔界』だ。無防備になる水浴びの最中に敵が現れたら命の危険なので俺は万一の襲撃に備えて見張ってなければいけない。

 これは本人の了承済み――否。寧ろ、リズ先生の方から言い出したことである。


 しかし、この危険な魔界――強力な魔物とは極力戦わず隠れてやり過ごすと言うのが基本コンセプトとなっているので、水浴びをせず臭くなってしまってはそれもまた命の危険に繋がるのだから致し方ない。


 ……リズ先生が綺麗な湖畔のほとりで黒いローブを脱ぎ始める。深いフードとだぼだぼの生地によって普段はリズ先生の豊満なボディラインすらも隠してしまっているローブをしゅるりと脱ぐと、リズ先生は下着姿になる。


 着ていたのはいつもの可愛い動物がプリントされたそれではなく、灰色の何とも色気の足りないブラとショーツ。


 普段から引き籠っているからか肌は少し不健康なくらい真っ白で、運動もそんなにしていないのか太ってるとまではいかないまでも下着に肉が食い込むくらいにはむっちりしている。

 先ほどは必要な事だと言ってはいたものの、やはり俺の前で肌を晒すのが恥ずかしいのかほんのりと耳が赤くなっていた。


 正直、下着が地味な事を差し引いてもかなりエロかった。


「……ハイトさぁん? さっき言ったこと覚えてますよねぇ?」


「お、覚えてますよ!」


 いやらしい目で見たら殺す……とのことだったが、健全な青少年がリズ先生のその身体に一切の劣情も抱かないと言うのは些か無理難題が過ぎる。


「……とりあえず、後でビンタくらいはさせてくださいねぇ」


「……で、ですよねぇ」


 まぁ、ビンタ一発でこの光景が見られるのなら全然安いものだと思う。……それに、レベルが上がって物理防御も格段に高くなった今の俺なら、きっとリズ先生程のキャラのビンタを食らってもそんなに痛くないはず。


 ただ、ビンタされるならその分ちゃんと目に焼き付けておこうと真剣に目を開く。


 リズ先生は予め持って来ていたのか下着の上からバスタオルのような長くて大きな布切れを身体に巻き、それから灰色の下着を脱いで、ローブの中に隠すように畳んでから、湖に手を付けて何かを唱える。


「――へぇ。この湖畔、魔物とか本当にいないみたいですねぇ。『魔界』の魔物にとっては綺麗過ぎたりするのでしょうかぁ?」


 そんなことを真剣な表情でぶつぶつ唱えながら、湖畔に入って行く。

 湖畔は意外に深いのかリズ先生の腰ほどまでの深さがあるらしく、リズ先生は肩まで浸かって水浴びを始める。

 水の中では流石にバスタオルを取っているみたいだけど、水の中に居るせいでリズ先生の裸体が全然見られなかった。


 別にこれはあくまで『魔界』での生存確率を上げる為に必要な衛生行為であって、決していやらしい意図があるわけじゃないけど、これでビンタは高くね? って思った。


 そんなこんなでリズ先生が湖畔でバシャバシャ水遊びをしている様を眺めること十数分。十分に汗を流せたのか、リズ先生は水浴びを切り上げ湖畔から出てくる。

 当然のようにバスタオルのような長い布を巻いて。


 ところで、バスタオルのような長い布は白く、そして湖畔の中に持ち込んでいたから当然びしょ濡れである。多分に水を吸い込んだタオルはぴっちりとリズ先生の豊満なボティに貼りつき、白いせいで何ならちょっと透けていた。

 ほんのりとピンク色のが見えたような気がしたが、リズ先生は気づいていないのかローブを畳んだ中から乾いたバスタオルのような布を取り出し、そのまま身体に巻き変えてそそくさと着替えていく。


 ……何と言うか凄く眼福だった。


 いつもの黒いローブに着替え終えたリズ先生がスタスタと俺の所に歩いて来て、手を振りかぶり俺の頬をビンタして来た。

 ぺチンと音を立てて食らったその平手打ちは想像の5倍は痛くなく、正直、さっきの透けたバスタオルのことを考えれば全然お釣りがくるレベルだった。


「……いやらしい目で見たことはこれで許してあげるのですよぉ。それと今度はボクが見張っておくのでぇ、セクハラ小僧も入ってきてくださぁい」


「そ、そのすみません」


 俺はこの気まずさから逃れる為にそそくさと服を脱いで水浴びをしてしまおうと思ってふと気づく。……あれ? 今、俺脱いだらヤバくね?

 いや、別に今世はかなり鍛えているし、名門デュークハルト家の子供と言うだけあってルックスも前世よりは格段に良いので女性の前であっても裸になること自体はさして抵抗はないのだけど……しかし、今はちょっと脱げない感じだった。


 ……いや、だってね? さっきまでリズ先生の水浴びを見ていた訳でしてね?


「……脱がないのですかぁ? もう遅いですし、ボクはハイトさんと違ってあなたの裸に欲情したりしないのでぇ、とっとと済ませて貰えませんかぁ?」


「い、いや、そうは言われてもですね?」


 どうしてなんだろうね? こういう修めないといけない時に全然シュンとしてくれないのは。それはさながら、尿意が限界であればあるほど中々出せる状態になってくれない朝のような。


 そんな感じのピンチに今陥っていた。


 ……いや、後ろを向けばバレないか? このまま収まるのを待っていてもリズ先生は不機嫌になるだろうし、仕方がないので俺はリズ先生に背中を向けて服を脱ぐことにする。


 服を脱ぎ全裸になった俺は湖畔に足をつける。思ったより冷たくなくて、でも疲れた身体に染みわたる程よい冷たさだった。

 湖畔の水の想像以上の心地よさに油断した俺はリズ先生の位置を一瞬だけ忘れる。


 ……斜め方向で、リズ先生と目が合った。


 リズ先生は少し顔を赤くしていて……その視線は未だ臨戦態勢となっている俺の下半身に注目していた。


 …………。


 俺は無言でバシャバシャと汗を流し、上がって身体を拭いて服を着る。

 戻った俺にリズ先生は特に何も言わなかった。それから良い感じに敵が居なさそうな寝床を探してそこに座る。


 そしてそれから、リズ先生はジトッとした目で俺にこう言った。


「……これからボクとハイトさんで交互に起きて見張りながら寝るのですがぁ、ボクが寝てる時に、手を出して来たら、本当の本当に殺しますよぉ?」


「そ、それは勿論。一応俺には婚約者もいますし」


「解っているなら良いのですよぉ。……尤も、ボクを倒せるくらい強くなったら、手を出してきても怒らないのですよぉ」


 そんな日は永遠に来ないと言わんばかりの表情でそう言ってリズ先生は横になり、すやすやと眠り始める。

 ……なんかそう言われると、否が応にでも手を出したくなるが今は我慢する。


 初めてはレイナとって決めているし。どっちが本当に強いか決めるのは、それこそ『魔界』を出た後にじっくりとすればいいのだから――

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