『魔界』散策と安全地帯

 四匹のティンダロスを始末し終えると同時に、全身を物凄い虚脱感と疲労が襲った。『百姓一揆』はその強力な効果の代償としてシステム的には生命力と魔力を半分消費するが、現実的には虚脱感と疲労が物凄い。


 瘴気のせいで体力の回復が遅い『魔界』で早々に奥の手を使いたくはなかったけど、油断して怪我でもしたら半分程度の消費じゃ済まなかったかもしれない。

 爪からティンダロスが出てくるなんて幸先が悪いけど、言っても仕方ない。


「ねぇハイトさぁん。今の何ですかぁ? めっちゃ凄い動きでしたけどぉ、何かのスキルですよねぇ? ボク、知らないんですけどぉ?」


 魔法で出したブリキの兵隊たちを仕舞い終えたリズ先生が、俺の所に駆け寄って来ながらそんなことを聞いてくる。


「リズ先生にスキルを見せた時は使えなかったんですよ。この二週間で成長したんです」


「へぇ。そうですかぁ。『魔界』にいる間は深く詮索はしないって言ったので、そう言う事にしておきますけどぉ」


 リズ先生は目を細めながら少し不満そうに言ってくる。ほ、本当なんだけどなぁ。


「まぁでもハイトさん、中々に格好良かったですよぉ。このボクを魔物の攻撃から守ってくれる人なんて初めてですしぃ。もしこれでボクより強かったら好きになっていたかもしれませんねぇ?」


 リズ先生は揶揄うようにそう言ってくる。

 好戦的で負けず嫌いなリズ先生の事だ。きっと俺が全てのティンダロスを倒しちゃったから「本当はボクでも倒せたんですよぉ」と言いたいだろうなってことは解るんだけど、この言い回しを、リズ先生くらいの美人にされてしまうと否が応にも顔が赤くなってしまう。


「あれれ? 何を照れているんですかぁ?」


「て、照れてませんよ。それに、この二週間でかなり強くなったので今やったらどっちが強いか解らないですからね?」


「へぇ、言いますねぇ。だったら帰ったら是非とも模擬戦してくださいよぉ。前回はなんだかんだでボクも本気出せてませんでしたしぃ」


 知っている。リズ先生の本気があんなものじゃないことは。

 だけど、それを考えた上でも今の俺はリズ先生にだって勝てる可能性が高い。リズ先生と正面から戦って勝つにはレベル150は欲しい。だが、俺のレベルは143……或いは、今のティンダロス討伐で144まで上がったかもしれない。


 魔界から帰ることには150超えてるだろうし、推奨レベルで戦って、JROを誰よりもやり込んだ俺が負けるはずがないのだ。


「まぁ、楽しみにしていてください」


 そんなこんなで、俺たちは魔界の散策を続ける。



 暫く森を歩いていると、少し遠くに頭が二つある真っ黒い山羊を見つける。


「リズ先生。ちょっと先に黒山羊が見えたので迂回して進みましょう」


「解りましたぁ。因みにぃどれくらい強いんですかぁ?」


「……さっきのティンダロス4匹より余裕で強いですよ」


 推奨レベルにすると200。魔界探索の鉄則は極力戦闘を避けながらこそこそと行動することにある。

 奥の手の『百姓一揆』はそう何回も使える者じゃないし、リズ先生の『テレポート』は魔界の入り口に転移してしまうので最終手段としては上々だけど、使えば振り出しに戻ってしまう。


 そんなこんなで俺とリズ先生は目を凝らしながら『魔界』を歩き続けて、ティンダロス戦以降一回の戦闘もすることなく半日間歩みを進め続けた。

 そんなこんなで、魔界の森の――比較的綺麗な湖畔に辿り着く。


「もう外は夜ですし、そろそろ疲れて来たので今日はここらへんで休みませんか?」


 夜だけど魔界の空は相変わらずの紫で、昼間とは違いとても明るい満月が空に昇っていた。湖畔は魔界の空を映しているせいで紫だけど、近づいて見ると透明感があってかなり綺麗だった。


 攻略難易度の高い『魔界』だが、それでも安全地帯と言うのはいくつもある。

 そこは瘴気が薄かったり、綺麗な泉があったりして、泊まると体力が回復したりするいわば魔界のオアシス的な場所である。


 この湖畔もJROだとその安全地帯の一つになる場所だったはずだ。

 ……JROみたいに画面右端に常にマップが映っているわけじゃないし、実際に歩きながらだったので少し自信はないけど。


「そうですねぇ。一日中歩いて汗かいちゃったのでぇ、水浴びしたいですぅ」


「そ、そうですか」


 ご飯は王都で買った保存食を食べたのでお腹は空いてないけど、確かに俺も汗をかいている。元日本人としてもお風呂に入りたい気持ちはあるけど……


「ここ『魔界』のど真ん中ですし。……まさか、そこの湖畔で水浴びするつもりですか?」


「『魔界』のど真ん中だからこそ、ですよぉ。正直『魔界』にはこのボクでも正面からの戦いは避けたい敵ばっかりですしぃ、基本的に隠れてやり過ごすことが多いのですからぁ、汗を流さず臭くなるのは命取りですよぉ」


「確かに……」


 JROにはそう言うシステムがなかったけど、現実となったこの世界だとそう言う事はある可能性が高い。


「じゃあ俺、ここで待ってるんで先に水浴びしてきてください」


 俺がそう言うとリズ先生が目を細めて、呆れたように言う。


「ここ『魔界』のど真ん中なのですよぉ? 水浴びしてる時に敵が襲ってきたらどうするんですかぁ? ハイトさんも当然一緒に来るんですよぉ?」


 た、確かに。

 JROだとこういう安全地帯に敵が来ることはなかったけど、現実の生き物は寧ろこういう水辺にこそ集まる。

 ただでさえ服を脱ぎ、水浴びしている無防備な時にティンダロスのような魔物に襲われたら、或いは助けを呼ぶ前に殺されてもおかしくない。


「だ、だけど……その、り、リズ先生は嫌じゃないんですか? 俺に見られるの」


「そりゃぁ、すぅっごく嫌に決まってるじゃないですかぁ。でもぉ、命が掛かった状況で裸みられて恥ずかしいとか考えるほどボクは馬鹿じゃないのですよぉ?」


「な、なるほど……」


 それは一理ある。うん。確かに水浴びして汗を流さないと魔物に気付かれるかもだし、見ないで別々に浴びている間に魔物に襲われたら危険だから見張らないわけにもいかない。故にこれは正当な行為であり、浮気じゃない。


 そう結論付けたとたん、俺のテンションが物凄く上がってきた。


 黒のローブ越しにも解るほどのリズ先生のたわわ。顔もかなり美人。

 リズ先生は物凄く強くて、怒らせると怖いけど、でもこの状況は本人の承諾が出ていて、何よりレイナへの裏切りにもならない大義名分もある。


 正直、リズ先生の裸を見れるものなら思う存分見たい――健全な男の子である俺としてはなんかもうすっごく素晴らしい状況だった。


「あ、でもぉ、いやらしい目で見てきたら殺しますよぉ?」


「そ、それは勿論……」


 無理に決まってるだろう。

 こんなたわわを目の前で見せられていやらしい目にならないのは男じゃない!



――――――――――――――――――



次回『リズ先生と水浴び』


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