『魔界』の村
俺とリズ先生で交互に見張りをしつつ、睡眠すること数時間。ここ『魔界』でもきっちりと朝は訪れているはずなのに相も変わらず空は不吉な紫色で、夜との違いはと言えば、多少の明るさと月の有無くらいのものだった。
朝になった『魔界』をリズ先生と歩く。
黒いローブに隠されたちょっとだらしないけど豊満でエッチな身体。暢気に俺の前を歩いているリズ先生を見ているとどうしても昨日の濡れ透けたぴっちりバスタオル姿がフラッシュバックしてしまう。
「……余計な事を考えると死ぬのですよぉ?」
俺の思考を何かのスキルで覗き見てるのか、リズ先生がジト目で俺に注意する。
……ここは危険な『魔界』だ。ティンダロスのように唐突に出現する魔物だっているし、ゲームと違って敵は待ってくれない。
「き、肝に銘じます」
「ところでぇ。昨日一日進んでみた感じでぇ、このペースだと目的地まであとどれくらい掛かりそうですかぁ?」
魔界の安全地帯は全部で8つあるが、あそこが湖畔の安全地帯なら目的地――アルジオとアイリーンの悪魔憑きを治すレアアイテムが入手出来る場所までもう少し。
今日も戦闘を極力避けてスムーズに行けるなら今日の昼頃に到着するはずだ。
……まぁ、到着した後の方が大変そうなんだけど。
「目的地自体は今日中に着くと思いますよ。ただ、目的が魔物が稀に落とすレアアイテムが必要なので入手するのに時間が掛かると思いますが……」
「……そう言えば昨日もそんなことを言ってましたけどぉ、正直ボクはぁ、その魔物が“稀に落とす”って意味がよく解らないのですよぉ。それは例えばアルビノみたいな特殊な個体からしか取れないって意味なのですかぁ?」
リズ先生は怪訝そうにそう言う。……いや、解らないも何もレアドロップ――と、そこまで反論しようとしてふと気づく。
そう言えばこの世界、魔物を殺せば基本的に死体が残る。
ティンダロスは虚空に消えてしまったが、アレはキャラ設定からして特殊な魔物だし、他の魔物は普通に消えない可能性が高い。
……実際JROでもティンダロスはドロップアイテムを残さないと言う特殊な仕様もあったわけだし。
となると……
「そっか。……いや。でしたら二週間と言いましたけど、もしかしたら明日までには帰れるかもしれません」
「??? どう言う事ですかぁ?」
目当ての部位が特殊な個体しか持ち得ないものでなければ、確実に手に入ると言うことを意味する。それはドラゴンを倒した時にゲームの時よりも多くの素材が手に入ったように、現実になったからこそ、そう言う事もあり得るのだ。
アルジオとアイリーンの悪魔憑きが、かなり衝撃的だったために、この世界が現実であると言う基本をすっかり忘れてしまっていた。
そうだ。この世界はJROだけど、ゲームじゃない。
「詳しいことは帰ったら話しますよ。それとかなり遠くに獣の影が見えるので、少し迂回して行きましょう」
「……絶体に聞かせてもらうのですよぉ?」
そんなこんなでリズ先生と歩くこと半日。
俺たちは目的地となる場所が見える位置に辿り着いた。
◇
『魔界』――それは地上世界の大陸よりは狭いがハーメニア王国よりはずっと広く、危険度はJRO世界で並ぶ場所のない、超高難易度のマップである。
そこには濃い瘴気が漂っていて、生命力や魔力の回復を阻害し、ただでさえ敵は強いのにプレイヤーは苦しい立ち回りを強いられる。
しかしそんな『魔界』にも、プレイヤーを救済する場所はいくつかある。
それは8つの安全地帯。そのうちの一つは『集落』の形を取っている。
魔界にただ一つ存在している村『デザイア』
JROだと、果敢に『魔界』に挑んだは良いものの敵は強く、帰りたくとも帰れなくなってしまった冒険者や、他の部族との抗争で負けたり迫害されてきた魔族たちが数百年だか数千年だか前に起こした――と言う設定がある。
要するに、人間と魔族とその混血が入り混じる魔界の村と言う事である。
そこには買える品の中ではJROで最も強い武器や防具を取り扱う店もあるし、魔界にしか存在しない、特殊な状態異常を治す薬を取り扱う薬屋も、当然他の街と同じように体力を回復できる宿屋などもある。
JROをやり込んだ者の中で、この村を拠点にしているプレイヤーも少なくなかった。
「へぇ。伝説の『魔界』に村が……。本当にハイトさんは魔界に来るのは初めてなんですよねぇ?」
「ええ、まぁ」
少なくとも転生してからは初めてだ。JROガチ勢だった頃はしょっちゅう来てたから自分家の庭くらいはマップを把握しているけど。
リズ先生は小走りで村に駆け寄って興味深そうに村の周りを観察し始めた。
「ええ……この村、凄く危険な『魔界』のど真ん中にあるのにぃ、村を守る結界とかぁ、そう言うのがないんですけど、ハイトさんは何か知ってますかぁ?」
「知りません」
「そうですかぁ。しかしぃ、ここもあの湖畔と同じくらい瘴気が薄いですねぇ。まぁ薄いから集落が出来たんでしょうけどぉ。魔界の魔物は瘴気が薄いところを嫌う性質でもあるのでしょうかぁ?」
リズ先生はぶつぶつと考察をし始めた。もし彼女がJROプレイヤーだったら、JROの裏設定とかをキャラの細かいセリフなどから見出す考察班とかになっていたに違いない。
「行きますよ」
「ええ、滅多に来れないのですからぁ、もうちょっと見せてくれても良いじゃないですかぁ」
「……そんな壁をみるより中の方が面白いと思いますけど」
「確かにぃ、それもそうですねぇ」
リズ先生は魔界の村の入口へとてとてと走って行く。
強くてあんなエロい身体をしているのに、その行動は無邪気な子供のようだった。
魔界の入り口に行くと赤い肌で角が一本生えた人の良さそうなお兄さんが出迎えてくれる。
「ようこそ魔界の村『デザイア』へ。……お二人は見た所人間のようですが、どちらから来られたのですか?」
「ハーメニア王国ってところからですぅ」
「同じく。……魔界の外の国です」
「……な、なるほど。『魔界』の外からいらしたのですね。魔界は魔物も強く、瘴気も濃いので大変だったんじゃないですか?」
「そうですねぇ。……ところでぇ、どうして魔界の外は魔物が強くなくて瘴気が濃くないって思ったんですかぁ? 外に出た経験がぁ?」
出迎えてくれたお兄さんに、リズ先生は遠慮なく質問をぶつける。いきなりの質問にお兄さんは少し困った顔をしながらも
「いえ、この村から出たことはありません。……その、外から来たご先祖様が残した書物にはそう書かれていたのですが、今の地上は魔界よりも危険な場所になってしまわれているのですか?」
「そんなことはないですよぉ。ただ、気になったから聞いただけですぅ」
「……すみませんね。この人、根っからの研究者なので好奇心が旺盛なんですよ。気を悪くしないでください」
リズ先生のちょっと失礼とも言える態度に人の良さそうなお兄さんも少しムッとしていたので、代わりに俺が謝っておく。
……この魔界の村。強敵跋扈する魔界のど真ん中にあるだけあって、最強育成したリズ先生や、今の俺よりも強い人はそれなりに居る。
……中には推奨レベル300の化け物とタメ張れるようなやつもいるのだ。
今回の目的はあくまで悪魔憑きを治すアイテムを回収するだけだし、事は荒立てないに越したことはない。
「! 研究者だったんですね! 道理で……。それで、貴方の方は……」
「学生です」
「なるほど。……それで、そんなお二人はなぜ遥々魔界のこんな村までやってこられたんですか?」
「それは――『悪魔憑き』になってしまった父と妹を治すためです」
俺がそう言うと赤い肌の男はカッと目を見開く。
重要なキャラが『悪魔憑き』になった状態で倒さずに魔界に行くと必ず発生するイベント。恐らくそれが、今始まろうとしていた――
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