メロッサ神殿跡地

 人生とは必ずしも思い通りにならないものである。


 如何に計画を立て、対策をしようとも、ちょっとしたイレギュラーによって全ての予定が狂ってしまうだなんてこと日常茶飯事だし、俺が多少のイレギュラーにも臨機応変に対応できる柔軟性を持ち合わせていたなら、きっと前世の俺は就活に失敗しなかったし、JROにハマることもこの世界に来ることもなかった。


 結果的にこの世界にこれたことは俺にとってこの上ない幸せだったし、そう言う意味では前世の人生が上手くいかなかったことを含めても、後悔とかは特にないが。

 つまり、俺が言いたいのは世の中には誤算が付き物と言う事である。


「あー」


 昨日。昼以降。本当は俺自身のレベリングするはずだったのに、次の日の朝になってしまった空を見る俺はどことない充足感と虚無感が同時に襲ってくる。

 ……あんなもの渡されて、冒険なんて行けるわけないだろ。


 綺麗に洗って室内に干してあるラグナの下着を眺めながら、跳ね起きる。


 まぁ……予想外のことにタイムロスはあったけど、正直、そんなに悪い気分じゃなかった。スッキリとして晴れやかな気持ちだった。

 それに幸い、今日は英雄学園は休みである。


 英雄学園の登校日は週3日。それ以外は基本、毎週課題を熟すための時間として自由にして良いのだ。

 俺は宿を出て、『ヨーデル』を歌いながら街の外に出た。



 街の外に出ると白く輝く大きな翼を持つ、巨大な始祖鳥のような龍――ファフニールがふてぶてしい表情で待ち構えていた。


「なぁ、主殿。……街中であんな奇声を発して、奇異な目で見られぬのか?」


 よく見ればふてぶてしいのではなく、呆れたような表情をしていた。


「別に。……いつもドラゴンの死体を引きずり回して走っているんだ。今更『ヨーデル』を歌ったくらいじゃ誰も何とも思わないよ」


「あ、主殿。……我は主殿が少し心配になったぞ」


「余計なお世話だ」


「して、今日は何用で我を呼び出した? 昨日今日と立て続けに呼ぶくらいであれば我を側においても……」


「それは嫌だ。邪魔だし」


 ファフニールの身体はパッと見だけでも20m以上はありそうなくらい大きい。こんなのが常に街中に居たら邪魔で邪魔で仕方がないだろう。

 俺がそう言うとファフニールはしょんぼりと肩を落とした。


 慰めるのも面倒なので黙って背中に乗る。


「じゃあファフニール、メロッサ神殿跡地まで飛べるか?」


「メロッサ神殿跡地……とはなんだ?」


「ああ……この大陸の西の端っこにある山脈の麓にある遺跡だよ」


「それなら全速力で飛べば1時間くらいで行けるぞ」


「なるほど。じゃあお願い」


 俺が頼むとファフニールが翼を広げ、空へと飛び出した。

 体重がなくなったような感覚と共に高度が上がり、あっという間に先ほどまでいたハーメニア王都が小さくなってしまう。


 そこでふと『農民』に、バフ技みたいなものがあったことを思い出す。


「『手入れ』!」


 それは家畜や作物の病気やケガがないか判別したりするスキルで、ついでに使うとほんの少しけがや病気が良くなったりすると言う、効果が微妙な死にスキルだった。

 回復するとしてもほんのちょっとだし、その割に魔力も10使うし。

 正直JROでは使い道のないゴミスキルだったため、リズ先生にスキルを見せる時もすっかりと忘れていたけど、背中に乗っている間暇なのでファフニールに掛けてみる。


「おおっ、なんだこれは!? 主殿。ほんの少しだけ調子が良くなったような気がするぞ!」


「そう言うスキルだからね」


「なるほどっ! あ、主殿! 我は初めて主殿に優しくされた気がするぞ!!」


 ファフニールは感動したようにそう言う。

 いや、流石にそんなことは……と思って少し思い返してみたけど、そう言えば優しくしたこととかなかった気がする。


 ……まぁ。これからもしばらくは『テレポート』の使えない俺の貴重な高速移動手段となりそうだし、65535魔力がある俺的にいくら『手入れ』したって自然回復以上の消費にはならないし。


 それにスキルを使えば使うほど『職業』の熟練度が上がるのだ。

 熟練度が上がれば有用な『種付け』やよく使う『草刈り』の威力も上がるだろうし移動時間の暇つぶしには悪くない。


「『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』『手入れ』」


 効果は微量だがちりも積もれば山となるのか。或いは、ファフニールの目算が外れたのか、目的地には45分で到着した。


「素晴らしいな主殿! いつもより調子が良かったような気がしたぞ!」


「ま、そう言うスキルだからね」


 あれだけ重ね掛けしても、多分JROのシステム的には強化倍率1.01倍とかが精々だと思うけど、プラシーボ効果もあるだろうし、次回も移動時間が短縮できるならそれに越したことはないので適当に頷いていた。


「じゃ、半日後に戻るからファフニールはこの辺で適当に遊んでおいてよ」


 俺がそう言うとファフニールがショックを受けたような顔をする。


「えっ、我も一緒にそのメロッサ神殿とやらに行くんじゃないのか!?」


「いや、ファフニールじゃデカすぎて入れないだろ」


「……もしや主殿。主殿は我が小型化出来ぬと思い邪魔だの言っては我が側にいることを拒んだのか?」


「だってデカいのが近くにいると邪魔じゃん。……ってか小型化って何?」


「はぁ。そうか。主殿でも知らぬことがあるのか。では見せてやろう」


 ファフニールは不敵に笑ってから、その白く輝く始祖鳥のような肉体に罅が入ったような光を放つ。

 そして目を開けてられないほど光が強く輝き、気が付くとファフニールは約20cm……ちょっと大きな雀くらいの大きさになっていた。


「わっ、なにこれ。俺、知らないんだけど」


「小型化だ。ふふん。我ほどの上位龍にもなればこれくらいのことは出来るのだ」


「へぇ~。……ってかそんな小さくなって、帰りも俺も乗せて飛べるの?」


「愚問だな、主殿。小さくなれるなら大きくなれるに決まっておるだろう」


「なるほど。じゃあ、小さくなったファフニールって強いの? 戦えるの? ……元の大きいファフニールでもそんなに強くなかったけど」


「ぐぬぬ。……あ、主殿が異常なだけで、我は強い。それに大きくなろうが小さくなろうが、我の強さは変わらぬ!」


「そう」


 まぁ、家畜やテイムした魔物は戦闘に参加したとしても全部経験値が俺の方に入ってくるし、最悪役に立たなくてもまぁ、許容範囲か。


 ハーメニア王国と同じ大陸の西端にある、荒廃しきったボロボロの神殿。メロッサ神殿。攻略推奨レベルは70と地上世界の中ではかなり高い方で、そこには聖職者の慣れ果てのアンデッドや、悪魔族などが多く跋扈する。


 態々俺がレベリングの狩場をこんな遠くの場所に選んだのには理由がある。


 それはこの神殿に――地上世界で最も多くの経験値を持つ魔物がいるからだ。


 この世界に、ここより強い魔物が跋扈する場所なんていくらでもあるけど、それでも――このメロッサ神殿跡地以上に経験値効率の良い狩場はない。


「ファフニール。レベリングの時間だ」


「うむ」


 俺は心躍りながら、ボロボロの神殿に足を踏み入れた――

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