『農民』のスキル
「レリリロレリリロファフニールヨーデルッ!!」
某アンパンヒーローのようにパンパンに両頬を腫らした男が高低差のある歌声(人はそれを奇声と言う)を発すと言う地獄のような状況。
それをレイナとリズ先生がとても冷ややかな目でじっと見ている。
別に俺はMとかではないが、それでも綺麗な女性二人にこんな目で見られて、痛む頬を我慢しながらヨーデルを歌うと言うこの状況には何か目覚めそうだった。
何もかも『農民』の連絡手段がヨーデルしかないのが悪い。
って言うか早く来い、ファフニールッ!
ヨーデルを歌い続けること数分。ようやくファフニールが飛んでくる。
「主殿。呼び出してくれるのは喜ばしいし構わぬが、その奇怪な歌だけはどうにかならんのか? 森の魔物たちも顔を顰めていたぞ」
「ヨーデル以外で遠い場所にいるファフニールを呼び出せる手段がないんだよ」
「……そ、そうか。だったら我を常に側に置いておけば――」
「それは嫌だ」
ファフニール側に置くとなるとデカいし邪魔だし煩そうだし。
俺が即答するとファフニールはシュンとして見せた。特に何も思わなかった。
「……して、何用だ。ッというか何だ。それと、先ほどから気になっていたが、我の身体を不躾にぺたぺたと触りよる小娘はいったい誰なのだ?」
「リズ先生。俺より強いし、今ちょっと機嫌悪いから気を付けてね」
「!?」
ファフニールの身体がビクッと跳ねて、それから為すがままにされるのを黙って受け入れていた。
リズ先生はジト目で「誰のせいで不機嫌だと思いますかぁ?」と圧を掛けてくる。
ファフニールが「お主より強い相手なら怒らせるでないぞ」と小さく言って来た。
「それにしても……へぇ、ドラゴンですかぁ。ハイトさん、これも『農民』のスキルですかぁ?」
「はい。『家畜化』ですね」
「なるほどぉ……ん? 確か家畜化は牛や馬のような魔力のない動物にしか出来ないはずですしぃ、どうやってドラゴン――それも下級ではなく、真龍の抵抗をどうやって突破したんですか?」
「こう、耕耘のレンコン畑に埋めた後鍬でザクザクしてたら命乞いされたから、抵抗したら殺すって言って家畜化しました」
「それは中々に鬼畜ですねぇ。でもそれでも……いや、さっきの『種付け』の時も相当魔力を使ってるご様子でしたしぃ、一体ハイトさんの魔力はどれだけあるんですかぁ?」
「65535ですかね」
「……!! 魔導職のぼくよりちょっと多いじゃないですかぁ! むむむ。こんなセクハラ小僧の方が魔力が多いのは解せませんねぇ」
探ってくるように見てくるリズ先生と、何か物欲しそうな目で見てくるレイナ。
ステータスに差がつきすぎて何か思うところもあるのだろう。……俺は上限を突破する手段を見つけるまで生命樹の実を食べれないし、これからは、レイナと、後ラグナにももっと貢いでいくようにしよう。
二人の生命力と魔力が増えるのは色々と俺的にも都合が良いしな。
「それでぇ、他にはどんなスキルがあるんですかぁ?」
「後は『稲妻』と、種付けした植物の生長を促進する『生長』他は、農具を持ってる時に疲れなくなったりだとか、筋力が上がったりだとか言ったようなパッシヴスキルがいくつかあるって感じでしょうか?」
「……なるほどぉ。大体解りましたぁ。しかし、こうして実演されると『農民』って中々に器用な戦い方が出来ますねぇ。
草刈りを剣士のスラッシュのように使ったりしながらぁ、耕耘や種付けで妨害をしてぇ、稲妻で最低限の遠距離攻撃も出来るとぉ。おまけに――龍はやり過ぎにしてもぉ、魔物を『家畜化』して仲間に出来ちゃうんですからこれぇ、下手な戦闘職とかよりも戦いに向いてそうに思えてきますねぇ」
「俺は、最強の職業だと思ってますけどね」
「へぇ」
リズ先生が興味深そうに舌なめずりをする。
「今までぇ『農民』と言えば最弱の職業っていうのが通説でしたけどぉ、今ハイトさんが見せたことが恐らく全ての『農民』に出来かねないと言う事が知れ渡れば、この世界の職業事情に革命が起きますねぇ。尤も、職業至上主義を取っているこの国だと暴動が起きるかもしれないですけどぉ」
「……出来れば、今すぐに公表するのはやめて欲しいのですが」
「そんなことはしませんよぉ、一応ぼくも、この国の税金で研究させて貰ってる一研究者でしかありませんしぃ。別にぼくはこれに関してどうこうするつもりはないのでぇ、そんな怖い顔しないでくださいよぉ、王女様ぁ」
職業至上主義によって封建政治を成立させていたこの国の前提が崩れ、暴動が起こるようなことがあれば、きっとこのハーメニア王国は滅茶苦茶になる。
あの日――俺が実家を勘当され、何もかも失った時。或いはレイナが俺の所に来てくれなければそれでも良いと思っていたかもしれない。
だがこの国が混乱に陥れば、きっとレイナは哀しむし困ってしまう。
俺も『農民』としてドラゴンを退治しまくったり、S級冒険者になったり、大きなレイナの雷龍の騎龍にする手伝いをして伯爵位を貰ったり、色々とこの国の根幹を揺るがすようなことをやってきたからアレだけど……それでも、リズ先生に面白半分で引っ掻き回されるような真似をされると面白くない。
「あ、それとぉ。忘れないうちに今見せて貰ったハイトさんのスキル纏めたいのでぇあとは自習ってことでお願いしますぅ。ここは暫くぼくの貸し切りにしたので誰も入って来ませんし、残りの時間はお好きにしていただいて結構ですよぉ」
リズ先生は揶揄うようにそう言ってから去って行った。
リズ先生が去って行ったあと、レイナがポツリと呟く。
「……私、もっと強くなりたいです」
俺は敢えて何も言わず、レイナの正面に向き直ってその眼をジッと見た。
「昨日ハイトが気絶させられた後、私とラグナでシュバルツ先生に挑んだんですよ。それで手も足も出ず負けてしまって。その時に……私のせいで雷龍がその実力の殆どが出せていないって言われたんですよ」
「なるほど……」
まぁ少なくともレイナと雷龍が100%ポテンシャルを発揮したら、リズ先生相手でも負けると言う事はないだろう。
「それに、それ以上に――私、悔しいです。負けたことが。負けて、それで今日――今もずっとシュバルツ先生に内心苦手意識がある自分が、凄く悔しいです」
確かにレイナは今日、全然喋っていなかった。レイナは俺に初めて負けた時くらい凄く悔しそうな顔をしていた。
「『収穫』『収穫』『収穫』」
俺はレイナに対して特になにも言わず、さっきまでリズ先生を縛りあられもない姿にしていた『封縛の茨』を『収穫』によって手ごろなサイズに切り分けつつ、茨にいくつかなっている実も回収していく。
果実からは甘い匂いがするし、中の種を取り出して乾かせば『種付け』と合わせて拘束具にも使えるだろう。
尤も、一度見せたからリズ先生にはもう通用しないだろうけど。
リズ先生でも壊せないくらいに硬質化した封縛の茨を半分ほど回収し、残り半分はさっきした約束もあるのでリズ先生用に残しておく。それから――
「……俺もリズ先生に勝ちたい。だからとりあえず、これで装備を強化して防御力を強化しに行こう。俺とレイナと、あとラグナの分の。
それから魔物を倒して、鍛えて、一緒に強くなっていこう」
「……! はい!!」
俺は前世JROに人生を捧げて、死んだ男だ。
育成チャートは既に完成している。……近場のドラゴンを討伐しても、成長が頭打ちになってきた頃だし、リズ先生が来て良い感じの区切りにもなった。
そろそろ次の段階に進んでも良い頃だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます