リズ先生に種付け
「――約二名ほどぉ? 面白そうな人が居たのでぇ、ぼくの研究のためにぃ、一部生徒の授業をぼくが見ることに決めましたぁ」
リズ先生の気まぐれなお達しによって、一年生の一学期終盤と言う中途半端な時期に、俺とラグナが最低のEクラスから最高のSクラスになったその日に、リズ先生がそんなことを言い出した。
その空色の瞳は俺に舐めまわすように向けられているような気がした。
しかし、二人……か。
「と言うわけなのでぇ、ハイトさんと王女様は今日からぼくの所に来てくださぁい。他は適当にライアン先生が見てくれるので」
リズ先生が「約二名」と言った時、俺、ラグナ、レイナの内一人は除外されるんだろうなぁと思ったけど、除外されたのは予想通りラグナだった。
「ど、どうしてよ! 私もハイトたちと一緒が良いわ!」
ラグナが講義の声を上げる。しかしリズ先生は首を横に振った。
「……確かにラグナちゃんの『真獣化』は強力だしぃ、興味深いですぅ」
「だったら――!」
「だけどそれはあくまで種族特性で、ぼくの専門分野じゃないんですよねぇ。それにラグナちゃんの職業『赤魔導士』は決して弱くないけど強いわけでもないですしぃ? おまけに物理攻撃力に下降補正のかかる魔導士職だから折角の『真獣化』ともアンチシナジーですから、正直見込みがないんですよねぇ。
一応現時点ではぁ、次席のエレンさんより強いみたいなのでぇSクラスに呼びましたがぁ、このままだとそう遠くない内に置いてかれますよぉ」
リズ先生のあんまりにも直接的で無慈悲な言葉に、ラグナは口をパクパクとさせて助けを求めるように涙目で俺の方を見てくる。
しかし、リズ先生の言う事は正しかった。
JROでも別にラグナは弱キャラと言うわけではない。
寧ろ『狂戦士』や『重騎兵』あたりの職業に就かせれば、真獣化と言う強力なスキルと組み合わせることで優秀なアタッカーやタンクとして活躍できる。好んで使っているプレイヤーも一定数いたほどだ。
だがそれは、課金コンテンツである『転職』あっての話。
俺がそれによってデュークハルト家を追放されてしまったように、現実となったJRO世界において『転職』する方法は見つかってないし、俺も知らない。
と言うか『農民』以外の職業にも手に入れたい有用なスキルはいっぱいあるし、可能なら俺だって転職したいくらいだ。
それは兎も角。
如何に俺がラグナの事を女の子として好きだったとしても、この状況で彼女の味方をしてあげることは出来なかった。
俺と同じくリズ先生に呼ばれたレイナは態々遠回りして、ラグナの席の目の前を通り、そこで何か言ってから俺の隣までくる。
ラグナは口をパクパクさせて瞳を揺らし、それから俺の方を見る。
俺の方のラグナは強く唇を結んで、何か覚悟を決めたような表情をした。その紅い瞳には炎が宿っているように錯覚した。
一体レイナは、ラグナに何を吹き込んだんだろう……。
◇
リズ先生の後を着いて歩く俺とレイナ。
隣を歩くレイナがさりげなく俺の手を握ってきたので、握り返す。指と指が絡まる恋人繋ぎ。レイナのすべすべとした手はひんやりとしていて柔らかい。
なんかこう、人目を盗んでイチャイチャするのって背徳感もあってドキドキするし凄く楽しい。
「そう言えばレイナはラグナになんて言ったの?」
「気になりますか?」
「まぁ、言いたくないなら聞かなくても良いけど」
「……じゃあ、言いたくありません。乙女の秘密です」
ラグナも瞳に炎を灯していたし、きっとレイナなりに励ますようなことを言ったのだろう。なら心配は要らない。
そんなこんなで俺たちは――入学試験の時にも訪れた防御結界に囲まれた演習場に到着する。
リズ先生がこちらを振り向く前に手を離した。
「あのぉ。一々面倒なんで指摘はしないですけどぉ、ぼくは後ろもバッチリ見えてるのでぇ、そのつもりでよろしくお願いしますぅ」
どうやらレイナとこっそりいちゃついてたことはバレバレだったらしい。
「とりあえずこの前の模擬戦でぇ、ハイトさんの実力が全然見れなかったので色々聞かせて貰っても良いですかぁ?」
「あ、はい。それは勿論」
「まずレベルとぉ、あと念のために職業を教えてくださぁい」
「レベルは83で、職業は農民です。一応これ冒険者証なので見てください」
金色の冒険者証を渡すと空色の瞳が見開かれる。
「やっぱりこうして見ても信じられませんねぇ。S級の冒険者証の職業欄が『農民』なのもぉ、レベルが80超えた高レベルなのもぉ。ぼくの物理障壁を突破したのはこの前見ましたけどぉ、農民って本当に戦えるんですかぁ?」
「少なくとも俺は『農民』以上に戦闘に向いた職業はないと思います」
「へぇ」
リズ先生は興味深そうに目を細めた。
だが、JROに置いてレベルと言うものは何よりも偉大だ。
正直中途半端な職業補正なんてレベル150超えた辺りから関係なくなってくる。寧ろ、JROをやり込んでいた俺としてはレベル80の農民なんて低レベルの部類にすら思えている。
とは言え、何故か『農民』が最弱とされ不遇に扱われているこの世界の常識からすれば俺は特異な存在と言えるのだろう。
「正直ぼくはぁ、高レベルの農民のスキルなんて見たことがないのでぇ、とりあえずハイトさんのスキルをぉ、一通り見せてもらう事って出来ますかぁ?」
「まぁそれは構わ……いや、ちょっと待ってください」
別にリズ先生に農民のスキルを見せること自体は問題ない。
スキルを秘匿するアドバンテージがないわけではないけど、それ以上にリズ先生と仲良くするメリットの方が多いし、そもそもJROで誰にも知られていないスキルとかはなかったから気にもならない。
ただ、俺は今、懐に仕舞っている小瓶。
盗賊退治の報酬として少年から貰った紫色の種の事を想い出していた。
「どうしたんですかぁ?」
「いや、その……スキルを見せること自体は構わないんですけど、その相手が必要なスキルも幾つかありまして。……その、掛けられる役をリズ先生にやっていただけないかなぁと思いまして。リズ先生なら耐性とかもかなり高いでしょうし!」
「良いですよぉ」
「いや、そうですよね……。って良いんですか?」
正直、実験専用の人形とかを呼び出されて「これに掛けてくださぁい」とか言われそうだと思っていたから、そこからどう言いくるめるか必死に頭を回してたのに。
少し肩透かしだった。
「えぇ。だって農民にそんなスキルがあるって聞いたことないですしぃ、折角ならぁ一度くらい体験しておきたいじゃないですかぁ」
「な、なるほど。じゃあ腕を貸して貰えますか?」
「解りましたぁ」
躊躇いもなく白いふにふにの腕を差し出してくる。研究者としてのリズ先生はマッドな気質があるらしい。
まあでも、そう言う期待がなかったわけでもない。
その肉付きの良い腕ならきっと上手くできるだろう。俺はそう確信しつつ、小瓶の中の種を取り出して、リズ先生の腕の上に乗っけた。
「万物を糧にし、根付いて芽生えよ――『種付け』ッ!」
最大値まで増やしたMPの七割を消費して、リズ先生の腕に紫色の種を植え付けた。
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