Sクラス

「僕、将来はお兄さんみたいな冒険者さんになりたい!」


 貰った紫の種を上機嫌で大事に懐にしまっていると、少年がそんなことを言い出した。


「盗賊を倒したのは殆どこの二人だよ?」


「うん。でも……お兄さんはずっと僕の側にいてくれた。お陰であのでっかいドラゴンの上でも怖くなかったし、悪い人たちを雷で動かなくさせたのも格好良かった!

 僕、お兄さんみたいな魔法使いになりたい!!」


 レイナとラグナが生暖かい目で見てくる。

 ……まぁ、こんな少年に素直に憧れられるのは悪い気はしないけど、ただ、一つだけ訂正しておかないといけないことがある。


「俺、魔法使いじゃなくて『農民』だよ?」


 俺が言うと少年よりも村の大人たちがざわざわとどよめきだした。


「農民って冗談だろ?」

「お、俺、雷降らせてるとこ見たし」

「いやでも殆ど戦ってたのはあのお嬢さんたち二人だし」

「た、確かに」


「一応言っておきますけど、ハイトは私より強かったですよ」


 レイナが言うと更にギョッとする村人たち。

 強かったって過去形なのが負けず嫌いのレイナらしくて可愛いけど、今は雷龍がいるから本当に俺より強い可能性がある。

 これはうかうかしてられないかもしれない。


 それはそうとして、レイナの言葉にも半信半疑の様子の村人たちに職業も明記されている冒険者証を見せた。


「お、おい。この金色の、しかもSランクって……」

「ほ、本当に農民って書いてあるぞ」

「はえー。こんな村に来てくださったのがこんなにも偉大な冒険者様だったとは!」

「ありがたやありがたや……」


 ただ『農民』だってアピールして――恐らくこの村の人たちの殆どがそうであろう『農民』でも俺くらいのことは出来るって言う可能性を見せたかっただけなのに、なんか思ってたのと違うベクトルで驚かれてしまった。

 これ、レイナが実は王女様だよって言ったら驚きのあまり気絶するんじゃなかろうか? ……いや、しないけど。面白そうだけどね。


「『農民』……僕、将来は『農民』になって、お兄さんみたいな冒険者になるよ!」


「ああ、頑張ってくれ」


 俺はポンと少年の頭を撫でる。


 この憧れに応えるためにも。レイナやリズ先生に次戦うときに負けないようにも、強くなりたいと思った。




                   ◇




 ギルドにクエスト達成の報告をし、報酬の銅貨一枚を貰った翌日。

 いつも通りEクラスに行くと――


「ハイト。それと、ラグナ・プシーキャット。お前らは今日からSクラスに通うようにと学園長から直々のお達しだ。良かったな。お前らは今日を持ってこの掃き溜めのようなクソみたいな環境からおさらばできるぞ」


 担任の先生から、そんなお達しがあった。

 ……って、え? Sクラスに、今日から??


「ま、マジですか?」


「マジだ。……正直学年主席や次席と正面から戦って勝てるんだ。そんなお前らをいつまでもこんなクラスに留め続けるのもおかしな話だろ?」


 来学期こそはとは思ってたけど、まさか昨日の今日でこんな展開になるとは思ってなかった。リズ先生……JROでも結構滅茶苦茶なところあったけど、それでもここまでしてくるとは思わなかった。


「ハイト、良かったじゃない! これで、レイナとも同じクラスになれるわよ!」


「そ、そうだな」


 いや、うん。ラグナの言う通り、凄く嬉しい。念願のレイナと同じクラスだ。同じクラスになれればそれだけ一緒に居れる時間も増えるし、いちゃいちゃしたり、レイナとしたいことはいっぱいある。それは間違いない。

 だが、何と言うか唐突過ぎて現実感がないと言うか何というか。


 いきなりの事に戸惑っていると、ラグナがギュッと俺の制服の袖を掴む。


「……レイナが一番で良いけど。でも、これからも偶には私にも構ってよね」


「うん。勿論だよ」


 ラグナが不安そうにしていたので、俺はラグナを抱き寄せそのままおでこにキスを落とした。ラグナの体温が少し上がり、耳までその髪色のように真っ赤になった。


「お前ら教室でいちゃいちゃすんなー」


 Eクラスの担任に急かされるように教室を追い出される。

 そんなこんなで俺とラグナは今日からSクラスになったらしい。



                   ◇



 在籍人数は25人と他のクラスの半分しかないほど少ないのに、その教室の広さはEクラスの凡そ三倍はある。教室の四隅に置かれた氷の魔導席によって今が夏であることを感じさせないほど涼しく、椅子は貴族家の当主が座るのと遜色ないほど高品質に見える。


 流石、未来の英雄を育てる学園の最高クラス。

 JROでもやけに豪華な教室があるなーくらいに思ってはいたけど、それでもいざ現実として足を踏み入れてみると中々にEクラスとの格差を感じた。


「……! ハイト!」


 教室に入ると誰よりも最初にレイナが気づいて、笑顔でぴょこぴょこと俺たちのところまで歩いてきた。


「ハイト、何か用ですか?」


「いや。今日から俺たちSクラスに行けって言われた」


「……それは誰にですか?」


「Eクラスの担任。リズ先生直々のお達しだって」


「! ってことは今日からはハイトと同じクラスになれるってことですね!」


 そう言って、レイナは嬉しそうに俺に抱き着いてくる。勢い良く抱き着いてくるものだから、日に日にその大きさが増しているレイナの胸がむにゅっと俺のお腹で潰れる。俺はレイナを抱き返した。


 その後ろでエレンが凄い形相でこちらを威嚇するように睨んでいる。


「……れ、レイナ様。その、王女として人前でそのようなはしたないことはお控えください」


「そ、そうですね。すみません。ハイト……この続きは後で」


 えっ、続きって?

 顔を赤くしながらぼそりとそう言って、席に戻って行くレイナにドギマギさせられる。


「いくらS級冒険者で伯爵であろうとも、ハイト様はレイナ様の婚約者に過ぎません。そのことをどうぞご自覚ください」


 そんな俺にエレンは釘を刺してきた。

 そしてエレン以外のSクラスの人たちも、俺やラグナを威嚇するように睨んだり、嫌そうに口をゆがめたり、見向きもしなかったりと、露骨に嫌悪を示している。


「チッ。なんで農民がSクラスに」

「新しくなった学園長、最早馬鹿だろ」

「……今は何とかなっても数年後には弱すぎる『職業』のせいで落ち零れる」


 何なら陰口を言ってくる奴までいた。


「なっ、何よ。文句があれば直接言えば良いのに」

「無理だろ。アイツら、俺やラグナより弱いんだし」


 実際、この前のSクラスとEクラスの合同訓練で力の差を魅せつけたしね。


 そんな険悪な雰囲気漂うSクラスの教室に、入ってきたのはもっさりとした黒いローブの、銀髪の美少女。

 昨日、この学園長になったばかりのリズ先生だった。


 俺はSクラスの担任の顔は知らないけど、いつもと違う人が教室に入ってきたことによってSクラスの面々は明らかにざわついていた。


「おはよぉございますぅ。今日からこのクラスの担任はぼくがするので、そのつもりでよろしくおねがいしますぅ」


 リズ先生が担任?

 Sクラスの面々が更にざわつく。俺も驚いていた。


 しかし、リズ先生は更に俺たちを驚かせることを言う。


「ふふっ。みんなどうしてって思ってますよねぇ。まぁ、理由なんてないんですけどぉ。強いて言えばぁ、約二名ほどぉ? 面白そうな人が居たのでぇ、ぼくの研究のためにぃ、一部生徒の授業をぼくが見ることに決めましたぁ。

 あ、どうでも良いクソガキどもの面倒は今まで通りライアン先生に任せるのでぇ、そのつもりでよろしくお願いしますぅ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る