慈善クエスト
JROの英雄学園編におけるリズベット戦はいわゆる負けイベントだ。
プレイヤーが最初に戦う際には英雄学園に来て少ししか経っていない――大体高くてもレベル50前後の時だが、それじゃ当然歯が立たず、一定時間死なずに生き残ってからHPが0になれば気絶したと言う事になって医務室で目が覚める。
一定時間耐えられなかったらきっと、プレイヤーが弱すぎてうっかり殺しちゃった判定とかになるのか、デスペナを受けてからイベントをやり直すことになる。
まぁ、英雄学園編はボコボコにされても治してくれる医務室って設備があるお陰で雷龍を連れたレイナとの初戦闘と言い負けイベントは多いのだが、医務室で目が覚めた場合は別にデスペナとかもないので文句とかも特になかったけど。
「起きましたぁ?」
目が覚めると、白衣を着た銀髪の美少女が空色の瞳で冷ややかに俺を見下ろしていた。その顔を見て真っ先に頭を過るのは顔面をあのたわわな感触に挟まれたこと、そしてちょっと意外なくまさんパンツ。
「おはようございます。白衣がお似合いですね、リズ先生」
「ええ。酷いセクハラ小僧に一張羅を破かれてしまったものでぇ。あと、セクハラ小僧にリズ先生って気安く呼ばれたくないのですよぉ」
セクハラ小僧……。
額に青筋を浮かべながら張り付けたような笑顔でそう言うリズ先生は相当おこのご様子だった。
「アレはわざとじゃないんで許してくれませんかね?」
「……はぁ。まぁ模擬戦を挑んだのはぼくの方ですしぃ、模擬戦に装備の破損や怪我は付き物ですからぁ、まぁ許しますけどぉ」
「……ところでラグナとレイナはあの後どうしました?」
「ふふん。二人はそっちのベッドで寝てますよぉ」
今度は一転して上機嫌になるリズ先生。
俺が寝ていたベッドと隣のベッドを隔てる白いカーテンを開けてみると、服に土埃をつけたラグナとレイナが寝ていた。
「ハイトさんを気絶させた後、王女様は雷のドラゴンを出して、ラグナちゃんは真獣化してぼくに襲い掛かってきましてねぇ。凄かったですよぉ。血相変えて。
二人とも、よっぽどハイトさんのこと好きなんでしょうねぇ」
そう面と向かって言われると照れてしまう。……だからこそさっきの模擬戦の惨事に関してはこう居たたまれない気持ちになった。
「むふふふ。でもお陰で僕も楽しませてもらえましたよぉ。全力の二人と戦えましたしぃ。特に王女様のあの雷のドラゴン。アレはもっともぉっと強くなりますよぉ。
ラグナちゃんは真獣化は凄く良いですけど職業が魔導士職なのが惜しいですねぇ」
やはり職業やスキルの研究をしていたというだけあって、リズ先生の予想は正鵠を射ていた。
事実、レイナはリズ先生を超える勢いで強くなるし、ラグナの赤魔導士は物理関連のステータスを大幅に伸ばす『真獣化』とアンチシナジー過ぎる。
「じゃあ俺はどうです?」
「神聖な勝負の最中にセクハラしてきたクソガキぃ?」
「そ、それはわざとじゃないですし、謝ったじゃないですか」
「冗談ですよぉ。ただぼくの障壁を破れる農民なんて知らないですしぃ、正直、ハイトさんがどこまで強いのか、これから強くなるのかは、興味深いのですよぉ」
「……一応、リズ先生を正面から倒せるくらいには強くなるつもりですよ」
俺の目標はこの世界最強。それに『参謀』は如何に魔導士職最強と言っても、全ての職業で最強と言うわけではない。
最強は――レベルキャップのない『農民』だ。
ハッタリではなく、JROを誰よりもやり込んだ俺の知識としてそう宣言すると、リズ先生が今まで見たことがないくらいに頬を緩めてにへらっと笑う。
「やっぱり面白いですねぇ、ハイトは。これでぼくより強かったら好きになってたかもしれませんよぉ。ぼくは王女様とラグナちゃんとの戦闘について忘れないうちに記録したいから、もう行きますねぇ」
リズ先生は思わせぶりなことを言ってから医務室を出て行く。
何が何でもリズ先生に勝ちたいと思ってしまったのは、浮気に含まれるだろうか?
あの後、レイナとラグナが起きるまで医務室のベッドでぼぅっとしていたけど、二人は俺の方を後ろめたそうに見るだけで何も言わず出て行った。
……俺以上にコテンパンにやられたみたいだしなぁ。
俺もJRO以外のことでならいくらでも打ちのめされたことがあるから気持ちが解る。今日はそっとしておこう。
◇
俺は日課のドラゴン退治(今日はシードラゴンの日にした)を終えていつも通り、ドラゴンの死体を引き摺りながらギルドに行くと、受付の前で子供が泣いていた。
いつもなら騒がしい冒険者たちがシーンとしていて、ニーナさんは困っていた。
「あ、あのですね。冒険者たちも依頼を受けるのは命がけで、銅貨一枚で依頼を発注しても受ける人が……」
「で、でもっ、村の人たちがみんな盗賊たちに襲われて!!」
なるほど、そう言う感じか。
ハーメニア王国近辺は強い魔物がそう多くないために、山や廃砦などを拠点にする山賊、盗賊がほかの街に比べて多い。
JROでも丁度こんな感じで盗賊に襲われて――って困ってる人を助けるクエストはちらほら見かける。
大体は助けたキャラに礼を言われるくらいで大した報酬もないけれど、極稀に「僕の宝物なんだ」って言ってレアアイテムが手に入るケースがあるし、そうでなくともこう言った慈善クエストを積み重ねていると街の人とかの印象が良くなって、宿代が安くなったり、アイテム屋が薬草を一つサービスしてくれるようになったりする。
まあ、取り立てて他の用事が無いなら受けて損はないクエストだ。
「どうしたんですか?」
「ハイトさん。それがその……ハーメニア山脈の麓辺りにある村の子供らしくて、なんでも盗賊に襲われてしまったそうなんですよ。でもその、報酬が」
「良いですよ。俺が受けましょう」
「ほ、本当に!?」
「本当ですか!?」
少年がパッと笑顔を咲かせ、ニーナが驚きながらも嬉しそうにしている。
盗賊――未だこの世界で人を殺したことがない(結局学園長のもレイナとラグナがやってくれたし)俺にちゃんと殺せるか不安はあるけど、俺の力なら最悪無力化して拘束するってのも容易いし、ハーメニア山脈ならファフニール呼んで全部押し付けてしまうのも手だろう。
「ええ。盗賊がなんか珍しいものでも貯めこんでるかもしれないですしね」
「そう言う事ならお願いします。……ご褒美に後でおっぱい触らせてあげますよ」
耳元で悪戯っぽく囁かれるものだから、耳まで赤くなる。
「そ、それは遠慮しときます」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん!」
「まあ、礼は盗賊退治の後にでも言ってよ」
そして可能なら低確率のレアアイテムをくれ。
俺はそんな期待を内心込めながら少年の頭を撫でてギルドを出ようとする。すると偶々ギルドに来ていたらしいレイナとラグナに鉢合わせた。
「……盗賊退治なんだけど、一緒に行く?」
「行きます!」
「勿論よ!」
一部始終を見ていたのかどうかは知らないけど、誘えば快諾してくれた。
「ハイト。その、じょ、女性の胸を触りたいなら私はいつでも構わないので」
「わた……」
恥ずかしそうにそう言うレイナと、何か言いかけて自分の小ぶりな胸をペタペタ触るラグナ。どうやら一部始終は見られていたらしい。
別に触りたくないと言ったら嘘になるけど、それを素直に言えるほどの度胸もない俺はどうすれば良いか少し困りながらも盗賊退治へ向かう。
やっぱ、負けて落ち込んだときはザコ狩りをして気晴らしするに限るよね!!
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