エピローグ

 公の――謁見の場で伯爵位にまで昇爵させたハイトをレイナの『婚約者候補』に認める。そのニュースは、メディアや国王・貴族……果てはハイト達の想像を斜め方向に上回る形で、市民の間に広まっていった。


「は? 『婚約者候補』? 毎日のようにドラゴンの死体を引き摺り回しているハイト様のなにが不満なんだ? 『候補』なんてまどろっこしいことをせずに『婚約者』にしてしまえば良いのに」

「レイナ様も雷龍を従えたんだろう? 万が一雷龍が暴れた際にどうにか出来るのって、この国――いや、この世界に『龍殺し』のハイト様しかいなくね?」

「何でも、そのハイト様『農民』だから冷遇されているらしいぜ」

「ハイト様が農民? 嘘だろ。俺も『農民』だけど、どう足掻いてもあのドラゴンを倒せる気がしねぇ」

「って言うか、そんなハイト様が貴族様達の冷遇に怒って暴れたらこの国ヤバいことになるんじゃね?」

「何かあったとき被害を被るのはいつも平民の俺たちなんだから。せめて穏やかにしていて欲しいわ」


 当然、雷龍がハイトを認め国王を半ば脅したみたいな不都合な情報は隠されている。しかし、それでもハイトの『婚約者候補』の号外は『農民』の成り上がりではなく、一つの冷遇として市民達には映ったようだった。


 まぁ、ハイトがデュークハルト家の嫡子だった頃は『候補』なんかじゃない、正式な『婚約者』だったわけだし、毎日人の十倍以上の大きさがあるように見えるドラゴンを引き摺り回しているハイトを見て、その凄まじさも体感しているのだ。


 ドラゴンを軽々退治し、引き摺り回す怪力をもつハイトなら――下手すればハーメニアの軍隊にも勝てるんじゃないか。内乱になったらとんでもないことになるんじゃないかと予想していた。

 そしてその予想は決して間違っていない。


 ハイトに傷を付けられる騎士が下手すれば一人もいない可能性がある以上、ハイトが負けない可能性の方が高いが……何万と騎士を出せば、ハイトと言えど全ての市民を護るみたいな真似が出来ない。


 市民は決心する。もしもの事があれば、国に反旗を翻そうと。




                    ◇



「当主様、大変です! ハイト様が――」


 ダァン!


 デュークハルト家当主であるアルジオは思い切り机を殴り、壊した。

 号外に書かれているのは『龍殺し』の『農民』であるハイトがとうとう公にレイナの『婚約者候補』として認められた旨だった。

 実情を知らない平民と違って、当事者である貴族――特にハイトを勘当した張本人であるアルジオにとってこの状況は非常に面白くなかった。


「あいつあいつあいつ……『農民』という下賤な職業を賜っておきながら、龍を倒し市民からの名声を集めるなど……どれだけこの俺に恥をかかせれば気が済むんだ!」


 ハイトは冒険者としてはSランクとして認められ、ファフニールという龍を従える上に、レイナが従えた雷龍にもその実力を認められる。

 その上、国王には伯爵位――もうすぐでアルジオと同格に至らんとするほどの爵位まで与えられている。


 これは異例の大出世。特に『職業』が下賤だったが故に勘当された貴族の子弟がこれほど出世するのは職業至上主義のハーメニアにとって前代未聞のことだった。

 しかし、ハイトが出世すればするほどハイトを勘当したアルジオの立場が悪くなっていくことだけは間違いなかった。


 貴族でありながら『農民』の子を出すだけでも度しがたいのに、それが出世など――アルジオは多方面の貴族に恨まれ、市民からは無能の誹りを受けかねない。

 控えめに言って最悪の状況だった。


「だが、まだ……まだ、大丈夫だ。こちらには隠し球もある。だが、場合によってはハイトへの勘当を取り消すのも視野の内か」


 ハイトが最早デュークハルト家への関心を失いつつあることを、アルジオはまだ知らない。



                    ◇


 俺とレイナが『婚約者候補』になった号外は、何故か市民達に『内乱』を危惧させる形で広まってしまった。いや、俺も内乱は覚悟してたんだけど。

 思いの外市民の教養が高くてビックリしてるというのが本心である。


 そして、そんな市民の不安を取り除くためか否か。国王はルールに則った争いを提案してきた。その提案は『婚約者候補バトルロワイヤル』


 俺の他にも何人かいるらしいレイナの婚約者候補たち。

 その人たちと俺は、国王に決められた日付に決められた場所で争って決着を付けなければならないらしい。


 負ければ脱落、最終的に勝ち続けたものが真のレイナの婚約者となれる。


 ルールはほぼ制限なし。家柄も人徳もお金も暴力も、その人の力でありアピールポイントでもあるため、実家の軍隊や子分の家の軍隊を引っ張り出してきても良く、装備も好きな装備を持ってきても良いし、友達の力を借りても良いらしい。


 何か、レイナの婚約者候補に名乗り出れるほど大きな貴族家の力をこのバトルロワイヤルで疲弊させようとする思惑が見え隠れしてるけど、まぁ、俺としてもファフニール本人やファフニール装備を使って良いルールなので一概に不利とは言えない。

 ぶっちゃけ、有象無象の軍隊じゃ俺に傷一つ付けられないだろうし、居ても居なくても一緒なのである。


 まぁ、とは言えそのバトルロワイヤルが開催されるのは夏休みの期間中――つまり一ヶ月以上の時間がある。

 それは準備期間であると同時に、婚約者候補には俺以外にも学生が沢山居るので、学業面への配慮の側面もあるのである。


 と言うわけで、俺も色々準備をしようと思う。……明日から。

 今日は謁見もあって、日も暮れ始めてるしね。



                    ◇



 いつも泊まっている宿に帰る前に、俺は週二くらいの頻度で通っている銭湯に立ち寄ることにした。宿に付いているシャワーでも良いのだが、やはり元日本人の性なのか定期的に湯船に浸かりたくなるのだ。

 前世でも、風呂場にノートPCを持ち込んでJROをしながら湯船に浸かったものである。


 そんなしょうもないことを思い出しながら――


「お、今日はやけに空いてるな。ラッキー」


 俺は銭湯に入る。受付の人の様子が少しおかしい気もしたけど、まぁ気のせいだろう。そう思って俺は服を脱ぎ、軽く身体を流してから湯船に浸かった。


「はふぅ」


 息が漏れる。そして薄ぼんやりと目を開けて、周りを見てみるとそこにはレイナとラグナと、後何故かニーナさんの影が見えた。

 あれ? おかしいな。俺、ちゃんと男湯に入ったはずなんだけど。幻覚か?

 そう思っていると、その影は確かな実体を伴って俺の近くにやってくる。


 むにゅ、むにゅ、むにゅ。


 そんな効果音が聞こえて来そうな程柔らかくしっとりとした肌が、俺の両腕と、正面に押しつけられた。


「って、実体!?」

「はい。今日はハイトが銭湯に来る日だと情報が入ったので、貸し切ってみちゃいました」


 レイナがそう言うと、ニーナさんが「すみません」と俺の左腕の方からペロりと舌を出して悪戯っぽく笑う。って言うか、俺の腕が大きな二つのアレに挟まってる。


「やっぱり、ハイトは大きいのが好きなの?」


 不満げに頬を膨らますラグナはむぎゅっと、少し小さな胸を俺の右腕に押しつけてくる。そして、レイナは正面に――レイナの形が感触が、俺の腹の肌にダイレクトに伝わってくる。

 こ、これ以上は……た、耐えられない!!


 バシャンッ!

 俺は三人を振りほどいて、大急ぎで銭湯を出た。


「逃げちゃいましたね」

「照れたのかな?」

「残念ですね」


 敏感になった聴覚が三人のそんな声を聞き取るが、そんなのに構っていられない。

 あのままだと、俺は爆発してしまっていただろう。その時――俺は間違いなくレイナから襲うんだろうけど、でも……初めては二人きりが良い!

 見られながらなんて恥ずかしくて耐えられないし、かといって今からしますって雰囲気を出して「どっか行ってて」とかも同じくらい恥ずかしくてとても言えない。


 男心も繊細なのだ。


 俺は宿に戻ってさっきのお風呂場での景色をおかずに、自家発電したことは言うまでもないだろう。


 そして俺は今一度誓う。


 俺は世界最強になって、レイナとラグナ……あとついでにニーナも嫁にして、強者が阿呆みたいに多いこの世界の敵からも三人を護れる男になりたい。

 そして、誰に怯えることもなく。三人の美少女達といちゃいちゃしたい。


 最初から変わらないようで、少し変わった俺の目標。


 レイナやラグナやニーナ。護りたいと思える人たちとの素晴らしい出会いを――落ちぶれて廃人になって朽ち果てた前世では得られなかった幸福を、俺は大切にしたい。


 改めて、そう思った――


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