婚約者候補

 王都に戻った俺たちは最初に、冒険者ギルドへ向かうことにした。

 理由は、大量に討伐したフォレストドラゴンの素材を売って換金するためである。討伐証明部位さえ提出すれば魔物討伐演習の成果として認めて貰えるし、Eクラスの俺が態々、素材の全てを学園に献上する意味もない。


 しかし、ドラゴンは大きく今日は最終的に七匹も狩ってしまったために重さを無視できるロープがあるとは言え、嵩張ってとても邪魔である。

 これじゃ満足に街も歩けないし、手っ取り早く処分するためにギルドにやって来た訳である。


「あ、ハイトさん! 今日はスゴく沢山狩ってきましたね! ところで、今日もおっぱい揉みますか?」


 そんなこんなで、ギルドに足を踏み入れるとニーナがとんでもないことを言いながら、俺たちの所へやってくる。

 あの日、罰ゲームをして以来ニーナは何故かこんな感じなのだ。


 エレンが俺をゴミでも見るかのような目で蔑み、ラグナとエレンは無言の笑みで圧力を掛けてきていた。

 体感、ニーナが来るのは三回に一回程度だったから来ないことを祈っていたが、まさかレイナ達と来ている今日バッティングするとは……


「い、いや! 誤解を生むような発言は辞めてくれよ、ニーナさん!」

「そんな、五回だなんて酷いですハイトさん。私、殿方に見られるのも触られるのも初めてだったのに……」


 ニーナが態とらしい嘘泣きを見せると、後ろのレイナ達の圧力が増した。


「あ、あれ以来やっていないだろ!」

「へぇ。少なくとも一回は触ったんですね」

「しかも生で」


 怖い怖い怖い! レイナとラグナがいつになく怖い。俺は、雷龍と戦った時以上のピンチを今、感じ取っていた。

 前世では無縁だったし人ごとだと思って笑っていたけど、浮気とかをするとこんな怖い目に遭うのか! いや、浮気じゃないけど。そもそも一夫多妻が認められているこの世界で浮気という概念は存在していないけど!


「……英雄色を好むと言いますし、私もあんまりハイトの相手が出来ない都合上仕方ないこととは思いますが……」

「そうね。私たち二人じゃハイトに釣り合わないのは解ってるし」

「「でも、次からは嫁を増やすときは相談してくださいね(よね)!」」


 ……いや、嫁にするもなにもニーナとは胸をちょっと触っただけの関係だし。え? もしかして、これ責任取らないといけない感じの流れなの!?

 日本だと、子供が出来ても結婚しない人とかいるのに! ……いや、それはそれでどうかとも思うけど。


 でも、レイナとラグナの二人だけで俺にとっては十二分以上だ。これ以上増やして二人に割ける時間が減るのも避けたいし……


 うるうると、わざとらしい涙を浮かべてニーナが俺を上目遣いで見てくる。


 こ、これ完全に俺、悪者の流れじゃん!

 ……一夫多妻の世界。経済力の限り、結婚が許されるこの世界では或いは前世の日本以上に結婚を決めるハードルが低いのかもしれない。


 これは教訓だ。

 金を持っている男は安易に女性に手を出してはいけない。責任を取らされるから! 思わぬ所でニーナに一杯食わされた俺だったのである。



                    ◇



 翌日。レイナ経由で国王謁見の為のアポイントメントを取った俺たち――レイナ、ラグナ、エレン、俺――は国王を前に跪いていた。


「ハイト子爵、ラグナ、エレン。此度は、レイナを雷竜騎姫にさせるまでの協力と悪魔に取り憑かれた学園長の共同討伐、誠に見事だった。褒美を使わそう」


「「「「はっ、ありがたき幸せ」」」」


「では、此度の雷龍従属と学園長の討伐に最も貢献したと報告のあった――ハイト、貴様から褒美を使わそう。貴様は何を望むか?」


 え? 雷龍に関しては兎も角、学園長討伐に関しては俺は何もしてないけど?

 と、戸惑っているとレイナが俺にウインクを飛ばしてくる――お前か! ……そう言えば国王には全てレイナが事前に報告していたのだ。こうなることくらい想定の範疇内だろう。


 しかし、どのみち俺が求める報酬は決まっていた。


「レイナとの婚約を、再び認めて頂きたく」

「ならぬ」


 俺の言葉を、国王は有無も言わさず切り捨てた。


 刹那、チュドンバチバチッ! と雷轟と共に、レイナの後ろにやや小さくなった雷龍が顕現する。その威圧感に、その衝撃に王の周りの騎士達は剣を取り警戒する。

 しかし、俺はそんなの無意味だと思った。

 金属の鎧なんて雷龍の前にはあってないようなものだし、そもそもこの国の騎士のレベルじゃ雷龍を前にすれば鎧袖一触だろう。


「お、王女殿下。これは一体どういうつもりですか!?」

「そうです。ここは王の御前ですぞ!」

「例え姫様と言えども、これは許されざる蛮行です!!」


 騎士達は喚くが、誰もレイナの前に近づけなかった。

 そんな中口を開いたのはレイナではなく、雷龍だった。


「ハーメニアの国王よ。この男の何が不満なのだ? ここ数百年、地上の空を飛び回っていたが、このハイトよりも強い男などどこにもおらぬぞ」

「だ、だがその男は『農民』だ」

「『農民』? だからなんだ? 同族であるファフニールを従え、我とも互角に拳を交えたこの男を軽く扱うのは、例え一国の王と言えども我が許さぬぞ!!」


 バチバチバチッ! と雷龍が雷を出す。それは雷龍にとっては威嚇ですらない、ただの怒鳴り声の余波なのだが、金属の剣を構えていた国王の近衛騎士達は感電して気絶してしまっていた。


 国王は顔をうっすらと青ざめさせながらも、少し震える声で


「この国は四割の『農民』を冷遇することで成り立っている封建国家だ。そしてレイナはこの国の第一王女。レイナとの婚姻を正式に認めることは『農民』を次期国王と認めるに等しいのだ」

「問題なかろう。ハイトには少なくとも貴様以上には王の器がある」

「……だとしても、現国王としてそれを認めるわけには行かぬのだ」


 ハーメニア王は渋い顔でそう言う。

 そして俺は納得していた。ここでレイナと俺の婚約を認めることは、この国の今までの『職業至上主義』の崩壊を意味するに等しいのだ。

 そんな決断をすれば国内が荒れる。


 ファフニールと俺と、雷龍を従えるレイナが協力すれば内乱だろうが地上での世界大戦だろうがどうにか出来るかもしれない。

 しかし、その時は多くの兵だけでなくそれ以上の国民の血が流れることも意味するのだ。そして、俺にはまだそんな覚悟はなかった。


「だが、これだけの実力を示すハイトに何も与えぬのも国王として問題があるだろう。故に、ハイトを子爵位から伯爵位に昇爵させると同時に、ハイトをレイナの婚約者候補として認めよう。

 レイナには数々の縁談が来ている。ハイトよ、貴様はその実力を示し、他のレイナの婚約者候補を全てねじ伏せろ。さすれば、レイナもこの国の王の座もくれてやる。この国は『職業至上主義』だが、朕は実力を尊んでいるからな」


「その言葉、忘れるでないぞ」


 雷龍はそう言って、レイナの中に戻っていく。


 そして、俺とレイナは顔を見合わせた。

 これってつまり、ほぼ親公認!?


 数多のドラゴンを倒しファフニールを従える実力がある俺の実力を知らない国王ではない。その証拠に昇爵されているのだから。

 そして何より、俺とレイナは相思相愛。そうでなくとも、レイナは雷龍を従えている現状で既にこの国では一位二位を争うほどに強い(因みに争う相手は俺である)


 そんなレイナを無理矢理婚約者に出来る奴なんてこの国――いや、地上には誰一人として存在しないだろう。

 故に、これは実質的に認められたに等しいのだ。


 雷龍が去り、緊張も解けたのか国王はげっそりとした表情でラグナとエレンに褒美を与えている。

 二人は僅かな金銭を要求して、後は辞退していた。


 ラグナは「殆どハイトの功績だから」と言い、

 エレンは「全てはレイナ様の実力故に」と言ってだ。


 エレンが邪魔してこなかったのは意外だったけど、まぁエレンはなんの役にも立っていなかったし、まぁそりゃそうかと納得感もあった。


 そんなこんなで、俺たちは王宮を後にする。


『農民』である俺がレイナの婚約者候補になったことが王都で話題に上るのはこれから更に一週間後の話である。

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