闇堕ち学園長
「ななな、なんだ、と!?」
ハイトやレイナがいるパーティーがフォレストドラゴンを次々になぎ倒し、果ては雷龍を従えてしまった一部始終を見ていた者がいた。
そう、学園長である。ハイトの無様な死に様を見てやろうと、上空からハイト達の様子をのぞき見ていたのだ。
学園長は自身が完全に悪魔へ身を落とし、翼まで生えたその醜い姿に自覚はない。
ただ……
「まずい、不味い状況になったぞ」
何が不味いって、もう状況の全てが最悪だった。
前提として、国王はハイトが『農民』であるにも関わらず子爵位を与える程度には差別意識が少なく、そしてハイトはこれまでに何匹も龍を倒した結果Sランク冒険者でもある。
そしてあのファフニールを従えているのも、噂ではなく事実だった。
何より、ハイトに抱きつくレイナを見て学園長は思う。
「ぐぬぬ。あの娘、未だにあの『農民』に愛着など持ちおって……」
そう。レイナは、まだハイトのことが大好きなのだ。
故に、もし雷龍のことを報告するなら最低でも「ハイトと協力しました」くらいは言うだろう。最悪の場合「全部ハイトのお陰です」くらい言いかねない。
そして『竜騎士』或いは『竜騎姫』にとって龍を従えることは尋常ならざる意味を持っている。そこで、世界最強の龍『雷龍』を従えるのに役だった『ドラゴン狩りのSランク冒険者』――こんなの、もう……
学園長は焦っていた。これ以上『農民』であるハイトが優遇されれば、職業と家のコネだけで成り上がってきた学園長は――。
学園長は不安に駆られていた。悪魔に堕ち、その醜い姿に身を落とした学園長にはその職業家柄に関係なく、最早未来なんてないと言うのに。
――やはり、農民は危険だな。放置しているとすぐ強くなる。『農民』が優遇される時代が来れば、またワレワレは地獄の日々に逆戻りだ――
悪魔が何か囁いたような気がした。
「そうだ。なんだ、簡単な事ではないか。儂が、この儂が直々にあのくそったれの『農民』をぶっ殺してやれば全て丸く収まるではないか!」
丸く収まるわけがない。
なにせハイトは国王が認めた子爵で、稀少なSランク冒険者。その命はその辺の貴族よりも既に重いし、ハイトを殺したら死刑どころじゃ済まされない。
それに何匹ものドラゴンを倒し、ファフニールを従え、雷龍と互角に戦ったハイトに高々悪魔の力を得ただけで、戦闘に於いては素人の学園長が勝てる道理なんてないのだが……
悪魔に取り憑かれた学園長は、正常な思考能力を欠落させていた。
「今に見てろよ、農民風情ガァアアアア!!」
◇
JROにおけるハーメニア王国のボス戦、或いは次のマップへ移動する為に必ず通過しなければならないイベントに『闇堕ちジーク』と言う、中々に胸糞悪いイベントが存在している。
正義感があり、JROの主人公たちが英雄学園に潜入している時も親切に助けてくれたり、途中仲間に出来たりもするイケメンキャラなのだが、実は十五年前故郷を滅ぼしたハーメニア王国に恨みを持っており、復讐するために騎士にまでなった男だったのだ。
しかし、真に胸糞悪いのはこのジークの故郷。滅ぼしたのはハーメニア王国ではなく、ジークに取り憑いていた悪魔だったのである。その事実が、接戦の中断腸の思いでやっとジークを倒した後に明かされたりするのだから報われない。
あの胸糞イベントは多くのJROプレイヤーのトラウマになったものである。
まぁ、それは今から六年以上後に起こる出来事だしJROの知識がある俺からすれば、それを未然に防ぐことは容易いが――何故、今このタイミングでそんな話をしたのかと言えば、俺たちの目の前にかの闇堕ちジークを彷彿とさせる悪魔が出現したからである。
「『農民』……『農民』風情ガァ。調子に乗って、ぶっ殺してやるゥ!」
どす黒い肌に、長い爪。オオコウモリのような皮膜と、細長い手足。そしてでっぷりと餓鬼のように太った腹。
ひたすらに醜いそいつは、僅かながらに学園長の面影を残していた。
「が、学園長ですか?」
「如何にも、儂が学園長だ。ふっふっふ。俺はこの学園長の肉体を完全に支配した! 貴様らに俺を殺せるか? 貴様らのような甘ちゃんの学生に、仮にも英雄学園の長であるこの男の肉体を支配した俺を!!」
悪魔はケタケタと醜く嗤う。
困ったなぁ。まさか、このタイミングで学園長が闇堕ちするとは予想していなかった。――JROの学園長と違う学園長なのは気になっていたが、前世でも学校の校長は二~三年で入れ替わっていたし、この世界でもそんなものだと思い込んでいた!
しかし、まさかこんな形でリタイアしていたとは……。
「ハイト……」
「ハイト……」
レイナとラグナが、不安そうに俺の裾を掴んだ。
「悪いけど、助ける方法は……」
悪魔に堕とされた人間を救えるアイテムはハーメニアを出て暫くして『魔界の入り口』に入り始めた辺りだ。
そしてその時「これがあればジークを……」と後悔するまでが恒例の流れだが
そんなアイテム、今は持ち合わせてないし、魔界に行くにはそれなりの準備も要する。少なくとも、悪魔に堕ちた学園長を放置して行くのは愚策だ。
それに、俺はこの学園長に対する愛着がないから、こいつのために態々魔界まで行くモチベーションなんて持ち合わせて等いなかった。
だが、ここで学園長を見殺しにしてレイナやラグナの好感度が下がるようなら助けるのも一考しなくもないけど……
「いや、それはどうでも良いわ」
「ですね。悪魔に憑かれるのは学園長の落ち度ですし、ハイトを正当に評価しない彼を助ける義理もありません」
お、おぅ。思ったより、ドライなんだね、二人とも。
しかし、悪魔に堕ちたとは言え元は学園長……一応顔を知っている人間だ。
その罪や罪悪感を二人に背負わせたくない。
それに学園長はジークほど強くないとは言え、悪魔だ。レベル40、50かそこらのラグナやレイナでは危険が……
「ハイト、ここは私に任せて下さい」
「そうね。今日はハイトにばっかり活躍させてばっかりだったし、これくらいは私たちに譲りなさい!」
そう言って、レイナとラグナは俺の前に出た。
「やってください『雷龍』!」
「任せろ」
「私も行くわよ『真獣化』!」
「お、おい。ちょっと待て!! 俺が、俺は学園長だぞ!? こ、こいつがどうなっても良いと言うのか!!」
「構いません!」
「別に構わないわ!」
レイナとラグナが頼もしいようなドライなような返答をすると共に、それを合図と受け取ったのか雷龍が悪魔化した学園長目掛けて雷のブレスを吐いた。
無効も耐性を付けるのも難しい、圧倒的に高速で生体に対する追尾性能も完備している上に感電による痺れも期待できる最強の属性、雷が学園長に襲い掛かる。
「うぎゃぁあああああ!!」
浴びるほどの電撃を受け、黒焦げになった学園長に対して今度は真獣化したラグナが上から飛びかかるように襲い掛かった。
ペチッ、ボロボロボロと、黒焦げになった学園長は炭のように崩れていく。
「……ば、馬鹿な。なんて、非情なんだ……」
そう言い残して、悪魔を宿した学園長は灰になった。
……うん。王都に帰った際の、土産話が一つ増えたな。なんて、そんなことを考える俺もまた、末期なのかもしれない。
初めて人を殺した――いや、明確には人じゃないし。俺が直接手を下したわけでも指示を出した訳でもないけど。
或いはレイナやラグナが率先して学園長を狩ってくれたのはそんな俺の決まっていない覚悟というか、弱さというか、そう言ったものを見抜かれたのかもしれないとも思う。
俺は世界最強になって、レイナとラグナを護れる男になりたい。
なのに今日は、随分と二人に護られてしまった。
それが嬉しいような、悔しいような。男として少し複雑な気分になりながら、俺たちは王都へと戻っていく。
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