ラグナvsエレン

 合同訓練に参加するSクラスとEクラスだけでなく、英雄学園の一年生が見物する中、尻尾を逆立てた赤い子猫ラグナと、銀に輝く鎧を着込んだ高潔そうなエレンが対峙している。

 JROで、最強育成した場合の強さは互角かビーストキラーを装備できる(ラグナが装備できる対人特効装備はないから)エレンがやや有利。


 しかし今は両者とも最強育成しているわけでもなく、相手に特効のある装備を着用しているわけでもない。


 レベルは、幼少期から英才教育を受けてきて、レイナに付き従ってきたエレンと、ここ二ヶ月ほどの竜退治で五回に一回のペースで着いてきていたラグナ、どっちが高いのかは解らない。

 ……いや、解るわ。流石にラグナの方がレベルが高い。


 それにラグナにはレイナと同様に生命樹の実をちょくちょく貢いでいたから、HPとMPの数値だけは尋常じゃないことになっている。

 一応最大HPとMPを無理矢理増やすことで擬似的な回復アイテムとしても機能する生命樹の実はいくつか予備で持っているけど……なるべく使いたくはなかった。


 生命樹の実をタダで差し出せとか言われたらムカつくし。


 だから……


「ラグナ、怪我はさせるなよ!」

「勿論よ! ちゃんと手加減はするわ!」

「なっ、舐めてると痛い目見るわよ?」


 俺がラグナに注意喚起を促し、ラグナが元気よく応じると、エレンがキレた。俺の方をキツく睨んでくる。レベル差的にエレンが俺をどうこうできる道理なんてないはずなのに、アレだけ整った顔立ちに睨まれると気圧されてしまう。


「ハイト! その女にデレデレしてないで、こっち見てよ!!」

「で、デレデレしてないし!」


 どう見ても気圧されていただろう!

 しかし、そんなラグナと俺のいちゃいちゃしている様子にエレンは非常に不愉快そうな表情を見せた。


「よそ見をしていると、本当に殺すぞ!!」


 そう言って、ラグナにいきなり斬りかかるエレンだがラグナは余裕を持ってバク宙しながら回避する。そしてラグナは俺の方に手を振って


「ハイト! ハイトほどじゃないけど、私も最近成長したのよ!! 見てて!」


 そう無邪気に手を振ってはしゃいだ様子のラグナは子供みたいで可愛げがあった。しかし、その直後ラグナが可愛げのない「に”ゃ~ご」という飢えた獣のような鳴き声を上げた。

 直後、ラグナは赤い炎のようなものに包まれる。エレンは油断なく剣を構えて、ラグナを見つめていた。


 でも……炎が霧散する。その中に居たのは2mはありそうな大きな――炎を纏った赤い猫。尻尾は一本。その姿はまさしく


「真獣化! ラグナ、レベル37を越えたのか?」

「ええ。まだ、不完全だけどね!!」


 そう言って、ラグナは大きな肉球でペちっとエレンの側面に猫パンチを食らわせる――炎を纏っているわけでもない、ただのジャブ。

 しかしそれでもレベル40近い――おまけに真獣化によってステータスが大幅に上がったラグナのジャブだ。

 レベル20前後と思われるエレンでは受けきれるはずもなく……


「うわぁぁああああああ!!!」


 エレンは訓練場の端っこまで吹っ飛ばされてしまう。


「も、申し訳ありません……レイナ、様」


 がくっ。エレンが気絶することによって、この模擬戦はラグナの勝利で終わりを迎えた。


「う、うぉおおおお!! なんだありゃ、変身か? か、かっけぇ」

「スゲぇ。Eクラスの奴がSクラスのエレンにあっさりと勝っちまった!」

「なぁ、やっぱり『職業』だけで強さを図るのは間違ってんじゃね?」


 学生たちが各々にそんなことを言っている。


「ハイトー! どうだった?」


 そしてラグナは真獣化を解いて、俺の所に走ってきてそのまま飛びつくように抱きついてきた。


「スゴいな! まさかラグナがそこまで成長してるとは思わなかったよ!!」

「えっへん!」


 俺はラグナの頭をわしわしと撫でて褒めた。

 是非、ラグナにはこのまま真獣化を完璧なものに仕上げて貰って、俺の手伝いが出来るくらいには強くなって貰いたいものである。


 そして、強くなって貰いたいと言えばレイナに関してもそうだった。

 俺は今から七年後にレイナが雷龍を従えていると言うJROでの知識しか知らないけど、レイナは一体いつ雷龍を従えるようになるのか。

 まぁ、その辺もゆっくり見ていけばいいだろう。


 そんなこんなで、ちょっとした大番狂わせが起こったままにこの学園に入学してから初めてとなる実戦訓練は終わりを迎えた。

 因みにラグナと俺が異常なだけで、他のEクラスの面々はエレンの敵討ちと言わんばかりにSクラスの人たちにボコられていたのはご愛敬である。



                     ◇



「またなのか! あんの忌々しい農民風情が!! それに今度はあのクソ猫も!!」


 学園長の拳が学園長室の机にめり込む。学園長の目は黒く、瞳は赤く――まるで悪魔のそれであるように変色している。

 学園長は、自らがそんな醜い姿になっていることなど気付くことなくハイトとラグナへの怨嗟を叫んだ。


 なにせ今日の実技訓練は学園長にとって想像を絶するほどに最悪の流れになってしまっていたのだから。


 始めにハイトとレイナの戦い。


 なにやらレイナは数ヶ月前までハイトと婚約者だった腐れ縁で未だにお情けで優しい対応をしているようだが、

 今回の演習でハイトをレイナに叩きのめさせることによって、レイナがハイトのような『農民』風情にかける情けなど必要ないと思い知らせると同時に、どんなトリックを使ったか解らないが、最近ドラゴンを討伐しまくって調子に乗っているハイトの長く伸びきった鼻っ面を追ってやる改心の案のはずだった。


 なのに……。


 魔封じの剣まで用意して、小細工を封じて『農民』如き、学園始まって以来の天才と言えるレイナに相手して貰えば軽くボコボコに出来る予定だったのに……。


 結果は無抵抗のハイトにレイナが全力で斬りかかっても、ハイトはほぼ無傷。

 ……話によるとちょっと血が滲んだらしいけど、あれでその程度の怪我しかしないのであればそんなの無傷に等しいのだ。


 この学園首席で、王族で、最高位の『職業』を得たレイナがただの『農民』風情に傷一つ付けられない。

 それだけでも最悪なのに、その次のエレンとラグナの戦いも最悪だった。


 真獣化したラグナによってエレンが一撃で、いとも容易く吹き飛ばされてしまったのだ。


 エレンはレイナを守る騎士としては相応しく、この学園において次席で入学した実力者である。対してラグナは入学試験は並だったが、職業は『農民』よりかは幾分かマシってだけの『赤魔法使い』――Eランクがお似合いの落ちこぼれである。


 なのに――まさか、一部の選ばれし獣人しか使えない『真獣化』を未完成とは言え使ってみせるとは誤算だった。

 ……そうと解っていれば、DかCランクに入れておいたものを。


 しかし、後悔しても後の祭りである。


 ただ、残ったのはEランクのハイトとラグナがSランクの生徒を――首席のレイナや次席のエレンを軽く圧倒して見せたことである。

 これではこの国の貴族階級の根拠となっている『職業』の優位性の根幹が揺るがされかねない。


 もっと言えば、この学園の『職業至上主義』職業による優遇措置の根幹を揺るがしかねない出来事だった。


 もし、この根幹が揺るがされれば――人口の四割を占める『農民』やその他の下級職業の人たちに暴動を起こされ、国が荒れかねない。

 いや、それ以前に『職業』と家柄だけで成り上がってきた学園長は自信のキャリアを丸ごと潰されかねない話だった。


「ヤバいヤバいヤバい……そうだ。この手なら」


 あの『農民』は何らかのトリックで下級のドラゴンを狩っていたようだが、本物のドラゴンには対処できまい。

 学園長は、最早悪魔のそれに成り果てた醜悪な顔でニチャリと嗤った。


 学園長は知らない。ハイトが本物のドラゴンであるファフニールを家畜にしていることなんて。


 そんな思いが錯綜する中、学園長の次なる一手がハイトに襲い掛かる。


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