実技訓練(ハンデ戦)
最初のSクラスとEクラスの合同での実技訓練は、A~Dクラスの生徒が見守る中行われる。これは学園最強集団であるSクラスの戦いぶりをみて学ぶと言う建前の元Eクラスがぼこぼこにされるのを見て嗤うと言うなんとも悪趣味な行事だった。
SクラスとEクラスが並ぶ。
レイナはこっそりと俺にウインクを飛ばし、その付き人であるエレンは俺を視線で射殺さんとばかりに睨み付けてきている。
そして、他のSクラスの人たちも特に俺に敵意のある視線を向けているような気がした。
「なぁ、ラグナ。何か注目されてる気がするんだけど、俺、何かしたか?」
「そうね。ハイトはEクラスだけどSランク冒険者だし、毎週課題も毎回評価S。しかも筆記だって二位の五教科420点に大差を付けて、学年唯一の満点で一位。
Sランクで粋がっている坊ちゃん嬢ちゃんたちは、ハイトの足下にも及ばないって理解して嫉妬でもしているじゃないかしら?」
俺はこっそりと聞いたつもりなのに、ラグナはSクラスの人にも聞こえるくらいの大きな声で答えた。
険悪な雰囲気が更に強まる。
ラグナに「よくぞ言ったわ!」と言わんばかりのサムズアップを送るレイナは少し浮いて見えた。
それに、別に俺がSランク冒険者だったり筆記で満点だったりするのはJRO廃人だったり、それなりの偏差値の大学に通っていたりした前世の記憶があるからであって、別に誇れるようなことでもないだろう。
そもそも俺が他人に誇れるようなことなんてないし。
……いや、一つだけあるわ。他人に自慢できること。レイナやラグナが将来的に俺の嫁になってくれると言ってくれていることだ。
だからこそ早く功績を立てて、お義父さんに認められたいのだが……
でも、流石に今日は大人しくしておくか。
今のレベル差だと木剣を掠らせただけでも、相手が死にかねないくらいにはステータスの差があるし、弱いものイジメをしてレイナやラグナに軽蔑されたら、それこそ哀しすぎる。
今日は見学しよう。このときの俺はまだ、そう思っていた。
◇
「ハイトくん、そしてレイナさん前に出てきなさい」
今日は大人しくしてよう、そう思った矢先に教官が俺とレイナの名前を呼んだ。前に出て、俺の隣まで来たレイナはにこっと笑いかけてくる。可愛い。
そして、不細工なおっさんの教官はニヤッと厭らしい笑みを浮かべて
「とりあえず、今日は初めての実戦訓練なので皆さんも勝手がわからないでしょう。なので見本としてとりあえず、この学年で一番優秀なレイナさんとEクラスの中では比較的マシなハイトくんに見本として戦って貰いましょう」
「先生……ハイトは比較的ではなく世界でもトップクラスに優秀だと思いますが」
「レイナさん。授業中の私語は慎んで頂けますか?」
「はい……」
レイナはシュンとする。
だけど今の俺はレベル80で、JROのレベル80めちゃくちゃ強いかと問われれば別にそんな訳ではない。
ハーメニア国内に存在する魔物なら流石に負けないが、もっと強い魔物が闊歩する『魔界』とかに出るには、まだまだ俺は弱すぎるくらいだ。
正直、今回は教官の評価の方が正しいように思えた。
「それではお二人には、模擬戦用の武器をお渡しします」
そう言って教官は、レイナにオリハルコン製の剣を渡し、俺には少し古びた――特殊な性質の魔力の剣を渡してきた。
この形、色……どこかで見覚えがある。……あぁ、アレか。
俺はこの剣の正体が解ったので、教官から受け取った。
ドッと、一気に俺の身体から魔力が吸われていくのを感じた。
「……魔封じの剣か」
「ご明察! この剣を装備すると、MPが完全に失われるまで魔法とスキルの一切が仕えなくなる呪いの剣です。『農民』風情が、今までどのような小細工で竜を倒して来たかは解りませんが、小細工を封じれば何も出来ないでしょう? 」
「まぁ、そうかもしれないですね」
JROのプレイヤーが操作する『農民』はあまり魔力に頼らない戦い方をしてたし、そもそもこの魔封じの剣――実はかなりの欠陥アイテムで、MPを3万吸収しきったら壊れてしまう代物なのだ。
JROガチ勢は皆MPの値が65535なので、MPの40%を吸ったら壊れてしまうゴミアイテムなのだ。
似たようなアイテムなら『死刻の剣』という、装備すれば強制的にHP三万を吸い取る剣の方が相手を殺せる可能性がある分100倍優秀である。
そして俺も連日のドラゴン討伐によるレベリングと生命樹の種によるドーピングでHPもMPも既にカンストしている。
この剣が『魔封じ』だろうが『死刻』だろうが、適当に壊してしまうのは非常に容易い。だが、今の俺のレベルは80。
対する相手は俺がちょくちょく貢いでいた生命樹の種と実によるHPとMPの底上げこそしているものの、レベルは20前後で雷龍も仲間にしていない状態のレイナである。おまけに剣も雷剣じゃない。
如何にレイナの物理ステータスが高かろうと、これだけのレベル差があればレイナのオリハルコンの攻撃なんて、無防備な俺の首筋にクリティカルを出されてもダメージを与えることは不可能だろう。
故に
「でも、これじゃハンデ足りてないと思うんですけど」
「先生、それではハンデが足りないと思われます」
レイナと俺の言葉が重なった。教官はギョッとした目を俺たちに向けてくる。
「スキルと魔法を封じられたところで、俺の今のレベルは80です。素のステータスが違いすぎます」
「れ、レベル80……!? の、『農民』風情がそんな高レベルなわけないだろう! 就職の儀だってまだ三ヶ月前の話だぞ? それでレベル80なんて、伝説の『英雄』でさえ、成し遂げてないのに……!」
「試してみますか? ……レイナ」
「解りました」
俺がレイナに目で合図を送り、左手を突き出す。そんな俺の意図を読み取って、レイナはオリハルコンの剣を容赦なく俺の左腕に振り下ろす。
ズキンと鈍い痛みが走る。俺の左腕にはレイナの剣が食い込んでおり、レイナが剣を話すと、血がじんわりと滲む程度の切り傷が出来てた。
「……は、ハイト。だ、大丈夫ですか!?」
レイナは慌てて自分の制服の裾を千切って俺の腕に捲いてくる。
「い、いや。そこまでしなくても……かすり傷だし」
「いえ! これは……私がやりたいから、手当をしているだけです」
しかし、それにしてもレイナは出鱈目である。これだけのレベル差があれば、かすり傷すら負わないと思っていたが……。
しかし、そんな俺の心情とは裏腹に見ていた教官や学生たちは戦慄していた。
「う、嘘だろ……あのレイナ様の攻撃でかすり傷?」
「て、手加減したんじゃないか?」
「見たところ、並の騎士程度なら鎧の上から腕を切り落としそうな威力に見えたぞ」
「本当にあいつ『農民』なのか?」
「『農民』の分際でレイナ様に介抱されて羨ましい……」
一人だけ何かちょっと違うけど、皆が皆驚きの反応を示していた。
「……その、こう言うのは何ですけど。俺じゃ、この模擬戦をするには役不足だと思いますので」
「……そうですね。悔しいですけど、私程度ではハイトの遊び相手にすらなれなさそうです」
レイナは小さく強くならなくちゃ、と呟いている。……どうせレイナは強くなるんだし、あまり無理しないで欲しい。
しかし、そんな俺たちを見て教官はため息を吐く。
「……そうですね。『農民』風情が模擬戦のデモンストレーションを飾るには役不足ですね」
「ですね。なので、他を当たって下さい」
「……では、ラグナくん。君が前に出なさい」
そうして、ラグナが名指しされる。その時、声を上げる人がいた。
「汚らわしい獣人風情、レイナ様が相手するほどではありません。ここは私がお相手致しましょう」
そして、続いて名乗りを上げたのはレイナの騎士のエレンだった。
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