魔物討伐演習

 ハーメニア英雄学園は英雄となる人材を育成するために、毎週課題や実技演習などと言った座学以外の実践的な授業に事欠かない学園である。

 そしてその実践的な授業の一つに『魔物討伐演習』というのもあった。


 そもそも学園が育てる英雄は内情は兎も角、表向きは戦争などで利用する人材を育成するのではなく、主に魔物や魔族を倒すことによって人類の脅威を取り払い、平和をもたらすのに助力出来る人間を育成する教育機関である。

 故に、英雄たるもの最も重要なのは魔物を倒す実力の有無なのである。


 そして今日は、新入生にとっては初めての魔物討伐演習であった。


 王女であるレイナも参加するが故に、注目度もそこそこのイベントで学園長は悪魔に取り憑かれた黒い頭で、一つの悪巧みをしていた。


「くっくっく。この学園秘蔵のアーティファクトの一つ『龍惑の香水』……これを、あの『農民』の制服にたっぷりと掛けておいた。

 魔物演習でドラゴンに集られて無残に死ぬアイツの姿が目に浮かぶようだわ!」


 悪魔に取り憑かれ、負の感情を増幅された学園長は


 ”たかが『農民』を倒すために王女であるレイナが巻き込まれ怪我でもすれば『龍惑の香水』をハイトの制服に仕込んだ学園長は死刑では済まないこと”

 ”そもそもそのたかが『農民』は、先日国王に『子爵』に任命されているため、彼を加害したり否定することは国王への反逆に等しいこと”


 であるという、上流階級に生きる者なら生まれたときから知っているような常識すら判断できないほどにおかしくなってしまっていた。


「……国王様もどうかしてあられるのだ。あんな『農民』風情に爵位など……。ふふっ。でも、ご安心下さい。私が、この儂が! 職業至上主義の英雄学園を――延いてはハーメニア王国を守って見せますぞ!」


 学園長は家柄のコネと、偶々得た『職業』だけで英雄学園の長に上り詰めたが故に能力は高くない。

 頭が悪く、実戦でも大したことがない学園長はそれでも自身には『職業』と『家柄』を取ってしまったらなにも残らないことを薄らと自覚していた。


 それ故の劣等感と不安が学園長の心に潜む悪魔を育てていく。


 学園長は自身の破滅の足音がコツコツと近づいてくる様子に、気づけない。



                   ◇



 英雄学園における魔物討伐演習はクラスごとではなく、学年ごとに行われる。


 それはクラスごとに役割が偏っていたり(少なくとも前衛と後衛のバランスがぴったり1:1のクラスは存在しない)人数が増えることで、一人頭で対処しなければならない魔物の数が減ったりとメリットも多い。


 それに何より、実際に戦場に出たとき。或いは冒険者になるとき、自分が優秀であればあるほど、自分と同じ実力の者と組める確率は低くなる。

 その時、足手まといをサポートしながら最大の成果を狙う練習にもなる。

 当然、そこでいう足手まといはEクラスの奴らなのだが……。


 なんだか様子がおかしかった学園長がEクラスをこれ見よがしに馬鹿にしたときの反応は実に微妙なものだった。

 まぁ、それもそうだ。なにせ先日ラグナがSクラスでレイナに次いで強いエレンを猫パンチ一発でノックダウンさせたからなぁ。


 聖司祭とかの他のEクラスの面々がボコられてたときも、Sクラスの連中は俺に抱きついているラグナをずっと警戒していたし。

 それに俺は、そのラグナよりも遙かに強いのだ。


 俺とラグナがEクラスにいる限り、総合力ではSクラスよりEクラスの方が強いと言うことになるのだから。


 少し話が逸れたが、他クラスの生徒ともパーティを組めると言うことで。俺、ラグナ、レイナ。それと、エレンの四人でパーティを組むことにした。

 レイナとラグナは俺の妻になる予定だし、当然として、エレンはレイナの護衛だからと言うわけである。


 ぶっちゃけ、エレンが一番――それも一人頭一つ下がって弱いので、足手まといではあるが、まぁそれこそ学園の趣旨である異なる実力の人間の尻ぬぐいをしながら戦う訓練である。


 俺を睨み付けながらも、先日の件がトラウマになったのかラグナに見られる度にビクッとしているエレンにそう言ったら泣くだろうか?

 エレンは俺のことを嫌っている様子だし、俺もエレンのことはそんなに好きではないので泣かせても構わないが、それでレイナに白い目で見られたら俺の心も傷ついてしまう。


 エレンはラグナがビビらせてるし、それに免じて残酷な現実を突きつけて泣かすのは勘弁しておこう。




                  ◇



 そんなこんなで、俺とレイナとラグナとエレンの四人はグラコスの大森林を歩いていた。グラコスの大森林は王都から走って二時間くらいの距離にある。

 ……正直、現実で考えてみると近すぎるように思えるがあまりにもリアリティを追求してマップを広くし過ぎると、プレイするときの快適さが損なわれてしまう。

 そう言ったゲーム的な事情があって、マップはやや狭いのだろう。


 そうなると、フォレストドラゴンとかが街に襲ってくるんじゃないかと心配になるけど、そう言うことは無いらしい。


 こちらの世界ではドラゴンは自然の一部――例えばフォレストドラゴンは森の一部故に森から出られないと言う風に解釈されてるらしいけど、これもJROでモンスターがマップから出ないようにプログラムされてた名残だと思われる。


 この世界は確かに現実だが、それでもゲームの名残が多々見受けられるのだ。


 まぁ、ゲームの名残がなければスキルも魔法もないただただ不衛生で文明が未発達な中世だ。現代日本に住んでいた俺が、水洗じゃないトイレや魔女狩りが当然の世界観で馴染めるわけもなく生き地獄を味わう羽目になっていたと思われる。

 ……と言うか、世界でもトップクラスに恵まれた国に生まれても尚前世の俺は人生の敗者だったのだ。


 JROの世界でもなければ、まともにやり直すことすら出来なかっただろう。


 考えるだけで軽く鬱になる考察は兎も角として――俺は、襲い掛かってくるフォレストドラゴンを一撃で軽く切り捨てながらグラコスの大森林を歩き進めていた。

 グラコスの大森林はここ二ヶ月ほど、何回も通っては何十匹とフォレストドラゴンを討伐してきた――庭と思えるほどに、慣れ親しんだ場所である。


 だが、それにしても


「なぁ、なんか今日フォレストドラゴン多くね?」

「そうね、少し多いわね」

「それでも、軽々と対処してみせるなんて流石ハイトですね」


 俺の言葉にラグナが軽く同意し、レイナはそれがさも当然であるかのように、頷いている。まぁ。俺はレイナが限界まで強くなっても、それでもレイナを護れる男になりたいのだ。

 これくらい楽に対処できなければ話しにならないだろう。


「い、いやいやいや。流石とか、少し多いとかそう言う問題じゃないだろう!た、足った一時間程度の散策で、 ど、ドラゴンが既に3匹出てるんだぞ!! こんなのハーメニア王国の軍を全て動員しても対処できるかどうか……」


 まぁ、最高で闇墜ちジークの60レベル前後のハーメニア軍人じゃフォレストドラゴンの鱗に傷一つ付けるのも難しいだろう。つまり、レベルが足りてない。

 だが、俺のレベルは80――3匹倒したから、81かもしれない――フォレストドラゴンに遅れをとるなんてあり得ないのだ。


 しかし、それにしても今日はドラゴンが多い日だ。


 ……最近、狩りすぎてたしもしかしたらフォレストドラゴンも怒っているのかもしれない。ハーメニア山脈でもファフニールが怒って俺に襲い掛かってきたし。

 これはもしや、今日も……そんなフラグみたいなことを考えていた時だった。


 グラコスの大森林の中層当たり。そこに映える一際高い木に雷が落ちる。


 大気が揺れる。雷の火花が飛び散り、一際高い木には炎が上がった。

 この気配、雷。そして、煙の中から見える、青色の雷を纏った、大きなドラゴンのシルエット――これはもしや


「雷龍」


 レイナがボソリと呟いた。

 JRO最強のドラゴンの一角雷龍が、俺たちの前に降臨した。

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