Sランクへの昇格

 農民と言えば畑を耕し、野菜を育てるイメージが強いが、酪農・畜産だって普通に農業である。そして古来、野生動物を檻或いは柵の中に封じ家畜として飼い慣らしたのは『戦士』や『狩人』なんかではなく、農民なのである。

 それは地球の歴史でも、JROの世界設定でも変わらない。


 つまり何が言いたいのかと言えば、農民という職業はこの世界の人たちが思っている何百倍も強く、そして実績がある職業でもあるのである。


 俺は、ファフニールを倒す前に狩った二匹のマウンテンドラゴンを受付に見て貰っている間の暇つぶしに、自分のレベルとステータスを確認する。

 レベルはファフニールを家畜化した影響でとうとう80になり、HPやMPも65535とカンストの数値まで行き届いた。

 ……JROと同じくこれが限界なのか、或いはキャップ開放の手段があるのかは解らないが、一先ず見慣れた数値になったHP・MPに安心感を覚える。


 それに、レベルも80になったので『農民』が覚える有用なスキルもかなり揃ってきた。


 『農民』は、熟さなければならない仕事が多いから、その分スキルも割と使いやすいかったり有用なスキルも多いのである。

 JROでは死にスキルだった、ありとあらゆる病気に耐性を持つ『免疫』とか、農具を持っている限り疲れにくくなる『不労の農民』とかも現実になった今では非常に有用なスキルだし、正直なんでこの国で『農民』が不遇扱いなのか解らなかった。


 ……初期の攻撃スキルや職業補正が乏しいから、攻略法を知らないこの世界の人たちではレベルを上げるのが難しいのかもしれないけど。


 そんなことを考えていたら、ドタドタとギルドの木製の床が騒がしくなった。


「は、ハイトくん! 君の意思は、君の気持ちはよく解った! 連日何匹もドラゴンの死体を持ってきて……君の実力も十分に解った!」

「……支部長?」

「あぁ、確かに儂は実力のある者は正当に評価すると言った。ハイトくんが『農民』でも過小評価はしないと決めていた。だが、それでも儂はまだハイトくんを過小評価していたのだと痛感させられた」


 支部長が息を切らせ、俺の両肩に乗せた手を揺らしながら熱く言う。


「……ハイトくんがここ一ヶ月で持ち込んだ、ドラゴンの死体は70体以上。利益は見込めるし、ギルドとしてはありがたいがそれでも数が多すぎだ!! 多すぎて捌ききれず、このギルドの職員はこのままだと過労死してしまいそうだ!」


 よく見ると支部長の目の下には深い隈が出来ていて、他の職員もため息を吐いて頷く。ニーナさんもげっそりとした表情で俺を恨みがましい目で見てくる。

 ……俺が考えなしに持ち込んだドラゴンのせいで、この人たちはきっと残業せざるを得なかったんだろう。


 70体の買取額は50億ジョル以上。……何も考えずJROの時の感覚でドラゴンをボコりまくってたら、いつの間にかとんでもないことになってしまっていた。

 なんか、凄く申し訳ないことをしたような気にもなってくる。


 ……ファフニールの素材は、今回は自分の装備用しか取ってこなかったけど、仮に家畜にせず殺して死体を持ってきていたらここのギルドの人たちはいよいよ本当に過労死していたのかもしれない。

 そう考えるとファフニールを殺さず『家畜化』したのは英断だったかもしれない。


 考え方によっては、俺は知らず知らずのうちにこのギルドを救っていたのかもしれない。……うっかり口に出したら疲れた職員さんに殺されそうだな、これ。


「ハイトくん。儂は、君をSランクに推薦しようと思う!」

「へ?」

「これだけのペースでドラゴンを狩れる人間はこの国にも一人もいないだろう! だから君をSランクに推薦しようと思う。ハイトくんの実力があれば、本部長も国王様もきっと認めてくれるはずだ!!」


 馬鹿なことを考えていると、支部長がガッチリとした両腕を俺の方に乗せて、禿げ上がった額が俺にひっつきそうな程の勢いで言ってくる。


「え、Sランクに推薦?」


 いや、でも……俺、レベルが……80だし。JROでも、これくらいのレベルならSランクになってるのは普通か。

 ……あれ? レベル10に上がるのに5年も掛ったのに、そこから80になるまでにまだ三ヶ月しか経ってないぞ?


 学園も、まだ一学期の半ばだというのに……もう、Sランク?


 いや、でもJRO的にはそんな滅茶苦茶速いって訳じゃないし、寧ろ遅いくらいだけど……ゲームの頃の知識と現実のギャップが俺を戸惑わせていた。

 いや、でも……


「す、スゴいですよ、ハイトさん。その年齢でSランクって、伝説の英雄よりも早い――史上最速の記録なんじゃないですか?」


 さっきまで俺を恨みがましい目で見ていた(疲れていただけで、別にそんな目をしていたわけじゃない可能性もある)ニーナさんが、俺の方に小走りでやって来て思いっきり抱きついてきた。

 一ヶ月前揉ませて貰ったおっきなおっぱいが俺の背中に吸い付いた。


「に、ニーナさん!?」

「……あぁ。でも、ハイトくんにはそれくらいが相応しいと思うのだ」

「支部長さん……」


 真っ直ぐな支部長の目を見て、少し考える。


 Sランク冒険者。想像していたより早かったと言うだけで、いつかはなる予定だった。Sランク冒険者になれば実力者と言うことで貴族からも一目置かれるようになるし、レイナとの復縁にも近づけると思う。

 それに、今の俺のレベルは80。ハーメニア王国で起こる問題程度なら多少運が悪くても、JROの攻略知識込みで跳ね返せる自信もある。


 断る理由は無かった。


「お願いします。是非、俺をSランク冒険者に推薦してください」

「あぁ、もちろんだ! ……その際に、ギルド長や国王様に会うことになるが」

「構いません」


 ギルド長はJROに出てきたキャラだし、ハーメニア国王に関しては義理の父親になる人でもあるのだ。会うことに躊躇いはない。

 寧ろ、JROの頃よりも若いギルド長には俄然興味があった。


 そんなこんなで、国王やギルド長へのアポ取りは支部長がやってくれることになった。俺は支部長に呼ばれたら動くだけである。


 まぁギルド長は忙しいし、JROでも世界中を転々としているって設定があったからそう簡単に会えるかは解らないけど、ハーメニア国王は、一応王城のある街に住んでいる都合上それなりに早く挨拶しにいけるだろう。


 ギルド長がアポを取り付けるまで時間があるし、根回しを兼ねてレイナに報告しに行こうと思う。……レイナとの復縁が少し見えてきた俺の足取りはとても軽かった。

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