VSファフニール

 質の良い陶磁器のような純白。万物を殺し、生態系の頂点であると言わんばかりの威圧感。今まで倒してきた『竜』などとは違う真正の『龍』――ドラゴン。

 そいつが、俺の前に突如として現れた。


「貴様か。我が眷属を殺して回っている不届き者は」


 レベルが80近くに上がると、最早種でちまちま削らずとも真正面からマウンテンドラゴンやフォレストドラゴンのような『竜』には勝てるようになる。

 懐かしい思い出だ。それまで恐怖の対象として逃げ回るしかなかった竜を倒せるようになった頃、リポップしては狩り殺し続けたJROでの思い出。


 そしてJROでもあるのだ。このイベントが。


 竜を殺し続けると、怒った親玉が出てきてプレイヤーを絶望させるイベントが。


 懐かしい。俺も初めて『龍』と戦った時はあっさりとぶち殺されたものである。

 俺は少し思い出に浸りながらも、自らの装備を確認する。


 シードラゴンの牙で作った鎌。フォレストドラゴンの鱗で作った鍬。そしてフェザードラゴンの羽と皮で作った鎧。

 ここ一ヶ月強。ドラゴンを狩り続け、資金も素材も潤沢になった俺は、中盤で最強クラスの装備となる竜の素材の装備に身を包んでいる。


 ファフニールと戦うには推奨レベルより低い俺のレベルも相まって少し心許ないが……それはあくまで初心者の話だ。

 上級者はファフニールをレベル70で狩ることが出来る。


 そして俺の前世はJRO廃人……人生辞めて磨いたプレイヤースキルは、目の前の龍を狩るには必要十分。

 最強育成された雷龍withレイナに比べたら、ファフニールなんてぶっちゃけ雑魚だ(って言うかあれの強さは別格でレベル200でも普通に負ける)


「『草刈り』」


 俺は鎌をファフニールの首目掛けて振り下ろしてから、回避行動を取ったファフニールに生命樹の種を投げつける。

 そして、以前よりも遙かに増えた魔力の半分を込めて


「『種付け』!」


 生命樹をファフニールに根付かせた。


「ぐぬおっ……。ぐぅぅ、面白い! だが貴様は危険だ。生かしてはおけぬ!」


 ファフニールは少し苦しそうに呻きながらも、好戦的に突っ込んでくる。

 俺はそれを大振りに躱した。――ファフニールの自動回復は二秒に1%……生命樹が三秒に1%だから生命樹だけじゃ一生削りきれないどころか、6秒ごとに1%ずつ回復されてしまう。


 ただ、ただでさえ防御魔法防御ともに高いドラゴンを相手にするのだ。二秒ごとに1%も回復されていたら、普通にダメージレースで負けてしまう。

 だからこそ、自動回復性能を落とせるだけでも生命樹の果たす役割は大きいのだ。


「『稲妻』!」

「ふん。『金雨』」


 俺が放った雷魔法を、ファフニールは魔法で生み出した金の粉を錐もみ回転でばらまいて躱した。雷は生体を追いかけるから、必中なのに。金属を避雷針にして躱すとは面白い。

 JROではしてこなかった挙動だ。ただ、その躱し方は大きな隙を生んでいた。


「『草刈り』!!!」

「ぬわっ!?」


 俺は少し高くジャンプして、そのままファフニールの羽を切り落とした。

 草刈りは切断に特化したスキル。シードラゴンの鎌の切れ味とスキルの効果のシナジーで完全に切り落とすことに成功する。


 片方の羽を切り落とされたファフニールはくるくると事故った飛行機のように墜落していく。


 俺はファフニールが地面に落ちるよりも早く持っていた鍬を地面に投げた。


「『耕耘・レンコン畑』!!!」


 ファフニールが落下する地面が一気に泥沼になった。

 JROでは動きの拘束の評価はイマイチだったが、現実だと意外に強く、まあまあ使う機会がある。或いはJROでは不遇でも現実だからこそ有用な技などもあるのかもしれないと、思いながら俺は地面から鍬を引き抜いた。


「ぐぬぬっ。油断したわ……ぐぬおっ!?」


 歯がみしながら呻くファフニールに、俺は容赦なく鍬を突き立てる。そして鎌を、鍬をザクッ! ザクッ! ザクッ! っと突き立てていった。

 泥沼にハマって動けないドラゴン。そんなのもう、袋叩きにするしかないだろう。


「い、痛い! 死ぬ!! 妙な植物を植えられて再生が追いつかないから、このままだと死んでしまう!!」


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!


「や、辞めてくれ! 頼む!! 死にたくない! 死にたくないのだ!!」


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 俺は特にファフニールに同情心とか芽生えなかった。純白の羽は綺麗だとも思うし売れば高そうだなとも思う。素材にすれば良い鎧になりそうだとも思う。

 龍種の装備は終盤装備の始まりだ。心も躍ってくる。


 別に俺はファフニールに恨みはないが、特に愛着もない。


 故に、命乞いをされても俺の鎌を振り下ろす手が止まるわけではなかった。


「……下僕に、なる。わ、我は貴様の……いや、主様の下僕になります!! だから殺すのは、殺すのだけは……勘弁してください!!」


 ぴたり。俺の鎌の手が止まった。

 辺りには俺の鎌で削がれまくったファフニールの羽毛と鱗と血が飛び散っている。


「ほぅ。下僕になるのか……」


 農民はレイナの竜騎姫のようにテイミングが出来るスキルはない。

 だが、レベル70になると農民はあるスキルを使えるようになって、JROのシステム的にはテイマーの真似事が出来るようになるのだ。

 そのスキルは……


「じゃあ『家畜化』……これでファフニールは俺の下僕だね」

「か、家畜? こ、この我が……?」

「因みに、レジストしたら殺すから」


 ファフニールの血がべったりと着いた鎌の刃を見せて脅す。

 ファフニールの討伐適正レベルは100だ。不意打ちされたり、後ろから噛みつかれたりすれば、レベル80にギリ満たない俺は軽く死んでしまうだろう。


 そしてこの世界では、JROと違って死んだら生き返れない可能性もある。いや、現状その可能性の方が高いと思っている。

 だからこそ『家畜化』による無害化に失敗すれば、復讐も怖いしどのみちファフニールを殺さざるを得なくなってしまう。


 それをファフニールも理解しているのかゴクリと唾を飲み込んで、そして『家畜化』に成功した。


「うぬぬ。この我が家畜などと……屈辱だ」

「この世界は弱肉強食だし仕方ないよ。とりあえず、生命樹の種を取り払って上げるから」

「うぬ……きさ……主殿にそれを言われるのは腑に落ちんが。この厄介な種を取り払ってくれるのであればありがたい」


 悔しそうに呻くファフニールに、俺は農民レベル40で手に入る『収穫』を発動させる。これは魔力を使って、畑の作物を纏めて収穫できる便利スキルであると同時に『種付け』などで植え付けられた植物を取り払うことが出来る魔法でもある。


 この魔法によって、ファフニールに植えていた生命樹の種は取り払われ、ファフニールのHPとMPをふんだんに吸収された生命樹の実は収穫される。

 俺は生命樹の実を囓る。


 そして


「『草刈り』!」


 俺は鎌でファフニールの歯と爪と尻尾を容赦なく切り落とした。


「い、痛い!! あ、主殿、いきなり何をするのだ!?」

「いや、折角だし素材だけでもと思って。……でもまぁ、自然修復で治るし別に良いでしょ」

「良いわけあるか! い、痛いぞ……とてつもなく、痛いのだぞ」


 そうは言われても、俺も一人のJROガチ勢としてファフニールの素材を使った装備が欲しかったのだ。ファフニールの牙の鎌。鱗の鍬。羽毛の鎧。終盤レベルで見ると弱めだが、それでも今の装備よりも格段にグレードは上がる。

 おまけに何でも言うことを聞くファフニール本体も着いてくるのだから、かなりお得な気分だった。


 俺は切り落としたファフニールの牙と鱗と羽毛と、あと片方の翼を回収してその場を後にする。


「ちょ、ちょっと! 我はどうすれば良いのだ!?」

「そのまま巣穴にでも帰れば? ……街に来られても困るし。用があったら呼ぶから」

「え、えぇ……」


 農民のスキルには一応遠方連絡用のスキルもあるし、態々俺がハーメニア山脈の頂上まで行く必要もないし、問題もないだろう。


 そんなこんなでファフニールを家畜にした俺は重さを無効化できるロープに縛ったファフニールの素材を引きずりながら街に戻っていった。

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