ドラゴンの討伐裏技

「おい、農民。今週の毎週課題で勝負しないか?」


 先生が毎週課題のことを告げ、教室から出て行くや否や聖司祭のクラスメートは俺の元へやってきてそんなことを言い出した。

 ……このあと、こいつが言いそうなことは手に取るように解る。


「負けたらお前も、その女も俺の奴隷な? 受けるだろ?」

「はっ、断る」

「は?」


 メリットがなさ過ぎる。――正直JRO廃人だった俺なら、相手が誰であろうとこの世界での争いごとにおいて負ける気はしないけど、それでもラグナにまで迷惑がかかる賭けは論外だった。


「やっぱ、農民は所詮農民だな。勝負を受ける度胸がないなら、大人しく俺の言うことを聞いていれば良いんだよ」


 そう言って、ラグナに伸ばした聖司祭の手を俺はペチンとはたき落とす。


「……仮に、オマエらが負けたらどうするんだ?」

「ふん。俺が農民に負けるなんてあり得ないが、そうだな。負けたら煮るなり焼くなり好きにして良いぞ? まぁ、俺たちが負ける訳がないがな」


 ゲラゲラと下品に笑うこいつらは火炙りの刑か釜茹での刑で決まりだな。


 そんなこんなで俺はラグナを引き連れて、早速毎週課題を熟すべく冒険者ギルドへ向かった。



                     ◇



 英雄学園は週に三日、一限90分の授業が計九時限行われる。


 他の学園や大学に比べかなり少なめの授業時間ではあるが、それでも英雄学園がハーメニア随一の名門校である理由は大きく二つである。

 一つは定期テスト。月に一度訪れる学力や知識を問われるテストで点を取れなければ評価が下がり、次の学期にクラスのランクが下がっていることがある。Eクラスは落とした時点で退学という厳しい措置が執られるらしい。


 そしてもう一つがこの毎週課題という奴だ。


 この二つがあるが故にハーメニア英雄学園は授業時間が少なくても優秀な英雄を育成できる環境にあると言えているらしい。

 まぁ、英雄たるもの自分で努力できなければならないと言うことだろう。


 そう言うわけで、俺たちは今週の毎週課題を熟すために受けた依頼は『フォレストドラゴンの動向調査及び討伐』だった。

 負ければあの聖司祭の奴隷にならなければならない上に、ラグナが酷い目に遭う可能性がある以上、毎週課題でSランクに設定されているドラゴンの皮を狙おうと思うのだ。


 ……学園での成績はレイナとの復縁にも繋がると思うし、それ以外の具体的な方策があるわけでもないので、今はとりあえず目の前のことを頑張っていきたい。



                    ◇



 毎週課題でSランクに設定されているドラゴンの皮を得るためには、ドラゴンを倒す必要があるが、そもそもJROにおいて、ドラゴンという生物はほぼ全てのマップに存在している。

 森、火山、砂漠、湖、ダンジョン。


 それらのマップに何匹か、ボスとしてではなくランダムにエンカウントする理不尽な強敵として存在している彼らを難なく倒せるようになるころには普通プレイヤーのレベルは既に70を上回っている頃だ。

 しかし、JROには極限低レベル縛りで各マップに存在しているドラゴンを討伐しているプレイヤーは何人もいる。


 ……そして、その最低レベルは驚異のレベル10。それを成し遂げたプレイヤーの『職業』は当然のように農民だった。

 と言うわけで今日……と言うか今週の毎週課題では極限低レベル縛りでドラゴンを討伐して行こうと思うわけだ。


 さて、その為に最低限必要な準備は大きく二つである。


 まず一つ目は『農民』と言う職業――レベルを上げて良いのであれば他の職業でも良いが、まぁ俺は農民だし、今のところ転職は出来そうな雰囲気もないので『農民』を活かす形で頑張ろうと思う。


 そして二つ目は――『生命樹の種』である。


 これは丁度、今俺たちがフォレストドラゴンの動向調査のために来ているこの『グラコスの大森林』で稀に拾うことが出来るレアアイテムだ。JROでは使えばHPとMPがちょっとだけ上がると言うありきたりなドーピングアイテムである。

 JROでは一つあれば十分だとされていたが、ここは現実で死んだらやり直しも利かないので少しだけ余裕を持って三つは欲しいところである。


 一つ目はさっき俺が見つけたから、場合によっては一つで挑戦しても良いが……


「ハイト!! 見つけたわ! それも二つも!!」

「おお、ナイスだラグナ!!」


 一緒にこの森に来ていたラグナが嬉しそうな声を上げる。

 ピョコピョコと駆け寄って、俺に種を渡すラグナは「褒めて!」と言わんばかりの表情でくいっと顎を上げたので、俺は顎の下を撫でてやる。


「ありがとな、ラグナ」

「……ふん、ハイトのお嫁さんになるならこれくらい当然よ! ところで、なんでその種を欲しがってたの?」

「それはな……この種があればフォレストドラゴンを討伐できるようになるからだ」

「は?」


 ラグナは意味解らないと言った表情を見せた。


「い、いや。ハイトのことはスゴいと思っているけど、その種を全部食べてもハイトのHPとMPが10も増えないのよ? 流石にフォレストドラゴンを倒すのは無茶よ!」

「別に、この種を食べてどうこうしようって訳じゃないぞ。まぁ、これはドラゴン退治の裏技みたいな方法だな……」


 そう言いながら、俺はこのグラコスの森を真っ直ぐに進んでいく。すると、ちょっと開けた湖畔に抜けた。

 JROだと、フォレストドラゴンとエンカウントが起こりやすいのはこの辺だったはずだ。俺は辺りを軽く見渡して……


「……いた」

「……ふぉ、フォレストドラゴン」


 水を飲んでいる最中の巨大なコモドオオトカゲのような生物。ずんぐりむっくりとした巨大な体躯には、体格にしてはやや小さめの蝙蝠の皮膜のような羽が付いている――あの羽の大きさで飛べるわけがないし、なんの為に付いてるのかは謎だ。


 俺とラグナは息を潜め物陰からフォレストドラゴンの様子を窺っていた。


「ラグナ。細かい解説は省くけど、フォレストドラゴンに気付かれないように隠れてて。万が一見つかったら全力で逃げるように」

「……勿論、そのつもりだけど……ハイトはどうするの?」

「俺は……」


 俺は、ポケットの中に入っている『生命樹の種』を握りしめ気配を殺しながら匍匐前進でフォレストドラゴンに近づいていく。

 フォレストドラゴンが気付く距離の判定は大体7m以内だったはず――JROでの話だけど。俺はフォレストドラゴンのアクティブラインぎりぎりまで近づいて生命樹の種を投げつける。


 そして俺は唱える。農民に最初に与えられる唯一の魔法を。


「万物を糧にし、根付いて芽生えよ――『種付け』」


 MPのほぼ全てを消費して。フォレストドラゴンのコケが生えた緑色の鱗に、俺が植え付けた生命樹の芽がにょきにょきと出始める。


「ぐるるるる……」


 後は、生命樹の種がフォレストドラゴンの生命力と魔力を吸い尽くすまで……


「逃げろぉぉぉおおおおお!!」

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