毎週課題

「おはよう」

「うん、おはよう」


 朝、着替えを済ませて朝食を取るために宿の自室のドアを開けると、目の前には赤い髪の猫耳の美少女――ラグナが腕を組んで仁王立ちしていた。

 朝食を取るために下の食堂へ向かう間、ラグナは俺の袖口を軽く摘まんでいた。


 朝食を取り、学校へ向かう。

 昨日は入学式だったから、ちゃんとした登校は今日が初だ。俺はラグナに手を繋がれながら学校へ向かった。しかし、その間ずっと無言だった。

 ラグナはずっと、うーんと唸ったり何か言おうとしてはやめたりしている。


 ……きっと、昨日ラグナの前でレイナとキスをして。そのまま俺が宿の自室に帰っちゃったことと関係しているのだろう。

 俺はレイナが世界で一番好きだが、ラグナのことも二番目に好きだ。

 そして昨日レイナの許可が出たので、ラグナは俺の二人目の嫁にする予定である。


 だから


「ラグナ」

「な、なによ……」


 ちゅっ……と、ラグナのおでこにキスをした。

 ラグナは顔を赤く染めて、口をパクパクさせる。


「確かにラグナは俺にとって一番じゃないかもしれない。でも……俺はラグナのことが好きだし、大事にするから」

「な、な……ば、ばかじゃにゃいの!?」


 あ、あれ? ラグナがうんうん唸っていたのはキスのことかと思っていたのだが、俺の思い違いだったのか?

 だとしたら恥ずかしいな。俺はとんだ自意識過剰キス野郎となってしまう!


 キャーだの、ふーぅ↑だの、口笛だの。全ての環境音が俺のミスを茶化しているかのように思えた。……と、それで周りを見て気付いた。

 これ、茶化してるわ。ミスを、と言うよりラグナとのキスを。

 ……確かに、人目のある教室で安易な口づけをした俺は馬鹿者なのかも知れない。


 まあでも、こうして人前でキスをしておけばラグナが可愛いと言ってもちょっかいをかけてくる人は減ってくれるだろうし、何より俺がしたかったし、まぁ良いかとも思う。


 その理屈だとレイナにした方が良いのかもだけど、レイナと俺では今のところ身分の差もあるし、人目を憚らずレイナといちゃいちゃ出来るようにするため、早く婚約を復縁させたいものである。


 そんなことを考えながら、恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして髪の毛を逆立たせるラグナの頭をなでなでした。

 少しムッとした顔をしたので、顎の下を撫でると気持ちよさそうに目を細めだした。猫だな。完全に猫の挙動である。


 猫は上から撫でると圧迫感を感じて不快に感じる習性があるらしいので注意だ。


「おい、農民。農民の分際で随分と楽しそうだな」

「……えっと、何?」


 英雄学園の生徒とは思えないでっぷりとした体型、不細工な容姿。がらがらの声で威圧するように俺たちの元へ歩いてきたそいつはポンとその重い手を俺の頭に乗せ、顔を近づけて威嚇してくる。


「俺はこのゴミみたいなEクラスで頭を張る者だ。よってその農民もその女も、このクラスの奴らは全員俺の奴隷みたいなものだ。女、ちょっとこっちに来い」

「はぁ?」


 そいつの言葉にラグナは心底不愉快そうに眉を潜めた。

 上から圧迫感を与えられて不快に感じるのはなにも、猫だけの習性ではないらしい。現に人間である俺も結構不快なのだ。

 歯を磨いていないのか、息も臭いし気分は最低最悪である。


「はぁ。Eクラスで頭って……お前『職業』は?」

「はっ、農民とは比べるまでもない超高貴な職業だ。聞いて驚け? 俺の職業は『聖司祭』だ!」

「うわっ……」


『聖司祭』……JROでは、出た瞬間リセマラ推奨と言われるほどの大ハズレ職。

 この職業の何が弱いって、攻撃力に大幅な下降補正が掛る上に武器が殆ど装備できず、おまけに使える魔法が回復魔法とバフだけなのだ。

 ……つまり、敵を一切殴ることが出来ない職業なのである。


 基本的に殺られるまえに殺るが強いとされる『JRO』で殴れないというのは非常に致命的。何より回復やバフはアイテムや、その他職業のスキルでも代用が効くことが多いのでマジで使い勝手が悪いのだ。


 ただ、それはJROの話でこの世界ではヒーラー職の待遇はかなり良い。

 何でも神の加護を得ているとかなんとか、割とふわっとした理由で実力がない割にはやたらと好待遇を得られやすい職業でもあるのだ。

 なのに、Eクラスにいるって言うことは


「聖司祭なのにEクラスって……さては『筆記』も『実技』もボロボロだったな?」

「なっ!?」


 実技は、攻撃力に下降補正が掛る都合上仕方ないとは言え……こいつ、勉強もしていなかったのか。まぁ、これまでの言動やその顔立ちから知能レベルの低さは滲み出ていたけど。

 聖司祭は俺に図星を突かれたような表情をしていた。


「な、なんだと? 俺がその気になれば『聖司教』のお父様に言いつけて、お前を破門にして貰っても良いんだぞ?」

「へぇ、格好良いっすね。その年にもなって、口論に負けたらパパに言いつけてやるなんて。俺だったら恥ずかしくて言えないわ」

「ぐぬぬ……表出やがれ! お前なんかぎったんぎったんにしてやる!!」

「はいはい、やめろー底辺共。醜い足の引っ張り合いをするなよー」


 顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒り狂う聖司祭にうんざりしていると、昨日のEクラスを死ぬほど見下していた先生が手を叩きながら教室に入ってきた。


「ちっ、命拾いしたな」


 命拾いも何もないけど。


「何なのよあいつ、マジでムカつくわ!」


 ラグナが俺の代わりに怒りを示してくれたので、俺はラグナの顎の下を撫でながらまぁまぁと宥める。


「クソ農民。ここは教室だから、遊ぶのを止めろ」

「…………」

「チッ」


 俺は適当に頷き、ラグナは舌打ちをしながら先生の方を向いた。

 先生は露骨に大きなため息を吐いた後に、黒板に何かを書き始めた。


「入学案内の時も説明されていたが、底辺のオマエらはそんな話一々聞いていないだろうし、もう一度説明するが、この学園には毎週課題というものが存在する。

 それをこなせなかったら減点されるし、逆に達成にもE~Sでランク評価され、ランクで高い評価を収めれば底辺なオマエらでもDクラスに移るくらいは出来るかもしれないぞー」


 教師が一々ウザいことを言っているが、実際そう言う制度があると入学案内で聞いた。俺はとりあえずこの毎週課題で、次の学期までにレイナの居るSクラスに移れるように頑張りたいと思っているが……


「さて、今週の毎週課題は魔物の素材回収だ。Eクラスのゴミクズであるオマエらのためにスライムの魔核程度の難易度から存在しているぞ-。

 因みに三年生のSクラスともなればAランクのサラマンダーの爪とかも採集したり出来るようになるが……まぁド底辺のオマエらには関係ない話だったな!」


 それだけ言って「俺は確かに伝えたから、最低限提出だけはしろよ」と言い残してわははと笑いながら、教師は去って行った。

 そしてそれと入れ替わるように俺の席の前にさっきの聖司祭がやって来た。


「おい」

「…………」

「おい、農民。今週の毎週課題で勝負しないか?」


 聖司祭は無謀にも、俺に毎週課題でのスコアアタック対決を俺に仕掛けてきた。

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