二人目の嫁と英雄の素質

 職業差別――基い『職業』による格付けはこの国の階級制度の根幹の一つであり、文化でもある。『農民』が軽視される理由はそれでも尚不明だが、それを考えるなら学園長は俺の成績がどうであれSクラスに入れるなんてことは出来ないし、寧ろ、入学を認めてくれたことを感謝するべきなのかもしれない。


 しかしそれ以上に感謝すべきは俺の実力を知り、認めた上で、他者を顧みず俺のために学園長へ抗議してくれたレイナと、後は俺が直談判するときに何だかんだついて来てくれたラグナにだろう。

 俺には勿体ないくらいに良い女の子たちである。


 ただ――


「ところでハイト、そちらの獣人族の方の紹介をしていただいても?」


 レイナの質問。今は婚約者関係が解消されているとは言え、いつかは復縁し結婚しようと思っている相手なのだ。

 ラグナのことはちゃんと説明する必要があるけど、なんて説明したものか。


 どうやって誤魔化すか……少し考えてみるけど、上手く誤魔化せるビジョンが見えなかった。俺は建前や嘘を吐くのが苦手だった。前世で対人コミュニケーション能力がずば抜けて低かった俺はこう言ったときの対応能力も低いのである。

 それに嘘はいつかバレるものである。特にレイナは俺のことを他の人より理解しているから俺の嘘なんてすぐに見抜くだろうし、何より俺もレイナに嘘や誤魔化しを通せば死ぬほど後悔するだろうと思い直した。


 だから……


「えっと、彼女はラグナです。ラグナ・プシーキャット。……諸事情あって――」

「――ハイトは強くて格好良いから将来的に二番目のお嫁さんになりたいと思っているわ」

「え?」

「ふん。正妻の顔を立てるのも獣族のレディの作法なのよ」


 ラグナは憮然とした表情でそう言った。


「そうなんですね。私はレイナ……レイナ・ハーメニアと申します。私は故あって、今はハイトをあまり支えられないので、私の代わりにハイトをよろしくお願いしますね」

「勿論よ、任せなさい!」


 対するレイナも、ニッコリと柔和な笑みを浮かべて対応する。


「え? いや……え?」

「ね? 言ったでしょ? ハイトくらい強い男なら女の一人や二人増やしても、文句を言う女なんていないって」

「……いや、それは言われたっけ?」


 強いオスがメスがどうのこうのと言われた記憶しかないけど……。

 でも……


「その、俺がこう言うのも何だけどレイナは嫌じゃないの?」

「……そりゃ、嫌じゃないと言われれば嘘になりますけど。でも、英雄色を好むとも言いますし、ハイトくらい強くて体力があって格好良い殿方なら、妾の五人や十人連れてくるくらい想定の内ですから」

「いや、流石にそこまでは……」


 ないと思う。ラグナをレイナに紹介している時点であまり強く言い返せないけど。


「それに、私一人だけを愛して欲しいってのもワガママですし。優秀なハイトの種をより多く後世に残せるようにすることもまたハーメニア王女の務めだとも思います。

 ただ……出来れば私を一番に愛していただけるとスゴく嬉しいです」

「そ、それは勿論! ……今の俺が言っても説得力ないかもだけど、でも本当にレイナが一番好きで……初めてはレイナが良いから、レイナとするまではラグナとはしないって決めてて……」


 そう、焦ったように言う俺にレイナはくすりと少し嬉しそうに笑った。


「そうですね。でも、ハイトと一緒に居て何もないって言うのもラグナさんが可哀想ですから……」


 そう言いながら、レイナは俺の身体に両手を絡ませて顔を俺の方に近づけてくる。


 大きく育ったレイナのお胸が俺の大胸筋に押し潰され、レイナの唇は深く俺の唇に押しつけられた。


「……んむっ!?」

「んっ……」


 十秒か、百秒か。途轍もなく長く感じられる時間、俺とレイナは口で繋がっていた。頭の中がレイナで塗りつぶされる。レイナでいっぱいになる。


「ぷはっ」


 ……俺はキスをしたのか? キス、されたのか?

 そのことに戸惑い、俺の頭は霞が掛ったようにもやもやしていた。咄嗟に起こったこの現状に脳が反応し切れてなかった。


「これでハイトの初めては私が貰いましたので、ラグナともその……しても、大丈夫良いですよ?」

「……う、うん」

「でもラグナにかまけて、私のことをハイトが忘れるようなことがあったら私は哀しくて泣いてしまいます」

「う、うん。肝に銘じておきます」


 それだけ言って、レイナは足早に去って行く。

 レイナはスゴく大人っぽいことを言っていたけど、耳は千切れそうなほど赤く染まっていた。きっと恥ずかしくって、それでも勇気を振り絞って俺にキスをしたのだろう。


 何年かかるか解らないとか言ってられない。

 一秒でも早く、レイナを迎えに行かなければ……婚約者の関係に戻って、ちゃんと嫁にしなければと、俺の決意を更に固くする。

 その硬さたるや、レイナのキスで戦闘モードに突入した下半身を凌駕する程だ。


 俺は真っ白になった頭のまま、僅かな理性を振り絞って一緒に居たラグナを置いて自分の宿の部屋に駆け込んだ。

 何をするためって? ナニをする為である。


 レベルが上がり体力も増えた影響か、或いはレイナのそれがヤバかったのか。二度や三度じゃ収まる気配を見せなかったことは言っておく。


 あとラグナには明日にでも、ちゃんと埋め合わせをしよう。

 俺はレイナが世界で一番好きだ。でも、ラグナが世界で二番目に好きだから、両方大事にして二人ともまるっと幸せにする。


 世界最強を目指すなら、好きな女の子の二人くらい幸せにしてみせる甲斐性がなければならないだろうしね。


 そのためには一日でも早くレイナを俺の嫁にして、そしてレイナの後にラグナも嫁にする。レイナには認められたし。

 思い返せば、アルジオとかも何気に妾が五人くらいいた気がするし、前世日本人だった俺だから複数人の女の子となんて……と思ってしまうが、ここは異世界なのだ。


 世界が違えば常識や文化が違うのも当たり前。一夫多妻だって珍しくないのだろう。英雄色を好むとも言うし。

 でもだからこそ、レイナとラグナ。とても魅力的な女の子二人に見合うだけの男に俺はならなければならないと思うのだ。


 前世の俺なら不可能だった。

 レイナやラグナみたいな魅力的な女性には見向きもされないどころか、知り合うことすら出来ないような奴だった。


 でもこの世界なら。前世やりこんだ、誰にも負けないと自負できる領域まで極めたJROが元となったこの世界なら、出来る。


 俺は世界最強になって、レイナとラグナの二人を幸せにしよう。

 俺は自分自身に改めて誓いを立てた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る