実技試験と『農民』の実力
英雄学園の実技試験は六人一組に別れてからの総当たり戦である。
一試合の時間は平均五分程度。
六人一組だし、二人ずつ三組に別れてそれぞれ戦えば良いのに、レイナの意向か、この状況を面白がっているのか。他の人たちも、俺とレイナの騎士エレンが対峙するこの試合を観戦するつもりのようだった。
エレンはミスリルで出来ていそうな真剣を構えている。
対する俺は右手に鉄製の鎌、左手に鉄製の鍬を構えていた。……傍目から見れば、割とシュールで面白いかもしれない。この状況。
「……なんだ、その武器は。舐めてるのか?」
「農民だからね。これが最強装備なんだよ」
「そうか。舐めた口を利いたこと、後悔させてやるぞ!」
エレンは踏み込んで、ゆっくりと袈裟懸けに斬ろうとしてくる。遅いなぁ。まぁ職業を得たてだし、今のエレンは下手すりゃレベル10も越えてないだろうからなぁ。
俺は軽く脇に逸れ、エレンが振り落とした剣に鎌を軽く振り下ろした。
「『魔纏』からの『草刈り』」
キィィン、と甲高い音を立ててエレンはミスリルの剣を落とす。
そのまま俺は鎌の刃先をエレンの首筋に押しつけた。その気になればエレンの頸動脈を切れる状況に、エレンは硬直する。
落ちている剣を見てみると、半分だけ鎌の切り口があった。ここまで切れれば、剣は破壊されたに等しいと言えるだろう。修理が大変そうだ。
あまりにもあっけなく勝負が決まったせいで場には微妙な空気が流れていた。
「この試合は俺の勝ちで良いですよね?」
「え、あ。あぁ。ハイトくんに白星一つ。エレンくんに黒星一つだな」
俺はその言葉に鎌を下ろし、エレンは自信を失ったような表情でレイナの元へとぼとぼと戻っていった。
「申し訳ございません、レイナ様」
「……エレン。そう気を落とすことはないわ。ハイトは五歳の時には既に見習いの騎士を圧倒する実力があったと聞くし、今のハイトにエレンが勝てないのは仕方がないことなのよ」
レイナはエレンに励ましなのか追い打ちなのかよく解らない言葉を優しく投げかける。エレンはそんなレイナの言葉に泣いていた。
負けて悔しいのか、情けなくて哀しいのか。エレンの心情は解らないけど、あそこまであっけなく勝利したのは流石に大人げなかったかもしれないと反省する。
「ハイト。相変わらず……いえ、以前にも増して強くなったようですね」
「まあね。でも、レイナも強くなったんでしょ?」
エレンをコテンパンにしたからか。今レイナを呼び捨てにしても咎める人は誰もいなかった。レイナは少し楽しそうに、笑っていた。
「ええ。今日こそはハイトをコテンパンに叩きのめして上げますわ!」
「……今のレイナ、凄く強そうだしお手柔らかにお願いしたいんだけど」
「冗談を!」
言うや否や、レイナは薄金色に輝く大剣を振りかぶってくる。
「……ぶねっ!」
俺は咄嗟に大きく下がって避けた。素早さに下降補正が掛るってなんだったんだよ? めっちゃ速いんだけど!?
いや、勿論武器を振り下ろす速度は素早さではなく攻撃力に左右されることを解った上で言っているんだけど。しかし、この剣速だったらレイナが遅いとかそんなデメリットも最早全然感じさせてはくれなかった。
これで雷龍がいないというのだから、竜騎姫マジでやばいな。でも……
「『耕耘・レンコン畑』」
俺は地面に左手の鍬を突き刺し、レイナの足下を膝上まで行く深さの泥沼を形成する。今のレイナは所詮雷龍もおらず、武器も雷剣ではなくオリハルコン製の剣だ。
オリハルコンも十分強い装備だが、それでも攻撃力依存の電撃が飛んでこないレイナはまだそんなに強くない。
「『種付け』」
俺は適当な種をパラパラとレイナを足止めするレンコン畑の土壌の上にまき散らして、即席の藪を作った。レイナは一時的に身動きできなくなる。
「こんなもの!!」
レイナは大剣を振り回して草をなぎ払った。……やっぱアレがないと弱いな、種付けの魔法。しかし俺のレベルは17。『農民』はレベル15になると新たに一つの魔法を修得する。
俺は、未だにのっそのっそと大剣を振り回しながら泥沼のレンコン畑から脱出しようとしているレイナに左手を翳した。
「レイナ、知ってるか? 『農民』は普通に殴り合ってもそれなりに強いが、魔法だってそれなりに使えるようになるんだぜ?」
「魔法? 『農民』の魔法なんて聞いたことないですけど」
まぁ、そうだろう。貴族や王族は農民を差別する関係上、農民についてあまり教えて貰えないし、それに……調べて知ったんだけど、この世界の『農民』の一般人たちはMPの最大値がとても少ないらしい。
だから、覚えても魔法を使う機会は中々来ないのだとか。
しかし、俺は違う。JROの知識を駆使して、MPも魔力もちゃんと鍛えてきた。
「稲が実る頃、それを知らせるように地に降りてくる神の轟き。それは『稲妻』!」
「あんっ!」
バチッ! 細い火花のようなものが、レイナに突き刺さった。レイナは妙に艶っぽい悲鳴を上げる。農民が覚える初級の雷属性魔法『稲妻』
その電圧は1万ボルトいくかいかないか。ダメージは裁縫針でうっかり指に刺さった時並の痛みを与える程度。
参考程度に、スタンガンが5万~100万ボルトくらいらしい。
JROでも弱すぎてなんの使い道があるのか解らなかったその魔法は、レイナにちょっと艶っぽい悲鳴を上げさせた程度で、殆ど効果がなかった。
レイナは少し顔を赤く染めながら、咳払いをする。
「……ハイト、なんですか? この魔法は?」
「……一説によると、これくらいの電撃を浴びせるとシイタケの栽培が促進されることがあるらしいよ。その為の魔法なんじゃない?」
「……そうなんですか」
日本では、シイタケ工場では実際に静電気を浴びせる工程もあるらしい……ってJROの考察班が言ってた。
だからレイナ。そんな白い目で俺を見るのはやめて欲しい。
レイナは呆れたようにやれやれとため息を吐いて、俺の方に歩み寄ってきて……そのまま、大剣を振り抜いた。俺は躱して、ヌルリとレイナの後ろに回って、レイナの首筋に鎌の刃をそっと当てた。
「……今日も、負けですか。悔しいですね」
「でも、最後の一撃はマジで良かったと思うよ」
マジで不意を突かれた。対人戦においては、如何に相手の注意の間隙を突けるかが勝敗を分けるからな。そこに卑怯なんて概念は存在しない。
レイナは偶にこう言うことをしてくるから、面白いのである。
「先生。私の負けなので……」
「あ、あぁ。れ、レイナ様までも黒星。『農民』って言っても、侯爵家の麒麟児は健在じゃないか……」
教官はそう呟いて、俺の方を見て来る。
最早、この場にいる誰しもが俺を『農民』だからと言って馬鹿にしてくるような雰囲気ではなかった。
何せ、エレンどころかレイナにすら勝って見せたのだ。
JROの情報を知る限り、今年度の英雄学園の新入生にレイナより強いキャラなんていなかったし、そのレイナを倒した今、最強の新入生は間違いなく俺なのだから。
その後も、他の三人と戦ったがあっけなく全勝して終わった。
因みに、レイナとエレンの戦いは割と圧勝の形でレイナが勝っていた。
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