レイナの想いとハイトの決意
「ハイト・デュークハルト様。貴方様の職業は――『農民』です……」
聖堂で大司教の声が聞こえたとき、私は嘘だと思った。ハイトの『職業』が『農民』なんて……。
ハイトと出会ったのは、私が5歳になるときだった。
当時の私は、行くところ負け知らずで正直私が同年代で最強なんじゃないかって思っていた。そんなある日こんな噂を聞いた。
私と同じ年で騎士を圧倒する程に強い男の子がいる、と。
正直嘘だと思っていた。でも、もしそうなら会ってみたい。
そう思っていた矢先、私から何か言う前にお父様が複雑そうな表情で告げた。
「レイナ。来週、デュークハルト家の長男とお見合いを行うことになった。噂が誠なら王家に取り込んでおきたい逸材なのだ」
そして、一週間後。遠目に見えたハイトはどこからどうみても普通の子供だった。正直弱そうだと思った。私より弱いなら、お見合いは蹴ってやろうとも思っていた。
でも、ジークとの戦いでハイトは豹変した。
閃光よりも速い速度で空中すらも縦横無尽に駆け回り、見て解るほどに重い攻撃をジークの首筋に的確に当てようとしていた。
あの動き、あの重さ、あの速さ。もしジークが鎧を着てなくて、ハイトの武器が真剣だったなら大怪我をしていたかも知れないと、後にジークは語っていた。
実際その後、私も手合わせをして貰ったのだけど結果は完敗だった。
試合自体は少し拮抗しているようになっていたけど、ハイトの動きはジークと戦ったときよりも遙かに鈍く遅くて、手加減されているのは明らかだった。
私相手に手加減できる程の余裕を持つ、同い年の強者。私はハイトと出会って、剣を交えたその日に私は、きっとこの人と一生を共にするのだと思った。
だから、ハイトの隣に並び立てるように。ハイトが弱ったときは私が手を取れるように強くなりたいと思ったのだ。
◇
ハイトが『農民』なんて、最底辺の職業を取ったと聞いたとき信じられないと思った。でも、それ以上に信じられないのは『農民』と言い渡された後にハイトがホッとした表情を見せたことだ。
ハーメニア王国は職業至上主義の王国だ。
貴族は優秀な『職業』を確実に得ることによって平民よりも偉いのだと言っている以上、貴族が弱い職業を会得することは認められない。
だから、私は『竜騎姫』というこの国の王女として相応しい職業を得られたことでホッとした。
しかしハイトが得たのは『農民』だった。
そして、その後も変だった。
デュークハルト侯爵がハイトに勘当を言い渡したときも、ハイトは意味が解らないと言わんばかりのキョトンとした表情を見せていたのだ。
まるでハイトは『農民』が『竜騎姫』に引けを取らない強い職業であると思っているかのように見えた。
そしてハイトは昨日まで私よりも遙かに強かった。
ついぞハイトがジークと戦った時のような全力を一度も見せてはくれなかった。勿論、私が弱かったからなんだけど。
だけど、私は思うのだ。ハイトなら……と。
確かに、一般的に『農民』は弱いとされている『職業』だ。でも、同じ『剣士』でもそれぞれに素質があって強さが違うように、強い『農民』と弱い『農民』が居るはずなのだ。
その『農民』に就職した人の中で、ハイトほどに素質を持った人間が歴史上一人でもいたのだろうか?
少なくとも私は知らない。
だから、私は興味があった。ハイトなら『農民』と言う職をどうやって活かすのかと。
しかし私はハーメニアの王女だ。
公の場で『農民』を擁護するような言葉を言えば、この国の政治を揺るがすことにも繋がるし、黙っているしかなかった。
でも、それでも……。
いや、それも少しだけ違うか。
結局私は、あの日ハイトに手加減をされて負けてしまったあの日からハイトに惚れてしまっていたのだ。だから、今更「婚約破棄」とか言われてもスゴく困るのだ。
私は『就職』を済ませた人たちの記念パーティを抜け出して、ハイトの後を追った。
どこに行ったのかはなんとなく解る。
もう十年以上の付き合いがあるのだから。私とハイトは、十年以上フィアンセの関係にあったのだから。
◇
俺の職業が『農民』だと発覚した瞬間に、俺は実家を勘当されレイナとの婚約は破棄されてしまった。……辛い。
この国が『職業』を重んじる国なのは知っていたけど、まさか『農民』が軽んじられているとは思わなかった。アルジオ、てめーが毎日食べてる肉も野菜も全部『農民』の人たちが作ってるんだぞ!
なんなら服の材料も、農民の人が作っていることが多いし。兵士の職業だって『農民』が一番多いのだ。
圧倒的大多数を占める『農民』
全職業の中では性能もそれなりに優秀な方だし、レベル上限が存在しないことを加味すれば間違いなく最強の職業なのに。
なんでなんだよ~~!!
一文もないし、住む場所もないし。どうしたものか。
一応冒険者の資格はあるし、明日からはそれでなんとか生きていくしかないか? ただ、レイナとの婚約破棄がショックすぎてやる気が全然出ない。
いや、でもレイナも俺みたいなクソ野郎と結婚するより他のもっと根明な奴と結ばれた方が幸せなのかもしれない。
考えれば考えるほど、俺の気分は鬱屈としていった。
「ハイト!! やっぱりここに居た!!」
……レイナのことがショックすぎて、レイナの声の幻聴まで聞こえてくる始末。なんて女々しいんだ、俺は……ん?
ふてくされて仰向けで寝転がる俺に、レイナが馬乗りになるように乗ってくいっと顔を近づけてくる。
人肌の体温と、それなりの重さが俺の腹にのしかかる。
目が覚めるほどに整った顔立ち。……本物? いや、流石に本物だな。と言うことは……
「俺のことを探しに来たのか?」
「そうです! ……私は、王女としての責務があるのであんまり長居は出来ないんですけど……それでもハイトにどうしてもお願いしたいことがあって、ここに来ました!」
「お願いしたいこと?」
なんだろう。今の俺に出来ることなんて限られているけど……
「私を、もう一度婚約者として迎えに来てください!」
「迎えに?」
「そうです! ……私は、王女としての身分を捨てるだなんて無責任なことはしたくありません。でも、それでも私はどうしてもハイトと結婚したいんです!」
その言葉に脈拍が上がる。跳ねる心臓の音は、俺の腹の上に乗っているレイナにも聞こえて居るだろう。いや、聞こえて居ないかもしれない。
レイナは耳まで真っ赤に染めるほど、照れていた。可愛い。
「……そ、その。なので、ハイトが一人の男として大きくなって。それでまた、私を花嫁に選んで欲しいのです……」
尻すぼみになりながらも、レイナは。レイナは……。
俺の中には色々な気持ちでいっぱいになっていた。
俺はなにを気落ちしていたのだ。レイナはここまで俺にしてくれて。俺は、前の人生でもこの人生でも、ここまで人にむき出しの好意を向けられたことはなかった。
その事実が嬉しくて、こそばゆくて。なにより、その手があったか! と目から鱗な気持ちになっていた。
だって、俺の目標はこの世界『最強』なのだ。
最強なら、好きな女くらい力づくでものにできて当然だろう。
「……何年かかるか解らないけど、三年以内には迎えに行くから」
「はい! 待ってますね!」
レイナははにかんで、それから小走りで俺の元から去って行く。
元気を貰ったやる気が漲ってきた。
俺の最終目標は世界最強。でも、その前にとりあえず――レイナとの婚約を修復しに行きますかね!!
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