就職の儀と勘当

 JROではチュートリアルが終わった直後に。

 この世界では十五歳になった瞬間――正確には数えで15歳になる年の三月に、教会にて初めての『職業』が取得出来る。

 所謂、『就職の儀』の日付はまさしく今日だった。


「ハイト、今日は待ちに待った『就職の儀』の日ですね! 私、緊張のあまり昨日は殆ど寝付けませんでした」

「それは、俺も同じだよ」


 マジで、楽しみ過ぎて目が冴えて眠れなかったのだ。


 レイナはJROの通りなら恐らく『竜騎姫』を取る。

 しかし、俺は……ハイトは、JROでは登場していなかった人物だ。ふたを開けてみるまでなんの職業か解らない。それが楽しみで仕方がなかった。


 俺のファーストキャリアはどんなものになるのだろうか?

 JROは物理偏重だから、攻撃に熱い剣士系か耐久に熱い騎士系、その中間くらいの性能をしている戦士系辺りが良い。

 でも、一応魔力も鍛えているのでせめて攻撃寄りの魔法職ならギリ耐えだ。


 呪術師や僧侶はハズレ枠。サポートに徹するしかなくなるから、絶対になりたくないがこれは祈ることしか出来ない。


 でも、大丈夫なはずだ。

 JROの『就職の儀』は、百種類以上ある職業からランダムで一つの『職業』が与えられる始まりのイベントだが、サポート系の排出率は低めに設定されていた。

 それに検証はしてないけど、就職の儀で与えられる職業はある程度チュートリアルで行った行動に基づいて反映されるらしい。


 俺はごりごりに殴る方を鍛えていたので、きっとアタッカー職になれるはずだ。


 サポート職に就くとレベリング効率がかなり下がる。攻略wikにも呪術師や僧侶が出たらリセマラが推奨されるくらいには弱いのである。


「ハイトならきっと素晴らしい『職業』を得られますよ」


 どうだろうか。流石に『竜騎姫』を越える職業でファーストキャリアを築けるとは思えないけど。でもまぁ、成長値は全てカンストさせたし、レベルも上げるだけ上げたのだ。俺はやれることは全てやった。


「それは、女神様のみぞ知ることだね」


 この世界ではJROと違ってリセマラ出来ない。それでも、今日ばかりは職業を与えてくれるとか言う女神様に祈らざるを得なかった。



                    ◇



「レイナ・ハーメニア様。貴方様の職業は『竜騎姫』です」


 うぉぉと、会場の声が湧き上がった。

 伝統的に『就職の儀』を執り行うのは、通称『ジョブリク教』

 侯爵家の長男である俺や、王女であるレイナは『ジョブ・リクルート教会ハーメニア王都支部』にて職業を得るのだが、今年15歳になる貴族の中で最も家格の高いレイナが最初に職業を授かった。


 正直、今年はこれ以上良い職業が出ないと思う。

 それほどまでの強い職業にある者は畏怖し、ある者は尊敬のまなざしを向け、ある者は羨望している。


 ファーストキャリアは所詮ファーストキャリアに過ぎないが、しかし人生をそれなりに大きく左右する出来事であるのも事実だ。

 そこで強い職業を引ければ、将来が有望であることだけは間違いない。


「ハイト! やりました!! 私『竜騎姫』でした!」

「へー、おめでとう」

「あれ? 思ったより反応が薄いですね」


 まぁ、俺はJROでのレイナの職業を知ってたし。

 その通りに職業を得たな~くらいの感想しか抱けないわけで、それ故に反応がどうしても淡泊になってしまっていた。


「ハイト・デュークハルト」


 そうこうしていると、すぐに俺も名前を呼ばれてしまう。

 俺は侯爵家の長男だ。今日『就職の儀』に来ている15歳の中では三番目くらいに家格が高い。レイナが『職業』を得れば、俺もすぐ後に順番が回ってくるわけだ。


「あれが、噂の侯爵家の麒麟児」

「ええ、或いはレイナ様より凄まじい『職業』を得るやも知れませぬ」

「となると『英雄』もしくは『勇者』くらいしかないんじゃないか?」


 ひそひそと貴族たちの噂話が聞こえてくる。英雄、勇者か。サードキャリアくらいにその職業に就く人はいるけど、序盤だとレベルが上がりづらかったり、スキルの一つ一つのMP消費が多すぎるからあんまり強くなさそうだな。


 個人的にはレベル30で、通常攻撃に5%の即死が付与される『滅殺』が修得できる『忍者』か、レベル25で通常攻撃に相手に与えたダメージの3%HPを回復出来る『吸生』が修得できる『狂戦士』あたりが理想だが、まぁアタッカー系なら大体適当に殴ってれば強いし割と何でも良い。


 さて、俺の職業は――


「ハイト・デュークハルト様。貴方様の職業は――『農民』です……」


 大司教が告げると、場がシンと静まりかえった。


 農民。農民か。悪くない。そこまで悪くないな!

『農民』は敏捷以外の物理的ステータスに極小の補正が掛る『職業』だが、他の戦士系などと違って魔法的ステータスや敏捷などに下降補正が掛らないと言う特徴がある素人向けの癖がない職業だ。


 JROではリアルな中世世界を再現したかったのか、ファーストキャリアの職業ガチャで得られる確率が脅威の40%となっている一般的な職業でもある。


 スキルや魔法もそこまで悪くはないし、何より農民は他の職業と違ってレベル上限が存在していない。(因みに英雄や勇者の上限は100)

 故に、一般的なJRO廃人は色んな職業を経てレベルをカンストさせたら、最後にまた『農民』になると言うルートを取ることが多いし、俺も死ぬ前のメインロムは当然『農民』だったけど……


「ば、馬鹿者! 見損なったぞ、ハイト!!」


 教会の『就職の儀』を行っていた聖堂に、アルジオの怒鳴り声が響き渡った。


「よりにもよって『農民』ってなんだ? 貴族として、侯爵家として、そんな下賤な職業を取るなんて、この父に恥を搔かせるか!!!」

「え? いや、え??」


 JROが元になった世界なんだし、全人口の4割のファーストキャリアは農民でしょ? それに


「お、お父様。なにをそんなに怒っておられるのですか? 別に良いじゃないですか、農民でも。レベルを上げて『転職』してしまえば良いだけですし」

「『転職』? なにを言っているのだ、お前は。女神様に与えられた『職業』だぞ! 『職業』を変えるなんて、そんなこと出来るはずがないだろう!」

「え?」


 マジで? と言った目をレイナに向けると、小声で「私もその『転職』の話は聞いたことがありません」と教えられた。

 え? 転職できない? そう言われて思い立つ。そう言えばJROの『転職』は課金しないと出来ないコンテンツだった。そしてこの世界は現実。日本円で運営会社に課金するだなんて芸当は出来ないのだ。


 ……となると……危ねー!! レベルキャップのない『農民』引いてなきゃ、最強になれなくなるところだったじゃねーか!!

 何? 6割の確率で爆死してたってこと? 危なすぎだろ……。


 しかし、もう一つ解せないことがある。それは、アルジオが怒り、それ以外の貴族たちは冷ややかな目で俺を嘲笑するようにこそこそと話しているのだ。

 もし、転職システムがないのだとしたら普通に考えて『農民』は大当たりだろ。


 確かにレベルが低い頃の『農民』は補正値の低さや、やや少なめのスキルや魔法のレパートリーに不便を感じないこともないけど、それでもレベル100を越え始めたら補正値の多少なんて最早どうでも良くなるし……。


「――当だ」


 うんうんと頭を悩ませていると、アルジオが告げる。


「お前は勘当だ、ハイト!! 『農民』が如き下賤な職業の輩が代々受け継いできた誇り高きデュークハルト家の名を名乗ることなんぞ許さんぞ!」

「そうだな。ハイトよ。デュークハルト家を勘当されたなら、貴様は最早家柄もなき平民に等しい。それに朕もただの農民風情に愛娘をくれてやるつもりなど毛頭ない。今このときをもって、レイナと貴様の婚約は破棄されるものとする!」


 そんなアルジオの言葉に被せるように、ハーメニア王も続けた。


 勘当? 婚約を破棄?

 ……意味が解らない。俺は動揺と困惑のままにレイナの方に目を向ける。レイナは俯いたまま、だんまりを決め込んでいた。


 理由は解らない。


 しかし俺はこの日『農民』という『職業』を得たことが原因で、デュークハルト家を勘当され――つまり衣食住を失い、そして何よりもレイナとの婚約が破棄された。

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