初めてのレベリング

 レイナと婚約してから、五年の月日が流れた。


 この五年間は、相変わらず成長値を上げるのを日課にしながら、スキルを得るべく剣術の稽古を頑張ったり、この世界とJROの攻略情報の差異や共通点を知るべく、読書に励んだ。


 JROガチ勢としてこの世界に転生したのだから最強になりたい! と言う思いは未だに冷めないが、それでも俺は前世、飽き性で何をやっても長続きするような人間ではなかった。

 剣術は疲れるし、成長値を上げる行為はそれなりに面倒くさい。


 それでも5年間、俺が何だかんだ努力を続けられたのはレイナが居たからだと断言できる。


 JROにおけるレイナ・ハーメニアは作中でも屈指の物理ステータスの高さを誇る強キャラだ。そんな彼女は強く、好戦的で、そして負けず嫌いだった。

 故に、この5年間何度も模擬戦を挑まれて。何度も負けそうになった。そして、負けそうになる度に何度も冷や冷やさせられた。


 ……なんとなく、一度でも負けるとレイナに愛想を尽かされる気がするのだ。婚約が解消されるような気がするのだ。今まで一度も負けたことがないから、俺の思い込みかもしれないけど。

 それでも俺は確かに、レイナに「どうでも良い存在」だと認識されることに恐怖していた。


 それは模擬戦で勝つ度に、レイナが悔しそうな表情をしながらも「流石私の婚約者ですわね」と、俺を認めてくれるのが嬉しかったからかもしれない。

 俺は――それなりに俺と関わってもなお、俺のことを認めてくれるレイナのことがそれなりに好きなのかもしれない。


 ここは現実だが、JROと言う原作ありきのゲームの世界である。

 その中の登場人物に過ぎないレイナを本気で好きになるだなんて、元の世界の人たちからすれば、俺はどうかしているのだと思う。

 でも俺は、あの世界で人を好きになれたことなんて一度もなかった。


 この世界に生まれて10年。レイナと出会って5年。

 最近俺はふと思うのだ。前の世界は赤子の頃に俺が見た夢幻なんじゃないかって。目つきが気に入らない、態度が苛つく、言葉遣いがなっていない。親や教師が俺の一挙手一投足の全てを根っこから否定してきて、そのせいでいつしか他人と話すのが苦手になっていた前世は、ただの悪夢に過ぎなかったんじゃないかって。


 俺はようやく夢から醒めたのか。或いは転生したのか。

 再び元の世界に戻る方法がない現状ではそれを確かめる手段も、証明する方法も存在しない。


 でも……


「レイナ。俺、もっと強くなるから。レイナに負けない間くらいは俺の婚約者でいてくれるか?」

「安心してください。私の方が強くなっても、ハイトは私の婚約者ですわ」


 そっか。そう言われて少し安心すると同時に、俺はそんな強くて優しいレイナに不釣り合いだと思われないためにも、最低限、この世界最強の男にくらいはならなければならない、と思った。


「寧ろ、私の方が強くなってハイトを思う存分可愛がってあげる所存なので、安心して負けてくださいまし!」


 そう言うなり、レイナは俺に思いっきり木剣を打ち付けてくる。俺はそれを五年前よりも頑強になった魔壁で流しつつ距離を取る。


 前言撤回!

 俺は可愛がられるより、レイナを思う存分愛でたい派なので一回たりとも負ける訳にはいかない。


 なので、そろそろ強くなるためにそろそろレベリングに入ろうと思う。

 最近はJROの時に比べて上がり幅が大きかった成長値も頭打ちになりつつあるし――JROのメインはレベリングだしね!!




                    ◇



 JRO内でそう言った細かい設定は明かされていなかったが、この世界では十五歳になると『職業』が与えられ、一人前の大人として認められるようになる。

 しかし、JROでは『職業』が得られる以前にレベリングが出来る時間が与えられる。――そう、チュートリアルである。


 勿論、この世界は現実世界故にどのボタンを押せば攻撃が出ると説明されたり、目の前にいるモンスターの弱点属性を教えてくれることはない。


 しかし、戦い方は武道として教わるし、モンスターの弱点も学問の一つとして教えられるようになっている。更に、この世界では一般的に子供が十歳を超えるようになるとモンスターを倒させてレベルを少し上げさせる風習があるらしい。


 そこで俺が体感した『成長値』の上がり幅が多く感じたのも、俺なりに考察したのだが、JROにおけるチュートリアル時の主人公の年齢はこの世界基準で10歳以上だったんじゃないかと思うのだ。

 仮にJROのアバターの初期値10歳だとするのなら、そのアバターには10年分の人生があるのだ。成長値もある程度上がった状態じゃないとおかしいだろう。


 つまり、十五歳になって『職業』を得るまでの――特に十歳以降の五年間がこの世界におけるチュートリアルと言えるのでは無いのだろうか?


 もし、そうならこの世界はJROのように既に始まっていると言える。


 そんな訳で俺は、チュートリアルの狩り場に足を運ぶことにした。



                ◇



 この世界では10歳になると、子供をモンスターと戦わせてレベルを上げさせる風習があると言ったが、実際には親なり雇った騎士や冒険者などを同伴させて見守りながら、事前に用意された死にかけのゴブリンやコボルトにトドメを刺すだけの儀礼的なイベントである。


 しかし、JROではパワーレベリング防止のために自分よりレベルが高い人が少しでもダメージを与えたモンスターの経験値は少なくなるように設定されている。

 故に、あの儀式で死にかけのゴブリンを殺しても実際にはレベルは1も上がらないのである。


 一応、貴族の長男坊である俺はその儀式を既に済ませているのだが……あんなの、不完全燃焼どころの騒ぎではない!

 まぁ、ちゃんとモンスターを倒すのなんて強いスキルや強力なステータス補正が掛る『職業』を得てからした方が安全だし効率も良いってのは解るけど……。


 それでも俺は一人のJROガチ勢として『職業』を得る前にもレベルを上げておきたいのだ。可能ならJROのチュートリアルで上げられる限界値のレベル10まで。


 そんな訳で俺は、狩り場に生息するゴブリンとコボルトを家から持ってきた木剣で撲殺していた。


 ゴブリンは身長1mくらいの小人のような魔物だ。

 JROのモンスターのデザインは奇をてらっているわけでもないので、緑色の肌を持つ小汚い一般的なゴブリンだ。

 画面越しだと気にならなかったが、見た目通り臭いがキツいのが難点である。


 それ以外は、JROと殆ど同じで――特に、モーションの大半が突進攻撃のため、自ら木剣に殴られに掛かってくるゴブリンに逆に戦々恐々とする羽目になったくらいで、語ることは殆どない。


 そんなこんなで、俺が15歳になる頃には無事にチュートリアル限界値であるレベル10にまでちゃんとレベルが上がっていた。


 JROにおけるハーメニア王国周辺は強キャラが多いが故に魔物が住み着かず、中盤以降のマップのくせに殆ど魔物が生息していないと言う妙なリアリティを追求した結果経験値効率が他マップに比べても圧倒的に低かったのだ。

 逆にハーメニア王国が所持しているダンジョンとかには、相応に推奨レベル40以上のモンスターが居たりしてちゃんとレベリングできるのだが。


 それもこれも、全ては職業を得た後の話である。


 そして今年で俺は15歳。ようやく『職業』を得られる年になったのだ。

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