模擬戦と幼馴染み兼婚約者

 闇騎士ジーク……対面する銀髪のハンサムな青年は、JROにおけるハーメニアのラスボス的存在だった。

 プレイヤーがハーメニア王国に訪れるとこの青年はある出来事によって闇落ちする。そんな彼と戦い、更正させることによってハーメニア王国の次のマップが解禁されるのだが……今は闇墜ちもしていない普通の近衛騎士だ。


 JROの闇騎士戦の推奨レベルは60だけど、今のジークは闇騎士の時よりは強くないと仮定する。ただ、JROの闇騎士戦は基本的に4人くらいでパーティを組んで挑む想定だが、今回俺は一人。

 となると、推定推奨レベルは60になる。


 しかし俺のレベルは1。ステータスも精々一般職のレベル10程度。


 絶望的なレベル差だ。それでも――


「『魔弾』『魔纏』」


 俺は豆鉄砲程度の威力の魔力弾をジークの顔にぶつけつつ、全身に魔力を纏い身体能力を無理矢理強化させる。

 今の俺のステータスは実質レベル20程度!


「なるほど。面白いな」


 ジークは好戦的に笑って、俺に剣を振り下ろす。


「『魔壁』」


 それは剣を塞ぐためではなく、寧ろ本来は防御に使うはずのその無属性魔法を俺は足下に展開した。魔壁に押し出され、俺は剣を躱しつつ高い場所に飛ぶ。

 壁ジャンプ。普通のジャンプよりやや高く短いモーションで跳べるその技は、JRO廃人なら誰もが出来る小技だ。


「『魔壁』」


 俺は二つ目の魔壁を空に展開した。

 JROには搭載されていない物理エンジン。しかし、この世界には重力や慣性などの物理法則が確かに存在している。


 俺は空中の魔壁を足場にしてそのまま、JROにおける闇騎士ジークの弱点だった部位と同じ場所である首筋を狙って思いっきり木剣を打ち込んだ。

 しかしジークは素早く反応して、木刀は金属の肩当てにて防がれる。


 レベルが、あとレベルが30高ければ鎧ごと貫通できたのに!!


 嘆いても仕方がない。俺の身体は5歳で、俺のレベルは1なのだから。

 カツンと、乾いた音を立て打ち付けた衝撃に俺自身の握力が耐えられず俺の木剣がくるくると回って明後日の方向に飛んでいった。


「ハイト殿。君は恐ろしく強いな」


 ジークは心底楽しそうにそう言いながら武器を飛ばしてしまった俺の首元に木剣を添えていた。俺は乾いた笑いを浮かべながら両手を挙げる。


「はは、参りました。流石に一流の近衛騎士相手だと手も足も出ませんでしたね」


 負けた。完膚なきまでのボロ負けだ。

 敗因はアレだな。圧倒的なステータスの差だ。恐らく俺の攻撃力の数値だと、全力で無防備なジークの急所に真剣を打ち付けても普通に無傷だろうし、そもそもジークは敏捷もそこそこ高いので攻撃を当てることすら難しいだろう。


 しかし、実力差が圧倒的すぎて不思議と悔しさは沸いてこなかった。


「はっはっは! ハイトよ、ジーク相手に健闘、実に見事であった!!」


 上機嫌そうに手を叩いて快活に笑うハーメニア国王の言葉にアルジオが「光栄の極みです!」と跪いた。

 俺も、それに習って「お褒めにあずかり光栄です」と跪いて続ける。


「ハイトよ、そう畏まるではない。朕は頗る上機嫌だ! 朕は強き者が好きだからな!」

「はぁ……」

「褒美を取らせたいが、ハイトはまだ幼いな。何かを与えてもアルジオに渡すのと等しくなりそうだ。では、こうするかハイトよ。

 貴様には朕の娘、レイナをくれてやろう! 年も近いし、少々お転婆で朕も手を焼いて居たところなのだ。丁度良いだろう!」


 レイナ!? レイナって、あの『竜騎姫』レイナ・ハーメニアか?

 JROでは最強種の一角ドラゴンを操る『竜騎兵』の最上位職『竜騎姫』にして、雷龍を操り、ほぼノーリスクで回避不能の電撃を飛ばしてくるチートキャラの一人だったあのレイナ・ハーメニア。

 その圧倒的な強さと恵まれたキャラデザインから、人気投票では三度も一位に輝いている。


「なんだ? 朕の娘じゃ不満と申すか?」

「い、いえ! 寧ろ、お美しいことで有名なレイナ様をと聞いて驚いていました」

「そうか。レイナの可愛さは、デュークハルト領にまで轟いておったか!」


 ハーメニア国王は再び上機嫌に笑った。


「やはりレイナは、ハイトに嫁がせよう! ハイトは現段階で凄まじく強いし、成人して『職』を得れば英雄にも匹敵する強さを得るだろう!」


 くれてやるって、婚約のことだったんだね。……って言うか婚約!?

 いや、でも断れる雰囲気じゃないし。それにJRO時代レイナ・ハーメニアはNPCの中ではかなり――と言うか、なんなら一番好きだった俺としては正直、婚約イベントには結構乗り気だった。


 JROには結婚のシステムもあったしね!

 いや、まぁ。前世でもついぞ結婚しなかったし、リアルに至っては恋愛すらしたことないから現実感ないだけなのかもしれないけど。


 そんなこんなで、ハーメニア王にゴリ押される形で俺はハーメニアの姫君レイナと婚約者になった。



                     ◇



「初めまして、レイナ様」

「初めましてですわ、ハイト様」


 見よう見真似の貴族の礼で初めましての挨拶をする俺に、カーテシ―で応えるレイナ・ハーメニア。

 ハーメニア王が電撃的にレイナと俺の婚約を告げたその後、早々にお見合いをすることになった。急な事なのにレイナも綺麗な衣装で着飾っているのは多分、この婚約が急な話ではなく、前々から決まっていたことなのだろうと予想させる。


 そりゃそうだ。JROではその辺結構適当だったが、この世界は現実でハーメニアは歴とした国で、ハーメニア王やアルジオ等のNPCだったキャラクターたちは確かに血の通った人間なのだ。

 そんな中で、王族の婚約が。人の親が娘を嫁がせると決定することが、咄嗟の思いつきで成立するはずもないのである。


 ないはずだ。……ないよね?


 まぁ、どうでも良いか。ハーメニア王やアルジオがどんな意図で俺とレイナを引き合わせたのかなんて。

 大事なのは、そう。兎にも角にも、今俺の目の前にあの竜騎姫レイナ(幼き姿)が存在しているってことなのだ!


 雷のように輝く金髪と、雷光のように白い肌。竜のような翡翠色の瞳。

 今は子供で無職だけど、将来雷龍の使い手になるに相応しい完璧なるキャラデザ。実物をこうして目の前に出されると、精巧な人形のように整っているのに、その精巧さは人間で作れるはずがない! と思えるような美しさをしていた。


 きっと将来は美人さんになるのだろう。いや、JROではめっちゃ可愛かったし、綺麗に成長するのは確定しているのか!


 と、内心でテンションが上がりまくる一方で、ハイトとしての俺はレイナを前にしてどうすれば良いのか戸惑っていた。

 前世ではコミュ障だったし。コミュ障過ぎて就活全滅したし!


 と、そこまで考えて冷静になる。

 目の前のレイナは確かにJROで見たレイナと同じで可憐だけど、身長は現在5歳である俺と同じくらい。身体も四頭身。つまり、子供なのである。

 俺は前世ではコミュ障だったが、それでも小学生の頃は少ないけど友だちが居なかったわけじゃない。


 それに、俺は前世で死ぬまでの23年とこの世界での5年を会わせて28年生きているのだ。5歳の子供相手にビビって人見知りするような年じゃない。

 そう思うと少し冷静になって、俺は自分がどうすれば良いのかなんとなく解った。


「あの、レイナ様」

「な、なんでしょう」

「良かったら僕と一緒に遊びませんか?」

「遊び、ですか?」

「はい。おままごとでもお人形遊びでも本を読むのでも。レイナ様が好きな遊びをしましょう!」


 レイナは少し戸惑ったようにもごもごしながら、おずおずと


「じゃあ、チャンバラがしたいです。ハイト様ってスッゴくお強いのですよね? 私もそれなりに強い自身がありますので、是非お手合わせを」


 そんな提案をしてきた。

 それ、おずおずとしながらする提案じゃないでしょう! 控えめで気品のある態度に惑わされたけど、レイナはJROでも屈指のパワーキャラなのだ。

 竜騎姫になったレイナが最も得意とする電撃も何故か『攻撃力』の数値で換算されてダメージを与えてくるようなキャラなのだ。


 思い返せばJRO内での性格も意外に好戦的だったし、ハーメニア王もお転婆で手を焼いてるって言ってたし。

 まぁでも、そう言うのも良いか。


「はい。では、どこでしますか?」

「そうですね。いつも使っている稽古場に案内しますわね! それと、ハイト様は私の婚約者なので、是非呼び捨てでレイナとお呼びください!」

「……れ、レイナ?」


 なんか、女の子を呼び捨てで呼ぶのは照れくさいな。この年になって照れるような内容でもないと思うけど、生憎前世の俺は彼女居ない歴=年齢の喪男だったのだ。


「はい。では私もハイトとお呼びしてよろしいですか?」

「も、勿論!」


 こうして幼い頃から一緒に遊べば幼馴染み。そして、俺とレイナは親公認の婚約者だ。これはラブコメか? ラブコメなのか?


 昔読んだ漫画のような展開にウキウキしながら、俺は上機嫌そうにスキップするレイナの後を着いていった。

 因みに、思いの外レイナが強くって負けそうになったのは別の話である。

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