侯爵家の麒麟児、謁見する

 この世界の剣術には大きく分けて二つの流派がある。


 一つは『剛剣流』――力こそパワーと言わんばかりに攻撃に特化した流派だ。攻撃力の数値にものを言わせて真正面から切りつけるようなスキルが多いこの流派は、JRO世界においては最強の流派だった。


 もう一つは『柔剣流』――こちらは受け流しや防御に特化した流派だ。JROだと受け流しや自動回避のパッシブが着くのである程度まで修得するが、剛剣流と違って攻撃スキルが少なく、カウンターみたいな相手の行動依存なスキルが多くてかなり玄人向けな印象があった。


 そして武闘派侯爵家で有名な我が家――デュークハルト家は剛剣流!

 柔剣流を初級まで囓ったりはするけど、それでも剣術の稽古の八割は剛剣流の型練習だったりするほどだ。

 因みに残り二割の殆どが実戦訓練で、柔剣流は一週間だけ特別講師を呼んで本当に囓っただけである。


 そんなこんなで二歳の時に剣術の稽古を付けて貰えるようになって、三年の月日が流れた。俺はもう5歳だ。

 魔法的ステータスも、物理的ステータスも『成長値』はとっくにカンストしててもおかしくないはずなのに、未だに基礎ステータスは伸び続けている様子だった。

 モンスターを倒したわけじゃないし、レベルは上がってないはずだけど……。


「てやぁっ!」

「うっ!?」


 俺は深く踏み込み、剣を限界まで強く握って稽古してくれている見習い騎士の木剣を真正面からたたき折った。

 俺の周囲に薄く張った『魔壁』がパリンと割れる。

 その感触に後ろからの攻撃の気配を察知して、俺は回転ざまにもう一人の見習い騎士の横っ腹に強く木剣を打ち付けた。


「うぐっ!」


「流石だな、ハイト! 最早見習い騎士程度では相手にならんか」

「見習い騎士程度って……俺、一応『戦士』なんだけどなぁ。ハイト様って実は既に英雄クラスの職業を授かってたりするんじゃねえですか?」

「そうかもな! ハイトは天才だからそれもあり得るかもしれんな! はっはっは!」


 俺に打ちのめされ、ぼやく見習い騎士に対して俺の父親アルジオは大層愉快そうに笑い声を上げた。


「して、ハイトよ。お前はもう五歳になったな?」

「はい、そうですが」

「実はお前の神童っぷりは貴族の間でも評判でな! 弱冠5歳で『職業』の加護を持つ見習い騎士を圧倒するその実力を是非見てみたいと国王様が仰られてた!」

「こ、国王様ですか!?」


 いや、自分が最強を目指すのに夢中になるあまりに目立っている自覚はあった。


 特にJROの世界において『職業』の補正は絶大である。

 戦士クラスでも敏捷以外の物理的ステータスに基礎ステータス×1.5倍の補正が掛るし、英雄クラスになると全ステータス×3倍なんて馬鹿げた補正もある。


 そんな事情もあって、就職の儀を未だに済ませていない子供が見習いとは言え騎士と互角以上に戦えるのはとても異常なのだ。

 とは言え、まだ社交界に出たことがあるわけでもないし、まさかあの国王の耳にまで届いているとは思わなかったが。


「光栄なことだぞ! 勿論謁見するよな!」

「は、はい! 準備してきます!」


 この国は絶対王政を敷いているが故に基本的に拒否権はないが、しかし俺としても拒否する理由は無かった。

 国王には興味がないけど、この国の王族にはJRO屈指の美少女キャラが存在している。――まだ、アイリーンが生まれてない辺り俺と同じくらいか下手すればまだ生まれてすらいない可能性もあるけど、それでも一目お目に掛かれるならお目に掛りたいものである。


 そんなこんなで、俺は国王に謁見することとなった。



                    ◇



 今世の俺の実家でもあるデュークハルト家が代々仕えている、ハーメニア王家は、この世界で最も武闘派な王家である。

 因みに、この世界で一番大きな国は『ザニキア帝国』で、王国として一番大きいのは『紅華連合王国』だから、ハーメニア王国自体は滅茶苦茶大きな国という訳ではない。ついでに言えばハーメニア国王自体もJRO内では精々クエストを発行するくらいしか役割のないただの小太りなおっさんでしかないが。


 しかし、そんな小太りのおっさんでもハーメニアは『職業』至上主義によって絶対王政を成立させている国家だ。王様として相応しく、戦士系の最上位職である『元帥』の持ち主でもある。

 JROでは特にそんな描写もなく、クエストを発行するだけのおじさんだったが、アルジオ曰くハーメニア国王は厳しい性格をしているらしい。


 下手をすれば首が飛ぶから、礼を失することがないようにと念押しされた。

 前世でも、礼儀作法に詳しい方ではなかったがJROはやりこんできたからそれなりにこの世界の文化には造詣があるつもりだ。

 今は年齢も五歳と幼いし、細かいところも大目に見て貰えると信じたい。


 そんなこんなで俺は、アルジオに連れられてハーメニアの宮殿に足を踏み入れた。

 ハーメニアの宮殿はそんなに大きくもなく、煌びやかな装飾もなく、なんなら要塞としての堅牢さがあるわけでもない。

 ただ、それでもこの国は『職業至上主義』を謳っているだけあって、中央たる王城は常駐する騎士もかなり強い。故に、王族含めた人の強さだけで難攻不落を実現させているおっかなびっくりな要塞でもあるのだ。


 そんなハーメニア城に常駐する騎士に軽く身体検査をされて、それから王の間の前まで案内される。


「ハイト。賢明なお前のことだから解っているとは思うが」

「はい。デュークハルト家の長男として恥ずかしくない立ち居振る舞いをしてみせましょう!」


 特に仕込まれたわけではないが、JROのムービーで何度か見る機会があって覚えていたハーメニア貴族流の礼をして見せると、アルジオはうんと満足そうに頷いた。



                   ◇



「ほぅ。貴殿が噂の麒麟児か」

「はい。デュークハルト家が長男、ハイト・デュークハルトと申します」


 威厳ある態度で玉座に腰を掛ける筋肉質なおじさん……ハーメニア国王。

 JROでは小太りのおっさんだったが、そう言えば今はJROから10年以上前の時系列なのだ。

 若かりし頃の国王は、軍人の経験もあったと言うことで当然のようにマッチョだ。


「そうか。……ふむ。弱冠五歳にして、見習い騎士を圧倒する強者と聞いたが、思いの外小さき子供だな、アルジオよ」

「はっ。しかし、その実力は間違いありません。この場でお見せすることも可能ですが?」

「ほぅ、それは面白い」


 ニカッと犬歯を見せてハーメニア国王が好戦的に笑った。

 アルジオも自信満々に微笑んでは、俺に出来るよな? と視線を向けてくる。あれ? もしかしてこれ、王宮の騎士と戦う流れ?

 いやいやいや、勝てないからね? 今の俺って精々レベル10の魔法戦士くらいのステータスしかないからね?

 レベル40越えが当たり前の近衛騎士に勝てるわけないから!


 俺は出来ませんとアルジオにアイコンタクトを送るが、アルジオは俺の方を見ていない。


「ではジークよ。貴様が少し相手をしてやれ。麒麟児の実力、この目で見てみたい」

「はっ。王命とあらば!」


 そう言って、銀髪のハンサムな騎士が一歩前に出て一礼をする。


 ジーク? 今、ジークって言った? ハーメニア王国の闇騎士ジーク?

 ……俺の知っている限りだと、このキャラレベル60は越えるぞ。今は時系列的にもっと前だから多少低くても、40は固いだろう。


 対する俺はレベル1。成長値を上げまくってレベル10程度のステータスはあるが正直、レベル40を相手にするならレベル1もレベル10も一緒みたいなものだ。

 鎧の袖が触れただけで一撃でHPが削られかねないだろう。


「我が名はジーク。ジークハルト・ルベルタール! ハーメニア王の近衛騎士なり」


 ジークが稽古用の木剣を掲げ名乗りを上げる。王の御前。王は期待のまなざしを向けていて、アルジオは頷きながら俺に稽古用の木剣を手渡してきた。

 とてもじゃないが「出来ません!」なんて言える空気じゃなかった。


 俺は圧されるように稽古用の木剣を掲げて名乗りを上げる。


「わ、我が名はハイト。ハイト・デュークハルト。デュークハルトの長男なり! 我はハーメニア王の近衛騎士ジークハルト・ルベルタールに模擬戦を申し込む!」

「承った! いざ尋常に――」


「「勝負!!」」


 かけ声と同時に俺もジークも踏み込み、剣を構える。


 絶望的なレベル差。おまけに『職業』もまだ得てないし、スキルだってほぼ皆無。おまけに相手はJROでもそれなりに有名な強キャラ。俺が勝てる要素なんてどこにも見当たらない。

 それでも、JROの一プレイヤーとして精々抗ってみますかね!

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