本の中。 夕焼けの色。

木田りも

本文。

平成の終わり。図書館ですやすや眠っている。ここは家でもないのに、どこか安心感がある。つい先日、ドラえもんはとある秘密道具を出した。写真の中の世界に入れるという道具だ。例えばその時に失くしたものだったり、あの時は確かにあったものを写真の裏側まで見ることが可能になる。実際現実には、そんなものはないのだけれど、夢ならば、見えないものも見える。そんなことも可能だった。私は気が付くと、1945年のあの町にいた。



1945年.8.8.前夜


私は、ごく普通の学生。情勢は悪化している。日本はかなり危ないらしい。

なので、私は。大急ぎで家に帰り、皆がいることに安心している。これは、私がいつも見る夢。明晰夢というやつだな。夢から醒めるには、まだ時間がかかることも分かっていた。現実の僕はきっといま、図書館でぐっすりだ。だけど、この世界では、痛みや、空気も忠実に感じる。生きてはいなかったけど、きっとこれが、昔の空気で、昔の匂いで、昔の時間感覚なんだろう。そして、私は、明日起きることを知っている。だが、言う気にはならない。私はその夢を見るときにそうするように、いつもと変わらず寝る。


1945年、8、9、朝


目が覚める。間髪入れずに、警報が鳴り響く。もはや恒例となった空襲警報。この音も恐怖をあおるが、慣れればただの目覚まし時計である。逆にこれが鳴ると、作業を中断できるので、いい休憩時間だと、笑う人もいる。私も、とりあえず、防空壕という秘密基地に逃げる。そこに、この世界の家族もいる。ただ飛行機の音は遠くなっていき、私たちは安全が証明された。皆が文句を言いながら、仕事に戻る。きっとあの人は数日後には仕事もやめているんだろうなあ。そして、戦争が終わったら、みんなが平和に帰れるような世界があるといいのにって思う。私は家に入る。すると、一つの情報が入り、また、一機、飛行機がやってくる。その飛行機はずいぶんと高いところを飛んでいるので、私たちはどうすることもできない。私はせめてもの抵抗のように、


家の中にいて!


と、叫ぶ。それを聞いたこっちの父は、笑いながら、外の様子を見に来ようとする。だめだ。。私は必死で止めようとする。父の前で手を広げる。父が近づいてくる。だめだ、、だめだ。。。


なんだ、どうしたんだ。んあ?偵察か?


あれ、?


私は気づく。そうだった。これ、夢だった。さっきまで、現実のように動けていた身体は、水の中にいるように重くなり、思うように動かない。空を見上げる。飛行機から、何かが離れていく。あの存在を私は知っている。今見えているはずの町が一瞬にして消えてしまう爆弾だ。もう無理だ。家に入れない。終わる。何回も見てるはずなのに、怖い。お父さんが、、。さっきまで、防空壕で同じ空気を吸っていた人が。人間関係も何もかも。あの爆弾の爆発で。


爆発、


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。




図書館は少し暑い。汗で机はびっしょりだった。思えば学生最後の夏だ。来年からは、この町から、出ていく。私は残された時間で何ができるだろう。そんなことを考えているうちに、眠気は再び私を襲う。いや、だめだ。寝てはいけない。私は本を3冊借りて、家に帰ることにした。家には誰もいない。夏休みの昼間だ。みんな仕事に行っている。共働きをしなければ、お金が足りないらしい。大変な世の中だ。家に着き、簡単に昼食を作り食べる。何かをしなければならない気がしてる。だけど、やらなくても困らない。有り余った時間がある。その時間は、存分に活用すべきだとは思うが、特別何かすることがないなら、だらだらと過ごすことも贅沢ではないだろうか。きっと学校の先生は、こんな僕を怒る。だけど、仕方ないのだ。決まりごとがないことがルールであり、私はそのルールを守るためだらだらと過ごしているのだ。続きが気になる。私はもう一回眠ることにした。奇跡が起きることを願って。



ああ、ここだここだ。

私は眼である。眼が存在する世界。多くの眼によってここは作られた。

とても熱い。想像を絶する熱さ。赤い世界。水を飲みたいけど。きっと飲んだら死ぬ。わからないけど。私は父に会わなければならない。父を助ける必要がある。父は家の前に倒れている。母やそのほかの家族は家の中にいた。だが、家は崩れ母の姿しか見えない。私には、まだ家族がいたはず。母にそのことを問いたいが、声も出ない。それどころか、残された家族の名前すら思い出せない。

その眼は、私を見つめる。そこに私がいる。私はただの眼。がれきの隙間、川のほとり。そこに、お祈りをする。橋を見上げると、焼け焦げた車いす、傘の役目を果たすことはない日傘。夢と過去と、今が混在し、さっき読んだ図書館の本はなんだっけ?中途半端な記憶と私は、ここにいる資格がないみたい。体が重くなる。誰かがやってくるのが見える。真っ黒い物体。あたりが暗くなり、遠くでは雨が降り出した。やってきたそれは、私に、選択を強いる。私は言う。


そろそろ、起きなきゃ。作業の続きを。



忘れられた日。今日も、人々は行き交う。交わり、また離れ、また交わる。マスクをするとメガネが曇る。道の端に、ウサギの人形が落ちている。これは、誰のものだったんだろう。眼で、ものが見える世界は、こんなにもきれいで、汚くて、矛盾していて、気味が悪い。


私は、このたくさんの夢を知ることで世界を見ていた。私は暗い世界を生きてきた。私はまたそこに戻らなければならない。私は花の色を知った。私は初めて夕焼けを知った。私は、私は、私は、ここにいたい。景色を眼に焼き付けておこう。


明晰夢っていうやつ。倒れた柱。日影がない世界。消えた建物。私の存在価値は。

身体が重い。



長い長い夢が覚める。夢で見た花の色、夕焼けの色を、思い出し、点字を打つ。


私は眼が見えない。




おしまい。



あとがき


久しぶりの新作。眼に見える世界がテーマである。人は日々多くのことを眼にしてまた忘れる。逆に、眼に見えないものに、私は恐怖を感じる。だから、多くのものを知りたい。だけど、それと同じく、知らないことがまだあるっていう安心感もある。そんなもどかしさを抱えながら、この小説を書いた。テーマ的に、不快にさせてしまう可能性もあると思うので、その時は、心から謝罪する。また、この作品は、参考文献を多く利用した。なので、明記する。この本を読んでいただけることに感謝する。


参考文献


『ありふれた長崎』 松村 明 窓社

『ヒネミ』 宮沢章夫 白水社

『去年の冬、君と別れ』 中村文則 幻冬舎

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本の中。 夕焼けの色。 木田りも @kidarimo777

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