記念日
二度寝から目覚めた私は、あたりを見渡した。いつもおはようと挨拶をしてくれる彼はいなかった。
しばらくゴロゴロしていたが、お腹が空いてきたので、ゆっくり体を起こして、朝食になりそうなものを探した。
コーンスープを見つけた私は、お湯を沸かした。
彼に起きたこと、どこにいるのかをラインで送り終えた時、お湯が沸いた。
コーンスープの粉を入れたマグカップにお湯を注いだら、コーンスープの甘い匂いが広がった。
猫舌の彼は飲めないな、と思いながら私は出来立てのコーンスープを一口飲んだ。
コーンスープを飲み終えた時、彼は帰ってきた。彼はニコニコして、スーパーの買い物袋を揺らして言った。
「今日の晩御飯、楽しみにしといてね」
朝食をテキトーなコーンスープで済ませた私は、
「なら、お昼ご飯は軽め?」
ご飯の事ばかり考えていた。
彼は買ってきた菓子パンを私に渡しながら笑った。
「さては朝ごはん食べてないなー? 俺がいないとダメだなー」
「コーンスープ飲んだもん」
「それインスタントや、お腹空くやつや」
私は手を合わせて菓子パンを口に含んだ。やっぱり、いつもの彼の朝ごはんの方が美味しい。
片付けをしている彼の背中を見ながら、私はパンを頬張る。
最後の一口を口に放り込んだ時には、彼も片付けが終わりかけだった。
「私もなにかお手伝いする」
彼は少し考えた後、「じゃあ……」と口を開いた。
「簡単なお昼ご飯をお願いしようかな」
彼に言われた通り、今日のお昼ご飯は私が担当した。パスタを茹でて、インスタントのルーをかけるだけの簡単なもの。
ルーだけだと寂しいから、ベーコンとアスパラガスを炒めたものを乗せた。
彼は高級料理店の食事を目の前にしたように喜んだ。
「そんな大それたものじゃないよ」
照れ隠しで素直になれない私は思ってもないことを言ってしまう。
それでも、彼はニコニコで答えてくれる。
「君の手作りだから特別なんだよ」
「ありがとう」
「こちらこそありがとう」
一緒にいただきますと言った。
一口口に入れた時、彼の目は一層輝いた。
「食べてみて、美味しいよ!」
「よかった」
私は彼の言葉に安心して、アスパラガスをフォークで刺した時思い出した。
彼はアスパラガスが苦手だ。
やってしまったと思った。
彼のお皿を見ると、ほとんど無くなっていた。
二、三口で食べ終えてしまい、彼は残りのパスタが入っているフライパンを持ってきた。
彼は私に尋ねた。
「おかわり食べていい?」
「いいよ、でもアスパラガス……」
「少しは食べれるよ」
残りわずかだったパスタを全てよそって、シンクにフライパンを持っていった。
彼はサクッとフォークでアスパラガスを刺して、口に放り込んだ。
褒めてと言わんばかりの彼に、「ありがとう」と微笑んだ。
彼はキョトンとした。
「綺麗に食べてくれるのが嬉しくって」
「幸せだなあ」と呟いた私に、彼も「幸せだね」と返してくれた。
紅茶を飲んで一息ついている時、彼はふと立ち上がった。
「渡したいものがあるんだ」
「なになにー?」
彼の方を向こうとすると、「こっち向いたらダメだよ」と言われてしまった。
換気するために開けた窓から風が入った。ドライフラワーがさわさわと音を立てた。
彼は押し入れから白い箱を持ってきて、私の前に置いてくれた。可愛らしい水色のリボンが結ばれている。
「可愛い! ね、開けていい?」
「いいよ」
彼は開けているところを嬉しそうに見ていた。
リボンを解いて箱を開けると、シンプルだけど可愛らしい時計が入っていた。
「わ、可愛い」
「時計を探してたら、可愛いの見つけて。似合うかなって思って」
「でも、今日何か特別な日だっけ?」
今日誕生日の人はいないし、付き合った日も違う。私がプロポーズした日も、彼から花束をもらった日でもない。
「ううん、何でもない日。でも、一緒にいたら毎日が特別な日だから、何でもない特別な日」
「サラダ記念日みたいな?」
「そんな感じ。そうだなあ、サラダ記念日じゃなくてパスタ記念日になるかな」
彼にお昼ご飯のパスタをそんなに喜んでもらえるとは思わなかった。あまりご飯を作らない分、嬉しくなった。
「でも、サラダ記念日は実は鷄の唐揚げだったらしいよ」
「じゃあそのままのサラダ記念日でいっか」
二人でくすくすと笑った。
お昼寝から覚めた私は、隣で眠っている彼に安心して、彼にくっついた。彼の温かい体温が伝わってくる。
彼は寝ぼけながら私の頭を撫でてくれた。温かくて、私はうとうとする。
もうすこし、と二度寝した。
夕食の準備する音で目が覚めた。
「起きた?」
「寝かけてた」
彼はくすくす笑って、料理の手を止めて私の所まで来てくれる。
「いや、さっきまで寝てたよ」
「ううん、起きてた」
彼は笑いながら、私が抱きついてきたから頭を撫でたら眠ったことを教えてくれた。
私には眠ったと言うよりも、目を瞑ったつもりだった。
「うん、その時から起きてる」
「はいはい、起きてたんだね、えらいね」
「でもまだ眠い」
彼は私の頭を撫でながら、「もう寝たらダメだよ」と言った。
「わかった、じゃあ私もお手伝いする」
「それは助かるなあ、食器洗い頼んでいい?」
「おまかせあれ」
お肉を切っている彼の隣で食器洗いを始めた。
お肉からオリーブオイルと、胡椒のいい匂いがする。
「いい匂い、美味しそう」
「友達に作った時は豚のブロック肉だったんだけど、牛のブロック肉でもいけるかなって思って作ってみたよ」
彼は肉の切れ端を口に放った。しばらくして呟いた。
「……失敗した」
私も一切れもらう。
柔らかなオリーブオイルの香りとスパイシーな胡椒のパンチが癖になる。少し入れたニンニクもいい仕事をしていた。私は目を輝かせた。
「え、美味しい、すっごく美味しい!」
「でも、本当は口の中でお肉がとろけるんだよ」
「それも美味しそうやけど、これめっちゃ美味しいよ、びっくりだよ」
私はもう一切れ口に入れてもらった。
喜んでいる私の隣で、彼はとても悲しそうにする。
「あの、すっごく美味しかったお肉を作りたかったのに……」
「いや、これで十分天才だよ」
私は食べたいのをグッと堪えて、お皿洗いを再開した。
彼もそのお肉にかけるためのソースを作り始めた。
机の上に美味しそうなお肉と、サラダが並べられる。
ふたりでいただきますをして、お肉を口に入れた。
お店に出しても文句を言われないだろう美味しさに、お肉を食べる手が止まらない。
彼は始終残念そうにしていた。
ほとんど平らげた私に彼は驚いていた。
「いつもならちょっと量多いかなってくらいなのに、食べたねー」
「うん、めっちゃ美味しかったから」
「次はもっと美味しいものを作るね」
「楽しみにしてる」
私はそう言って、サラダに手をつけた。
夕食を終え、淹れたお茶で一息ついていた。
「今日は夜のお散歩行こう」
「いいけど、どこに行くの?」
「デザート買いに行こう」
私はお茶を飲み干して、立ち上がった。彼も立ち上がる。
「じゃあ準備しないとな」
寒くても大丈夫なように上着を持っていく。
靴を履き終えて、家の鍵を閉めた。
鍵をポケットに入れて彼と手を繋ぐ。
「目的地はコンビニであります!」
「了解しました!」
私は手をぶんぶん振りながら、コンビニに向かった。
なんでもない休日に花束なんていらない キノ猫 @kinoneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。なんでもない休日に花束なんていらないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます