第8話 距離感

 放課後。教室で帰る準備をしながら、俺は優人に話しかけた。


「そういや、南が図書委員ってこと知ってるか?」


「知ってるよ!」


「そうか。来週の水曜日、南が図書委員の仕事で図書館にいるらしいぞ。会いに行ったらどうだ?」


「そうなの!? じゃあ行くしかないな! てかその情報どうやって仕入れたの?」


「そんなことはどうでもいいだろ」


「えー、どうして誤魔化すんだよ。さては、昼休みにそれを調べてたな~?」


 ちっ。無駄に勘のいいヤツだ。恋愛事にはクソ鈍感な癖に。


「暇だったんでな」


「ふ~~~~ん? 暇なのに俺の誘いを断ったんだ?」


 ジト目でこちらを見ながら不満そうに言う優人。しまった。余計なことを言ったせいで拗ねさせてしまったか。


「お前のために行動したんだからいいだろ」


「それは嬉しいけどさ。たまにはご飯くらい一緒に食べてくれたっていいだろ……。毎日のように誘っては断られるんだぜ? 俺は悲しいよ、亜怜輝」


「う……」


 罪悪感が湧いてくるが、お前のためを思って断っているんだ。分かってくれとは言わないが、どうか許して欲しい。


 ざわざわ……。


 気が付くと、何やらクラスメートがヒソヒソと話し合っていた。


『原田のヤツ、また宮川と絡んでるぞ』


『あの宮川と一緒に飯を食べたいって言ってた気がするけど……ガチで言ってんのか?』


『怖くないのかな……。もしかして、原田くんも『あっち側』の人だったり……?』


『たまに話しているのは見かけるけど、ひょっとしてデキてるのかな? 会話の内容もカップルみたいだったよね』


 聞き耳を立てると、どうやら俺と優人が話しているのを見て不審に思っているようだった。にしても最後のヤツはおかしいだろ。男同士だぞ。


 だから教室で優人と一緒にいるのは嫌なんだ。俺のせいでこうして優人の評判が落ちちまう。


 一刻も早くこの場から立ち去ろう。これ以上教室の空気を悪くして、優人に迷惑をかけてはいけない。


「その話はまた後だ。じゃあな」


「え? おい、待てよ!」


 優人が声を掛けてくるが、俺は無視して歩き続けた。


 馬鹿野郎が、引き留めようとすんじゃねーよ。余計に目立つだろうが。俺が出て行くまで黙ってろ。


 教室から出て、ふうっと溜め息をつく。放課後に少しだけ優人と話をするだけのつもりが、あんな風に騒がれてしまうとは。


 しくじった。南が図書室の当番をしている日を伝えるのは、別に今じゃなくて良かったんだ。何故わざわざ人の多い教室で話しかけたんだ俺は。


 それにしても、噂話を聞く限り俺たちの関係を大分怪しまれているようだ。これからは優人と接する機会をもっと減らした方がいいかもしれないな。


「おーい亜怜輝!」


 考え事をしていると、馴染みのある声が後ろから聞こえた。振り返ると、こちらに向かって走ってくる優人の姿があった。


 あいつ、あの状況で俺を追ってきたのか?


「一緒に帰ろうぜ!」


 優人は俺の元に着くと、何事もなかったかのように下校に誘ってくる。その行動に俺は困惑した。


「テメー、クラスメートどもの声が聞こえなかったのか?」


「聞こえてたさ。亜怜輝のこと何も知らないくせに、ひどいよな」


「だったら今一緒に帰っちまったら、テメーへの不信感が増すってことも分かるだろ? 誘ってもらってワリーが、一人で帰らせてもらうぞ」


「そんなの気にしない! 俺は亜怜輝と一緒に帰りたいんだ!」


「っ……。その熱意はどこから湧いてくるんだ。何故そこまで俺にこだわる?」


「俺は亜怜輝がいいヤツだって知ってる。好きな友達と一緒に帰りたいって思うのは普通のことだろ?」


「!!」


 屈託のない笑顔で、そんなことを言ってのける。


 教室を出たとはいえここはまだ廊下。つまりは学校内だ。この会話だって誰に聞かれているか分からない。それなのにここまで堂々と言うのか。


 たったさっき、クラスメートに不審に思われていることを耳にしたというのに。皆から避けられるのが怖くないのか?


 ……だとしたら本当に馬鹿だ。たった一人のダチに対して、周りの評価を気にせず真っ直ぐ付き合えるなんて。あまりにも馬鹿で、純粋で、いいヤツすぎる。


 そんな人にここまで言ってもらえる俺は、幸せ者だ。


「テメーの気持ちはありがたく受け取っておく。だが俺のせいで優人が避けられるようになるのは嫌なんだよ。テメーは良くても、俺が許せねーんだ。だからすまん、今は一緒に帰れない」


 周りのヤツらに聞かれないように、俺は小声で話した。


「亜怜輝……。やっぱりお前、俺のことを思っていつも誘いを断ってたんだな」

 

「……。じゃ、またな」


 優人の質問に対する適切な答えが思い浮かばなかった俺は、踵を返して歩き出す。今度は優人も制止してこなかった。ここで声を掛けたら、俺の気持ちを無下にしてしまう……とでも考えているのだろう。

 

 これでいいのだ。俺にとって唯一のマブダチの評価を、つまらん理由で下げる訳にはいかない。


 そして改めて心に誓った。こんな俺をダチだと思ってくれる優人の恋は、絶対に成就させてやると。


 胸にじんわりと染みる暖かな感情に浸りながら、俺は帰路についた。

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マブダチの恋を叶えるため、邪魔な女(幼馴染みキャラ)の悪役になる Rayca @goya2601

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