第7話 作戦② 南 茉莉花から聞き出せ!

「南 茉莉花……!」


 想定はしていたが、本当に本人がいるとは。あまりの偶然に少し驚いてしまった。


「はい、そうですけど」


「はっ!」


 しまった。心の中で名前を呟いたつもりが、声に出てしまっていたのか。まずい、急に名前を言われたからか、南が訝しげにこちらを見ている気がするぞ。


「えっと。あなたは、同じクラスの宮川くんですよね?」


「お、おう。そうだが」


 いかんいかん、この程度で動揺してどうする。落ち着いて、怪しまれないように南の次の受付の日を聞くのが俺の役目だろう。


「私に何か御用ですか?」


「いや、用という用はねーんだ。見知った顔を見て名前を思い出したから、つい口に出しちまっただけでよ」


「あ、そうだったんですね。思い出してもらえて何よりです」


 めちゃめちゃあっさり納得してくれる。ちょろいな。人の発言を疑うことを知らないのかこいつは。


「図書室に来たということは、宮川くんは本が好きなんですか?」


「好きって程ではないが、暇だし何か面白い本があるかと思ってな」


 当然、適当にでっちあげた嘘だ。


「そうなんですね。ですが、残念です……」


「は、残念?」


「はい。何しろ、この図書室にはヤンキーが活躍する漫画や、ヤクザが登場する任侠ものの本は存在しないんです。なので、宮川くんの趣味に合う本があるかどうか……」


「おいコラ。見た目だけで勝手に人の趣味を判断するな」


 いや、南に限って俺の外見を故意にいじっているつもりがないのは分かっているが。そもそも俺はヤンキーやヤクザは嫌いだ。


「あ、すみません! 私ったらなんて勘違いを……」


 自分の早とちりを反省する南。一方、俺は今までの彼女の振る舞いを見て、意外に思ったことがあった。


「怒ってなんかねーから安心しろ。それより、テメーは俺が怖くないのか?」


 そう。南は俺を全く恐れる様子もなく、普通に会話をしているのだ。


 マブダチの優人は例外として、クラスメートなどのパンピーはもちろん先公センコーですら、俺を前にしたらビビって青い顔をしたり、時には逃げ出したりするのが普通だ。なので俺からしたらほぼ初対面の、しかも女子である南が、臆することなく会話してくれるのはとても不思議なことだった。


「怖くないですよ。確かに見た目はその、何といいますか……ちょっぴり怖いかもしれませんが、実際に悪いことをしているのを見たことがありませんし」


「たったそれだけの理由なのか?」


「そうですね。見た目が怖いからって、悪い人とは限らないですから」


「……!」


 当然のように言う南に戸惑うと同時に、俺はあることを思い出した。マブダチである優人が、かつて同じようなことを言ってくれたことがあるのだ。


 それは去年の出来事。同じクラスになった優人と、初めて出会った時のことだった。


『宮川、俺と友達にならないか?』


『……は? 原田テメー、俺が怖くねーのかよ』


『何言ってるんだ。見た目が怖いからって、宮川が悪い人とは限らないだろ?』


 屈託のない笑顔で優人はそう言った。その時はとても嬉しかった。そんなことを言われたのは、人生で初めてだった。だから俺は、俺を色眼鏡で見ることなくダチになってくれた優人に、今も心から感謝しているのだ。


 そしてまさか、同じようなことを言ってくれる人に出会えるとは思わなかった。南と優人は似ている。どちらも純粋で優しく、人を見た目だけで忌み嫌うことのないヤツらなのだろう。


「……フッ、見た目だけで人の本の趣味を決めつけていたヤツがよく言うぜ」


 しかし俺は、自分の感情に反して嫌味ったらしくそう返していた。言われて嬉しいと思っても素直になれず、つい不愛想に返してしまうのは俺の悪い癖だと自覚している。だが、どう反応すればいいのか分からないため治らないのだ。


「あう……。それはその、ごめんなさい!」


「冗談だから、そんなに謝るなよ」


 物凄く申し訳なさそうに、頭を深々と下げながら謝る南。本当に不思議なヤツだ。この風貌を見て真っ先に思い浮かぶ人物像が恐ろしい人でなく、ヤンキー漫画や任侠ものが好きそうな人だとは。


 見た目だけで散々恐れられてきた俺からしたら、マイナスな感情を向けられないだけでむしろ嬉しかった。


「んじゃ、この本を借りるぞ」


 俺は適当にその辺の本を取って、落ち込んでシュンとしている南の前にボンと提出した。


「あ、はい。では、この日までに返しに来てくださいね」


「おう。そういや、テメーの次の受付の日っていつなんだ?」


 さて、俺はこれを聞くためにここに来たんだ。自分でやると決めた役割は全うしないとな。


「次の当番ですか? えっと、来週の水曜日だったと思います。けど、それがどうかしたんですか?」


 ちっ。素直に教えてくれたところまでは良かったが、訳を聞いてくるのか。まあこれは別に俺を怪しんでいるのではなく、ただ純粋に当番の日を聞かれた理由が気になっただけだろうがな。


 ただ、ここでうっかり下手な理由を述べては、怪しいヤツだと思われてしまう可能性もゼロではない。ここは一応、うまいこと言い訳しないとな。


「テメーみたいに俺のことを怖がらないヤツは少ねーんだ。他のヤツの時に来て不用意にビビらしちまうよりは、南が受付の時に来た方が良いと思ってよ」


 咄嗟に考えた建前だが、純粋な南のことだ。きっと素直に信じてくれるだろう。


「…………そう、ですか」


 予想通り信じてくれたが、何故か浮かない顔をしていた。


「どうした、シケたツラして」


「あ、いえ……。宮川くん、自分のせいで他の人を怖がらせないようにと気を遣っていて、お優しい方なんだなって思って。それなのに……」


 そこまで言って南は黙り込んでしまった。しかし俺には、南が何を言いかけたのか何となく分かった。


「見た目だけで怖がられて、皆に避けられているなんて可哀想、ってところか?」


「え、どうして分かったんですか!? って、あ……!」


 どうやら図星だったようで、南は驚いた後、慌てて口をつぐんだ。彼女の事だから、これ以上言ったら俺を傷つけてしまうと思って黙り込んだのだろう。お人好しなヤツだ。


 では何故、エスパーでも何でもない俺が、彼女の言おうとしていたことを予知できたのか。それは、同じようなことを言われたことがあるからだ。そう。他でもない、原田 優人という男に。


 やはり二人は考え方が似ているんだろう。今まで他人から散々な扱いを受けてきたが、こんな俺のことも気にかけてくれる、純粋で優しい人間が二人もいるなんてな。まだまだ世の中も捨てたもんじゃねーのかもな。


「そんなつまらねーこと、テメーが気にすることじゃねーよ。だいたい俺は優しくなんかない。他のヤツをビビらせたくないのだって、単に怖がられるのがムカつくってだけだ。気を遣ってるんじゃなく、俺自身の心境の問題なんだよ。つまりはただのエゴなんだから、変に深読みして俺なんかに同情すんな」


 気を揉んでもらうのも何だか申し訳ないので、あえてキツく言った。南のような人間に心配してもらえるほど、俺はできた人間じゃない。


「……本当に、そうなんですか?」


 だが南は、いまいち納得していない様子だった。おいおい、今まではずっと素直に受け止めてたじゃねーか。何で今の言葉に限って疑ってくるんだよ。そんなに俺を善人にしたいのかこいつは。


「だから、俺のことなんか気にすんなって。そんじゃーな」

 

「あ……」


 相手にしていると調子が狂うので、俺はさっさと図書室を出て行くことにした。目的は既に達成したし、これ以上ここにいる意味はない。


 図書室を出て教室に向かいながら、俺は先程までの南との会話を思い出していた。


「『見た目が怖いからって、悪い人とは限りませんから』……か」


 口ではそう言えても、実際に俺を目の前にしてビビらずに会話できるヤツなど少ない。しかし、親友である優人が思いを馳せる相手は、他のヤツらと違った。


 いかつい風貌の俺に対して、全く恐れることなく会話してくれた上、あろうことか『お優しい方』などと言ってくれた。見た目で相手を悪く見ることなく、良い所に目を向け、さらに評価までしてくれたのだ。


 マブダチの好きな人が良いヤツそうでよかった。これで安心して、二人を付き合わせることができるってもんだな。


 さて。そんなお人好しの南は確か、来週の水曜日にまた図書室の受付をすると言ってたな。このことを、もう一人のお人好しへ伝えに行くとするか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る