刹那ウィッチ

メープル

第1話

 それはいつものことだった。

 この時間帯になると、決まってここにやってくる。

 ここに収容されている間、少女にとってはすでに習慣になっている行い。

 肌寒い風が吹き抜ける夕方の病院の屋上で、少女は時折白い吐息を零しながら、墜ちていく夕日に別れを惜しむようボーっと眺めていた。

 何でもないただの風景。なのに、まるでもう二度と帰ってこない今日を惜しんでいるかのように。

 フェンスを通した儚げな姿は、下に広がる街並みの明かりと合わさって、まるで絵画のように完成されていた。

 光と影。陰と陽。そういう風な表現がお似合いか。

「あ! やっぱりここにいたのね」

「由架さん……」

 少女は長く伸びた銀髪が風で舞わないように、手で抑えながら振り向いた。

「由架さん。じゃないでしょ。ほら、風邪ひいちゃうわよ」

 少女に由架と呼ばれた女性は、着ていた自分のコートを呆れた風に少女の肩へとそっとかけた。

 看護服を着て、落ち着いた茶色の長髪を縛り、肩から胸へと流し、清潔感を漂わせている由架。態度からして、患者である少女がこうして屋上に出ていることは日常的なことなのがよく分かる。

「もう……屋上に出るのはいいけど、ちゃんと暖かくして出ること。いつも言ってるのに……いい、刹那ちゃんはただでさえ、身体が弱いんだから気を付けないとダメよ」

「ごめんなさい。次からは気を付けます」

「分かればよし」

 少女、刹那の横に並んだ由架は、同じく墜ちていく夕日を眺めた。

「夕方になると、一日ももう終わったーって気持ちになるわね」

 長い長い呪縛から解放されたみたいに大きく伸びをする。それを横目で見ていた刹那は思わず苦笑してしまった。

「由架さんったら、そんなに気を緩めて……まだ一杯お仕事が残っているんじゃないんですか」

「刹那ちゃんがベッドに入って眠るまでが、私の仕事だからね」

「それって……私のせいにしてるんですか」

「何言ってるの。刹那ちゃんの面倒を看るのが私の仕事なのよ。刹那ちゃんがいなくなっちゃったら、私のお仕事が無くなっちゃうわ」

「じゃあ、明日もその次も、ここに残れるようにしないといけませんね」

「そうね。責任重大なことよ」

 そんなことは痛いほど分かっていた。

 強く、言い聞かせるように言った由架の言葉は、針のような鋭さで刹那の胸に深く突き刺さる。

「陽が落ちてまた昇るみたいに……また、明日も」

「大丈夫よ。まだ、時間はあるわ。諦めちゃダメよ」

「はい。私、その時が来るまでは、精一杯楽しむって決めてるんですから」

 不機嫌そうな空模様の下、刹那は明るい笑顔を作って由架にそう宣言した。

「あ……雪」

 粉末のような雪が顔、腕、服と至るところに降り注ぐ。

 刹那はその一粒を手のひらで受け止めては、溶けていく雪に語り掛けるようにつぶやく。

「明日、積もるといいですね」

「この量だと、難しいかもしれないわ」

 刹那の希望には叶いそうもない降雪量。積もらせようと思えば、神様にでもお願いして倍以上の勢いにして欲しいところだ。

「……残念」

「それよりも、そろそろ病室に戻らなくちゃ。身体に悪いわよ。さ、刹那ちゃん。戻りましょ」

 放っておくといつまでもここに居そうな刹那の手を取って歩き出そうとする由架。その繋ぎ合わされた手と手はひんやりとしていて、二人が長居していたことを証明していた。

「由架さんの手、すっかり冷たくなってますね」

「刹那ちゃんもよ」

 震えるような寒さの中、二人は病院内へと戻っていく。

 それは本当に何でもいつもの日常。おかしなことなんて何もなかった――二人にとっては。

 ――今はまだ。

 

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